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概要

社会科NAVI Vol.18

 現在,我々が毎日読んだり書いたりしているラテン文字(いわゆる英語の授業で習うアルファベット)は,古代エジプトのヒエログリフがなければ存在しなかったかもしれない。何故なら,アルファベットの源になったフェニキア文字を生み出した原げんシナイ文字(シナイ半島で発見された文字)は,ヒエログリフに接触した西セム語系の人々が頭音法(頭字法とも言い,元の単語の語頭の音〈子音や音節〉を表音文字として使う方法)によって生み出した文字だからである。例えば,ヒエログリフで「家」を象った文字に対して,西セム語系の人々 ヒエログリフは,その名が示す通り聖なる文字として神殿や墓の柱あるいは壁面,石碑,彫像,ピラミッドなどに刻まれ,また数こそ多くないもののパピルスにインクで記されることもあった。内容は,神々への賛歌や供養文,王の業績や復活のための呪文などで,記念碑的な意味が多分にあった。本欄で紹介するのは,末期王朝時代( 紀元前7 世紀? 紀元前4 世紀)にプセムテクという人物のためにつくられたウシェブティと呼ばれる小像である。ウシェブティ(もしくはシャブティ)とは墓に副葬される小像で,右上の写真はファイアンスという焼き物の一種でつくられているが,その他に木や石などでもつくられた。古代エジプト人は,死後に来世で再生・復活することを願って生きているうちから様々な準備をしたが,この小像は,死者が来世で作業に駆り出された際の代行者として副葬されたものである。下半身に刻まれたヒエログリフは死者の書第6 章「ウシェブティを働かせるための呪文」で,被葬者が作業に呼び出された時には代わって返事をするように,と刻まれている[右記参照]。古代エジプトの象形文字が現代の我々に遺したものヒエログリフが刻まれたものと内容は自分たちの言葉で「家」を意味する単語「ベイト(Beit)」の頭文字B の音を当てはめた。こうして,元のヒエログリフが持つ音とは無関係に,古代エジプトの象形文字が表すモノと西セム語の音が対応して原シナイ文字が出来上がり,フェニキア文字を経てギリシャ文字へとつながり,やがて現在のラテン文字へと引き継がれたのである。▲ プセムテクのウシェブティ (高さ15.2cm,幅4.5cm ファイアンス製 古代オリエント博物館蔵 AOM2585)●田澤 恵子(たざわ けいこ)所属/古代オリエント博物館 研究員専門分野/エジプト学主要著書/Syro-Palestinian Deities in New Kingdom Egypt : TheHermeneutics of their Existence(Archaeopress,2009年),Astarte in New Kingdom Egypt: Reconsideration of Her Role andFunctions(Transformation of a Goddess: Ishtar ? Astarte ?Aphrodite, pp.103-123, Vandenhoeck & Ruprecht , 2014年),『世界女神大事典』 (共著,原書房,2015年)社会科NAVI 2018 v ol.18 13