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概要

社会科navi Vol.12

とする。遊牧民の貧しい家庭に生まれたワリスは,13歳の時,お金と引き換えに結婚させられそうになる。砂漠を越えて祖母の家に逃げ,叔父の紹介でロンドンのソマリア大使館でメイドの仕事を得た。しかしソマリア国家の崩壊とともに彼女はロンドンの路頭に迷うことになる。そんな中,ファッションカメラマンに認められたワリスは一躍トップモデルとなる。セレブリティとなった彼女は,故郷の通過儀礼である女子割礼を忌まわしい習慣として告発し,その廃絶をめざす活動家となる。映画「シュガー」のサントスが,期待された才能を発揮できなかったのに対し,ワリスは,本人も予期していなかった才能を周囲から見いだされる。ソマリアの荒涼とした大地から華やかな欧米のファッションショーのステージへと転進したワリスの半生は唯一無二という印象を与えるが,そこには故郷を離れた移民に共通の可能性を認めることができる。異郷に移ることで人は自文化を客観視することができるようになる。ワリスの場合,イギリスの若者の性文化を知ることで,幼い頃に受けた女性器切除とともに自身の身体に刻まれた性概念や結婚観が相対化されたのだ。移住の経験がなければ,アフリカ女性の人権を擁護する活動家としてのワリスは存在しなかったことは疑いない。「スリーオブアス」「スリーオブアス」(ケイロン監督,フランス,2015年)は,昨年の東京国際映画祭で上映された新作である。イラン南部の小さな村に生まれたヒバットは大学を出て弁護士となるが,反政府運動に関心を持つようになる。弾圧的な政府により逮捕され,長期の投獄を余儀なくされる。イラン革命に乗じて出獄したものの,ホメイニ政権の原理主義的政策によりヒバットの命はいよいよ危うくなる。彼は意を決し,妻と幼い息子の3人でフランスへ亡命する。そして持ち前のバイタリティでフランスでも弁護士となり,祖国での長年の刑務所暮らしの経験を活かしながら,パリ郊外のコミュニティで活躍する。この映画は,フランスの人気コメディアン,ケイロンが,実の父の人生を演じた「実話ドラマ」である。劇中に登場するヒバットの赤ん坊こそが,ケイロン自身に他ならない。しかも政治的弾圧,難民,亡命といった普通ならば重たいテーマを軽妙なコメディで描いていく手法が心地よい。スクリーンに映るのはフランス社会に貢献するイラン難民の姿である。移民/難民の貢献私達は移民/難民と聞くと,その人たちが移住先の社会にかける負担ばかりを気にしすぎていないだろうか。ましてやテロリストの疑いがかかれば,排斥の声は高まる。一方,移民/難民を擁護する論調は,不幸な境遇を持つ人々を受け入れようという人道主義的な立場が基本となる。しかしこうした排斥か受容かという二者択一の発想は,移民/難民問題の一面にすぎないと,この三つの映画を見て痛感する。そこに欠けているのは,移民/難民が困難を乗り越えて積極的に生きることを選択した勇気ある人々であるということだ。本人の自律の努力と,周囲の包摂の取り組みが功を奏すれば,彼ら,彼女らは受け入れ社会に活力を与える傑出した人物になる可能性が極めて高い。こうした視点に立てば,移民や難民の受け入れは,私たち自身の社会をどのように活性化するかという問題であることに思い至る。著者紹介鈴木紀(すずきもとい)専門分野/開発人類学,ラテンアメリカ文化論主要著書/『国際開発と協働:NGOの役割とジェンダーの視点』(共編著,明石書店2013),『朝倉書店世界地理講座14ラテンアメリカ』(共編著,朝倉書店2007)国立民族学博物館(みんぱく)では,「みんぱくワールドシネマ」として,3月20日(日)に「サンドラの週末」を上映します(無料。ただし,展示観覧券が必要です)。詳しくはみんぱくのホームページ(http://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs)をご覧ください。19