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概要

社会科NAVI Vol.13

に入ってくる武装勢力に対しては,イスラームの教えに反するといって抗議するのである。そして,くりかえし描写される音楽や踊り。人びとは夜の闇に紛れて音楽を楽しみつづけるが,それが発覚した女性はむち打ちの刑に処せられる。むちが背中に当たるたびに苦悶の表情を浮かべていた彼女は,苦痛がいよいよ耐えがたくなったとき思わず歌を歌い始める。暴力と抑圧に対して自由と音楽を対比させることこそが,この映画の基本的なメッセージであるといえよう。街での抑圧とは無縁であった家族だが,少年の飼う牛の一頭が漁民の網を破壊したことで,暴力に直面することを余儀なくされる。牛を殺された父親は漁民に抗議し,あやまって殺してしまう。その結果,街を支配するイスラーム勢力の暴力の前に悲劇を迎えるのである。こ古都トンブクトゥの映画は舞台がトンブクトゥであるだけでなく,トンブクトゥという都市とそこに住む多様な人びとこそが映画の真の主人公だといってよい。トンブクトゥは,ニジェール川とサハラ砂漠が出会う地点に築かれた都市であり,800年にわたり地中海世界と西アフリカを結ぶサハラ交易の拠点として栄えた。それだけでなく,北のアラブ人やトゥアレグ人と,南のソンガイ人やバマナン人などの言語も文化も異にする人びとが共存する街であった。そのような豊かな歴史と文化を背景に,人びとは近年の変化や紛争にもかかわらず誇りをもって生きており,そのことがこの映画を豊かなものにしている。この映画が誕生したきっかけは,2012年にトゥアレグ人の独立運動が激しくなり,その混乱に乗じてアルカイダ系の武装勢力が支配を拡大したことであった。トンブクトゥを含むマリ共和国は,アフリカ諸国の中では例外的なほど平和と民主主義を実現した国であった。ところが,北半分が武装勢力に支配され,イスラーム法の名のもとで人びとの日常生活は抑圧された。音楽やスポーツが禁止されただけでなく,盗みの容疑者は両手を切断され,婚外交渉で子をもうけたカップルは石投げの刑によって処刑された。また,トンブクトゥに伝わる多数の古文書も焼却などの被害にあったのである。それに対し,長いイスラームの伝統を持つトンブクトゥの人びとは,古文書を他の荷物の下に隠して外に持ち出して保護し,銃をもってモスクに入る武装勢力に対してはイスラームの教えを盾に抗議した。そうしたトンブクトゥの人びとのしたたかな抵抗を描き,さらには武装勢力にもさまざまな悩みや個人的な思いがあることを描いている点に,この映画の力があるといってよい。この映画はフランスの最高の映画賞であるセザール賞を獲得したほか,アカデミー賞の外国映画賞にもノミネートされるなど高い評価を得ている。一方,トンブクトゥを含むマリ北部はフランス軍の軍事介入によって解放されたが,いまだ真の平和の実現にはほど遠い状態にある。▲世界遺産に登録されている古都ジェンネのモスク●竹沢尚一郎(たけざわしょういちろう)専門分野社会人類学,アフリカ史主要著書『西アフリカの王国を掘る文化人類学から考古学へ』(臨川書店,2015年),『被災後を生きる:吉里吉里・大槌・釜石奮闘記』(中央公論新社,2013年)●鈴木紀(すずきもとい)専門分野開発人類学,ラテンアメリカ文化論主要著書『国際開発と協働:NGOの役割とジェンダーの視点』(共編著,明石書店,2013年),『朝倉書店世界地理講座14ラテンアメリカ』(共編著,朝倉書店,2007年)国立民族学博物館(みんぱく)では,9月22日(木・祝)の映画会「みんぱくワールドシネマ」で,「禁じられた歌声」を上映します(無料。ただし,展示観覧券が必要です)。詳しくはみんぱくのホームページhttp://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs/をご覧ください。社会科NAVI 2016 vol.13 15