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概要

社会科NAVI Vol.19

福井弁護士会における法教育の取組みジュニア・ロースクールの法教育授業と,「対立と合意,効率と公正」 福井弁護士会は,約15年にわたり小中高生や市民に対する法教育に取り組んできた。ここで「法教育」とは,法や司法制度,これらの基礎になっている価値を理解し,法的なものの考え方を身に付けるための教育と定義しておく。 これは,法律家や政治家だけではなく,民主的な市民社会の全ての構成員に必要である。つまり,良き市民を育むことが法教育の重要な目的である。 この実践のため,福井弁護士会は小中高校へ出前授業を行うほか,特に2つの事業に力を入れてきた。2004年から毎年開催しているジュニア・ロースクール福井と高校生模擬裁判選手権である。 以下,ジュニア・ロースクールを中心に説明する。 ジュニア・ロースクールは,小学5年生から中学生を対象に行う事業であり,その柱は,童話(昔話)を素材にした法教育授業である。弁護士業務に引き寄せた言葉で言えば,民事事件の領域から刑事事件の領域まで,多様な問題を取り上げてきた。 例えば,民事の領域からは,「桃太郎」を題材に,配分的正義について議論を行った。具体的には,鬼ヶ島から取り返してきた宝の中から,桃太郎たちは適正な報酬をもらうことはできないか? もし桃太郎が村人たちから報酬をもらえるならば,一緒に功績をあげた犬,キジ,猿は,桃太郎から分け前をもらうことはできないか? といった問題である。 また,「さるかに合戦」では,契約締結に際し注意すべきことを検討した。猿から求められたカニは,おにぎりと柿の種を不用意に交換してしまうのだが,自分では木の上に実った柿の実を取るこ福井弁護士会が進める法教育と主権者教育●福井弁護士会 法教育委員会 委員長/弁護士 後藤 正邦とができず,後にトラブルを招くことになる。そこで,トラブル回避のためには,おにぎりと柿の種を交換するときに,先を見通して,猿との間で何か約束(契約)をしておいた方が良かったのでは? その条件は? を考えたのである。 刑事の領域からは,「かちかち山」を素材に,正当防衛について議論した授業を紹介したい。本来は,悪さをした狸が最後には懲らしめられるという勧善懲悪の筋書きであるが,その視点を変えて,捕えられて狸汁にされそうになった狸が,お婆さんを痛めつけて逃げ出したとき,正当防衛が成立するかどうかの議論を行った。 これらの授業は,具体的な法知識を駆使して検討するものではなく,あくまでも法の基礎になっている価値への理解・共感を基盤として形成しながら,その基盤の上に論理的な検討を重ねるものである。 ところで,公民科・社会科公民的分野の学習指導要領においては,まさにこの法教育の目指すところが採用されたと評して良い。中学校であれば,社会課題に対する「対立と合意,効率と公正」といった見方・考え方を身に付けることが掲げられている。 それを踏まえて「桃太郎」を見ると,「公正」の見方・考え方から具体的な配分を検討していることがお分かりいただけると思うし,「さるかに合戦」は,利害「対立」する面のある当事者間において,相互に「効率」や「公正」を考慮したうえで,契約という「合意」に至らせるものであることがお分かりいただけると思う。 「公正」などの抽象的な見方・考え方を実感的に理解・習得し,具体的利害関係に関する思考・議論・協議につなげるために,童話素材授業は非常に有効なのである。なお,同一授業でも,小学5年生はそれなりの議論ができるし,中学生は中学生なりに,さらに多角的に,深く論理的に議論することが見て取れ,いずれにも有効だとの手応えを得ている。14 社会科NAVI 2018 v ol.19