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概要

社会科NAVI Vol.24

現代社会ウォッチングvol.10●同志社大学大学院司法研究科教授 松本 哲治 「一強多弱」と言われる現在のわが国の政治状況の原因は様々にあろうが,その一つは,政権の巧みな解散戦略にあろう。そのこともあってか,解散権の制限を,解釈論として,あるいは政策論(改憲を含む立法論)として,検討する向きもある。その前提には,日本国憲法がやや明確を欠くものの内閣の自由な解散権行使を許していると考えられていることとともに,最高裁がこの点について,高度の政治性を理由に司法審査を否定する統治行為論によって,解散が行使できるとする政府の見解を否定しないとしていることがある。憲法学における支配的な見解も解散権をまったく自由に行使できるものと考えている訳ではないが,許される解散とそうでない解散を裁判で判断することは難しいだろう。 もともと議院内閣制はイギリスで慣習を通じて形成され,それが各国に引き継がれたものである。元来は,内閣が下院の信任なしには存続できず,他方で内閣は下院の解散権をもつという均衡を本質としているが,国や時代によっては解散権が相当制限されたり,あるいは不信任決議が制限 このようななか,イギリスの動静が注目される。議院内閣制の母国であり,上のようなわが国での理解のモデルとなっているにも関わらず,解散権が近時法律で制限され,そしてまたその制限が動揺しているからである。イギリスの様子を見てみよう。 2011年9月,イギリスでは,解散権を制限する任期固定制議会法が成立し,次期総選挙を2015年5月7日とし,その後の総選挙を5年後ごとの5月の第1木曜日と規定した。このような制限が定められたのは,イギリス憲政史上初めてのことである。ただし,庶民院(下院)における3分の2以上の賛成で早期総選挙の動議が可決された場合等は例外とされた。 実際,2017年4月18日,メイ首相は庶民院を解散する意向を表明し,庶民院は翌19日賛成522,反対13でこれに賛成し,5月3日,庶民院は解散された。同年6月8日の総選挙では与党保守党が単独過半数を失い,少数与党となった。 その後,2019年7月24日メイ首相は退任し,ジョンソン首相が就任し議院内閣制と解散権▲ イギリス庶民院(下院)(写真提供/AFP PHOTO/PRU)されたりもする。ドイツで,ナチス支配を招来した経験から,後継宰相の指名についてまで一致しないと内閣不信任ができないという建設的不信任の制度がとられているのはその一例である。憲法典でこのあたりを細々と規定する傾向を「合理化された議院内閣制」といい,日本国憲法もこの流れに属する。憲政の母国イギリスの今ーそこから何を学ぶかイギリスにおける解散権制限立法18 社会科NAVI 2020 v ol.24