ブックタイトル社会科NAVI Vol.19
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社会科NAVI Vol.19
●菅瀬 晶子 (すがせ あきこ)中東地域研究,文化人類学『イスラエルのアラブ人キリスト教徒』(渓水社,2009 年),『イスラームを知る6 新月の夜も十字架は輝く』(山川出版社,2010 年),『文化を食べる 文化を飲む』(共著,ドメス出版,2017 年)国立民族学博物館(みんぱく)では,6月9日(土)の映画会「みんぱくワールドシネマ」で,「少女は自転車にのって」を上映します(無料。ただし,展示観覧券が必要です)。詳しくはみんぱくのホームページhttp://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs/をご覧ください。専門分野主要著書ほか本作品から見えるものこれは,ワジダだけの物語ではない。彼女のほほえましい奮闘ぶりとともに,彼女を囲む女性たち,とりわけもうひとりの主人公ともいうべき母親が直面する問題が徐々に浮き彫りになる。ひとりの少女が胸に抱いた小さな憧れから,イスラーム以前から中東を支配する家父長制に縛られるサウジアラビアの女性たちが,苦しみもがきながら自由を求める物語へと展開してゆくのである。ワジダの母親は同僚女性たちと運転手を雇い,往復3時間もかけて通勤しているが,それは家計を支えるためである。石油で儲けた大富豪という,日本人が抱きがちなサウジアラビア人のイメージに反し,ワジダの家は中流家庭。夫婦共働きでなければやってゆけず,母親の稼ぎはすべて父親に吸い取られ,貯金に回されている。留守がちな父親は帰宅すればTVゲームに夢中で,妻の話もろくに聞かない幼稚で身勝手な男として描かれているが,それでも家父長たる父親の権威は絶対である。夫を立てるために自分を押し殺す母親に,たびたびワジダが浮かべるいらだちと呆れの入り交じった表情が印象的だ。実は家の跡継ぎたる男子を産めない母親から,父親の心はすでに離れてしまっている。家父長制の根強い中東では,女性は年若いうちに親の決めた相手と結婚するのが一般的だが,男子を産めなければ冷遇される。ときにはそれで離縁されたり,ムスリム家庭であれば別の妻を迎えられてしまう場合もある。終盤には,ワジダと母親が家父長制の権力の前にねじ伏せられ涙する,残酷な出来事が待ち構えている。 しかしながら,中東の強固な家父長制も,近年はその力が弱まりつつある。女性が自立し,自分で結婚相手を選べるようになった国もある。サウジアラビアでも徐々に状況は変わりつつあり,2015年には限定的ながら女性の参政権が認められ,2017年には車の運転も許可されるようになった。映画も今年から解禁された。本作が発表されたのは2012年だが,期せずしてそれらを予言するものになったのである。家父長制の権力に屈服させられるかにみえたワジダの母親が,娘のために示したある心意気には,誰もが胸のすく思いがするだろう。そして気づくのだ。これはサウジアラビアだけの物語ではない。いまだに抑圧されるすべての女性やマイノリティに対して送られたマンスール監督のエールが,ラストシーンの向こうから,はっきりと聞こえてくるはずである。校でクルアーン暗唱大会が開かれることになる。宗教には興味のなかったワジダだが,優勝賞金が自転車と同じ金額だと知るやいなや,猛勉強をはじめる。懸命に知恵を絞り,ときには悔しさに歯を食いしばりながらも目標に向かって突き進む彼女の姿に,観客は知らず知らずのうちに引き込まれる。彼女の願いが叶えられますようにと,願わずにはいられなくなる。社会科NAVI 2018 v ol.19 11