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概要

社会科NAVI Vol.21

●藤元 優子 (ふじもと ゆうこ)専門分野:現代イラン文学「自分の物語を求めて―イラン現代文学と女性」(『すばる』,2008 年12 月号),『天空の家―イラン女性文学選―』(段々社,2014 年)国立民族学博物館(みんぱく)では,2月2 3日(土)の映画会「みんぱくワールドシネマ」で,「ママのお客」を上映します(無料)。詳しくはみんぱくのホームページhttp://www.minpaku.ac.jp/museum/event/fs/をご覧ください。専門分野主要著書ほかこの映画が制作された2004年は,1979 年のイスラーム革命から四半世紀が過ぎ,イラン・イラク戦争(1980 年- 88 年)や最高指導者ホメイニー師の死去(1989年)を乗り越えて,イスラーム共和国が新たな局面を迎えた時期にあたる。社会は落ち着きを見せ始め,革命のイデオロギーの押しつけが緩んで言論や表現の自由も回復傾向にあった。だが,革命と戦争の負の遺産である欧米の経済制裁は続き,イラン経済にボディブローのようにじわじわと悪影響を与えて,貧富の差の拡大を生んだ。うち続く不況や宗教的規制の多い社会に嫌気がさして薬物依存に走る者が激増し,深刻な問題にもなってきた。作中でも,クルミ売りの男が身重の妻に暴力を振るってしまうが,原因は男の薬物を妻が捨ててしまったことにあった。また,飼っている鶏をどうしても食材に提供できない様子が笑いを誘うクルド族のおばあさんは,イラクとの国境にある故郷で家族全員を失い,テヘランに移住してきた戦災難民である。鶏は彼女にとって孤独を紛らわす家族同様の存在になっていたのである。「ママのお客」は,そんな厳しい暮らしの中でも優しくも強かに生きていく庶民に,微笑みと共にエールを送りたくなる秀作である。だおかげで,最後には素晴らしいご馳走の夕食を全員で楽しむことができる。その後エッファトが倒れて病院に担ぎ込まれる一幕もあるが,ただのストレスのせいだとわかり,皆が安心して帰宅して長い一日が終わる。 ストーリーラインは単純であるが,名匠メヘルジュイは癖の強い登場人物たちを縦横無尽に活躍させて,人のつながりを大切にする古き良きイラン人の伝統を強調している。キーワードは「気遣い」である。ペルシア語では「タアーロフ」と言い,口先だけのお世辞から相手のことを思ってする遠慮まで,対人関係の配慮を広く包含する言葉である。エッファトが無理をしてでも甥夫婦を歓待しようとするのも,夫がお客に夕食や宿泊を勧めるのも,甥夫婦がそれを断り切れずに居残るのも,そしてご近所さんたちが自分たちの食料まで提供するのも,すべてこのタアーロフという気遣いのなせる技である。タアーロフは形式主義の弊害も生むが,人間関係に欠かせない潤滑油と言えるのである。社会の底辺にいる人々でも,他者への気遣いを忘れず力を合わせることによって,実現不可能に見えた目標を達成することができるのだ,というメッセージは楽観的過ぎるきらいもあるが,都市化,核家族化が進み,人間関係が希薄になってきたイランの現状を憂える監督の思いを感じ取ることができる。21世紀のイラン社会を映し出す▲ 提供:IRIB MEDIA TRADE▲? 提供:福岡市総合図書館社会科NAVI 2019 v ol.21 15