ブックタイトル社会科NAVI Vol.15
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社会科NAVI Vol.15
そんなころ,ボランティアの女性マグダが現れる。マテウシュにとってマグダは,暗い絶望の日々に差し込んだ希望の光だった。しかし,至福の時は長くは続かなかった。マグダは去り,マテウシュはふたたび悲しみの底に突き落とされる。彼の気持ちに気づく者は誰もいない。マテウシュが26歳になった2008年,ついにその時が来た。言語療法士の女性ヨラが,マテウシュは意思の疎通ができることに気づく。マテウシュとのコミュニケーションには,ブリスシンボルという記号が用いられた。マテウシュは母親に彼の心の叫びを伝える。「私植物違う」。しかし,喜びもつかのま,そんな彼に対して施設の「本部」は,知的障がい者でないなら,別の施設に移るようにと通告する。「本部」の職員たちとの面接で,わざと何も分からないふりをするマテウシュ。すると面接官の一人が「うすのろ」とつぶやく。それを聞いたマテウシュは,テーブルを拳で叩き,怒りを示すのだった。それは,マテウシュをこれまで苦しめてきた権力への反抗であり,障がい者を差別する社会への悲しみにも似た強い憤りでもあった。エンディングには,知的障がい者として施設で暮らすマテウシュ本人が登場する。彼は語る。「生きるって気持ちいい」。私心も同じ,気持ちも同じはダウン症のある娘を授かって以来,障がいのある人や弱者の心に寄り添うことの大切さを痛感すると同時に,寄り添うことで見えてくる彼らの心の内に驚かされてきた。障がいのある人,とりわけ重度の障がいのある人は,意思が通じない,何も考えていない(何も考えられない)と思われがちである。これは,私たちが見た目に惑わされ勝手な思い込みをした結果にすぎない。想像力を働かせて,よく考えてみれば,どんな人間であれ,心があり,気持ちがあるのは当然なことなのである。たとえ,話すことができなくても,コミュニケーションが難しかったとしても,人は何かを考え,日々何かを感じているのだ。障がい者を取り巻く問題の多くは,こうした周囲の偏見,想像力の無さから生じている。この世の中には,障がい者を見下したり,疎んじたりする人たちや,障がい者に暴言を吐き,暴力を振るう人たちがいる。また,障がい者は社会の役に立たない,生きていても仕方がないと考え,殺害に及んでしまう人が今でも存在しているのだ。障がい者の心に寄り添えば,きっとわかるだろう。彼らが私たちと同じ意思や感情を持っていることを。表現方法が違うだけであるということを。私たちが目に見えない彼らの心を見る努力さえすれば,暖かい光が彼らに注がれ,彼らの人生が光り輝くことを知ってほしい。もし自分がマテウシュだったらというように,マテウシュの気持ちに思いを馳せることで,私たちはこの作品から多くを学ぶことができるにちがいない。●信田敏宏(のぶたとしひろ)専門分野社会人類学・東南アジア研究主要著書『「ホーホー」の詩ができるまで:ダウン症児、こころ育ての10年』(出窓社,2015年),『ドリアン王国探訪記:マレーシア先住民の生きる世界』(臨川書店,2013年)国立民族学博物館(みんぱく)では,2月11日(土・祝)の映画会「みんぱくワールドシネマ」で,「幸せのありか」を上映します(無料。ただし,展示観覧券が必要です)。詳しくはみんぱくのホームページhttp://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs/をご覧ください。社会科NAVI 2017 vol.15 9