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概要

社会科navi Vol.11

ようこそ!歴史史料の世界へ【第12回】信長「天下布武」の印判京都大学名誉教授藤井讓治↑1兼ある。かねまつまさよしあて松の両側に龍を配した円印(4)が正他、信長には「天下布武」の文字お吉宛が多用されるようになる。このだ織田であるが、この後、馬蹄印(3)のぶなが信長ここでの印形は、楕円印(2)ち知信長に仕えた。ぎょうあてがい行宛豪で、又四郎正吉のときに初めてじょう状(名古屋市秀吉清正記念館蔵)【解の説如】し、行ある。宛名の兼松氏は、尾張の土表記)の地を与えるというものでうち、一〇貫文(貫高による領知島郡笠松町と推定されている)の助(扶ふ持ち)として河野(岐阜県羽見文書の一つである。内容は、扶この文書は、「天下布武」の初相違有るべからざるの状、件くだんを申し付ける上は、全く知行扶助として、河野の内十貫文●釈文兼かね松まつ又また四し郎ろう殿十一月日信長(朱印)永禄十件、有相違之状、如全知行不可拾貫文申付上、為扶助河かわ野の之内●釈文↑2楕円印↑3馬蹄印↑4円印※2~4の印章は,吉川弘文館『国史大辞典』1別刷図版「印章」から引用18