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概要

社会科NAVI Vol.20

●八木 百合子 (やぎ ゆりこ)文化人類学, ラテンアメリカ地域研究『アンデスの聖人信仰-人の移動が織りなす文化のダイナミズム』(臨川書店,2015 年), 『アンデス世界-交渉と創造の力学』(共著, 世界思想社, 2012 年)国立民族学博物館(みんぱく)では,1 1月4日(日)の映画会「みんぱくワールドシネマ」で,「彷徨える河」を上映します(無料)。詳しくはみんぱくのホームページhttp://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs/をご覧ください。専門分野主要著書ほか登アマゾン映画の真骨頂場する二人の白人探検家は,いずれも実在した人物であり,本作は彼らが残した手記をもとに編まれている。しかし本作は,白人探検家による単なるアマゾン旅行記などではない。白人の手記をもとにしながらも,アマゾンの神秘的かつ幻想的な世界を先住民の視点から映し出しているのだ。本作の醍醐味はまさにそこにあり,その意味で従来のアマゾン映画とは一線を画す。 とくに演出において,カラマカテ役には,実際にアマゾンに暮らす先住民族の男性を登用している。若き日のカラマカテ役は,アマゾン流域で生活するクベオ族出身者であり,年老いたカラマカテを演じた人物は,オカイナ族の最後の一人である。役柄とも重なる彼らの人生が作品にリアリティを生み出している。い冒険の果てに漸くヤクルナに巡り会う彼らだが,そこでこの旅の真の意味を知ることになるのである。アマゾン先住民の光と影コロンビアのアマゾン熱帯雨林には,トゥカノ,デサナ,ユクナなど,およそ80にのぼる先住民族が居住している。互いに言語こそ異なるものの,カラマカテに代表される,シャーマンによる治療は,この地域の先住民族に共通する特徴の一つである。彼らは,自然に対する深い造詣をもち,それとの調和のなかで自らの世界を築き上げている。主に,社会集団と超自然的存在(神や精霊)の仲介者として,病気治療のほか,通過儀礼をはじめとする儀式を司る。超自然的存在との接触のためには,アヤワスカ(またはカーピ)という幻覚性のある飲物や,鼻から吸引する粉末の薬草を使用し,幻ビジョン覚や夢のなかでそのお告げを聴いたり交渉したりする。夢に忠実に従い生きるカラマカテの言葉には,ジャングルに生きる人の世界観や知識体系を垣間見ることができる。と同時に,彼の生き様からは,ジャングルに敬意を払い,その掟を守ることが森に生きる民の務めであることが強烈に印象づけられる。 いつしかその神秘的世界に魅了される一方で,映画からはアマゾンの惨憺たる現実も突き付けられる。19世紀中頃から20世紀初めにかけゴムブームを迎えたアマゾンでは,ゴム採集業者による先住民居住地への侵入や組織的なキリスト教化の加速によりカトリックの伝道所の設置が進んだ。その過程で,森の中で静かに暮らしてきた先住民は,強制労働や虐殺,共同体の破壊など数々の犠牲を強いられてきた。また,辺境に住むがゆえに,隣国との国境紛争のなかでも幾多の困難を経験してきたのである。本作は,消えゆく先住民の知識だけでなく,未だジャングルに残るそうした傷跡の多くを伝える稀少な作品といえよう。社会科NAVI 2018 v ol.20 15