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概要

社会科NAVI Vol.14

よう。1984年に同性愛のカミングアウトは,どういうことだったのか。彼らの活動拠点でもある「ゲイの本屋」のショーウィンドウには,嫌がらせのいたずら書きが書かれるし,彼らは身の危険を感じているから,募金活動にも必ず二人一組というルールがある。実際に,この禁を破って一人で募金活動をしたゲシンは,暴漢に襲われ重傷を負う。これほどまでに苛烈な嫌悪には同性愛を禁じたキリスト教の長い歴史的背景がある。何世紀にも渡り,同性愛,つまりソドミーは死刑に値する重罪であり,近代に入って死刑は免れるようになったものの最近まで犯罪だったのである。また,おずおずと彼らの活動に入っていくジョーに「21歳になったらね」という言葉がしばしばかけられる。現在のイギリスでは性的関係に同意できる年齢は16歳であるが,1984年当時は21歳であった。性的同意年齢引き下げは,同性愛に青少年が「染まる」,あるいは年上の同性愛者から「狙われる」可能性があるという議論によって棚上げされ続け,現在の年齢に引き下げられたのは2000年になってからであった。驚くなかれ,同性愛が「非犯罪」となったのでさえ,イングランドとウェールズで1967年以降,北アイルランドとスコットランドでは1980年以降である。さらにマークやジョーたちは「エイズ・パニック」の渦中にあった。ストライキ敗北の色が濃くなり,マークたちと労働者たちは気が沈みがちになる。そんな時に一人の女性が立ち上がり,「パンと薔薇」を歌い始めて,炭鉱の人々は老いも若きも唱和し,それを見つめるマークたちの頬には涙が伝う。この歌は,20世紀初頭にアメリカ・マサチューセッツ州の繊維工場で起こったストライキのさいにスローガンとして使われた詩が,のちに歌われるようになったもの。「パン=生活」とともに「薔薇=人としての尊厳」を私たち(労働者)は求めるために歩き続けるという内容である。蒸気機関の発明に端を発したイギリス産業革命がまず紡績の機械化を促し,さらに製鉄において木炭から石炭への需要が高まったことを思い出そう。アメリカの紡績工場のストライキで生まれた「パンと薔薇」は,近代産業化の流れのなかで搾取されてきた,底辺労働者たちの生活(=パン)を求める声であると同時に,産業化を支えてきた彼らの誇り・尊厳(=薔薇)を取り戻そうとする叫びなのである。ほぼ一年間続いたストライキは全国炭坑夫労働組合の敗北で終わり,その後のイギリス労働組合衰退の契機となったと言われている。この映画のタイトル「PRIDE」は,性的マイノリティたちのデモ「PrideParade」や性的マイノリティの「誇り」のみを指すのではない。「パンと薔薇」が示すように,炭鉱労働者たちの「誇り」でもあり,この映画はイギリスの産業を支え続けてきた炭鉱労働者たちを「用済み」とばかりに切り捨てるサッチャー政権に対する,あるいは新自由主義的流れへの痛烈な批判でもある。●吉田俊実(よしだとしみ)専門分野英文学,言説分析主要著書ほか『たたかう性-英米文学のヒロインたちに見る反「近代」』(共編著,一葉社,1997年),A.ネグリ・M.ハート『〈帝国〉グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(共訳,以文社,2003年),『番組はなぜ改ざんされたか「NHK・ETV事件」の深層』(共著,一葉社,2006年)国立民族学博物館(みんぱく)では,12月4日(日)の映画会「みんぱくワールドシネマ」で,「パレードへようこそ」を上映します(無料。ただし,展示観覧券が必要です)。詳しくはみんぱくのホームページhttp://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs/をご覧ください。社会科NAVI 2016 vol.14 9