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概要

社会科NAVI Vol.24

 さらにその後,庶民院は,2019年10月28日に,EUからの離脱を実現するために首相が出した解散総選挙を求める動議を解散に必要な3分の2(434票)を下回る賛成299で否決した。しかし,同月29日,12月12日に総選挙を実施する法案を賛成438,反対20で可決した。総選挙に反対してきた最大野党の労働党が実施法案に一転,賛成に回ったためである。 このとき可決された新たな法案は,任期固定制議会法の下での動議(解散には3分の2の特別多数が必要)ではなく,同法とは別の法案である(単純多数決で可決可能)。その可決は,圧倒的多数でなされてはいるが,任期固定制議会法は,もはや解散に庶民院の特別多数が必要という当初の内容で機能しているとは実質的にいいがたい。解散の制限として残ったのは,実際上は,いざとなれば,必要なのは庶民院の過半数の賛成を得ることである,ということになる。軟性憲法・議会主権の国であるイギリスでは,任期固定制議会法も通常法律に過ぎないので,これに反する法律も,全く問題なく効力をもつのである。そもそも特別多数を要求するといっても,日本国憲法が特別多数を要求しているのとは異なるので,後者の場合に我々がもつ厳格な手続きのイメージを抱くとずれが生じることになるのであろう。 様々な前提の異なるイギリスの話を,ストレートにわが国で参考にすることはできない。しかし,解散を制限する必要があると考えられ,これが法律の制定にまで至ったということは一方で重要である。解散権は現在でも制限されている。他方で,それは結局,危機が生じ,緊張が高まると,国民の意見を解散によって聞けという圧力によって,通常の立法で迂回されてしまった。そして2019年12月,イギリス国民は,総選挙によって与党保守党に単独過半数を回復させるという回答をあたえた,このことにも相応の注意を払う必要がありそうである。 以上,解散権についてみてきたが,この他にも,イギリスの統治機構を巡っては,そもそも「ブレグジット(イギリスのEUからの離脱)」を国民投票にかけるということが,賢明なことだったのかということも考えさせられる。日本国憲法の下では憲法改正以外は国民投票では決定できない。 さらに,首相が女王の裁可を得て,5週間におよぶ議会閉会を決定し,議会審議を停止させたところ,最高裁が,議会本来の職務遂行を妨げるのは違法だと全員一致で判断したことも注目される。わが国では,内閣が憲法が定める臨時国会の召集義務を無視したとして訴訟が係属している。 立憲主義の母国からは,多面的に学ぶ必要がありそうである。●松本 哲治主要著書/『憲法Ⅰ 総論・統治〔第2 版〕』『憲法Ⅱ 人権〔第2版〕』(いずれも共著,有斐閣,2018 年),「経済的自由」宍戸常寿他編『総点検日本国憲法の70年』(岩波書店,2018 年),「一部違憲判決と救済」土井真一編著『憲法適合的解釈の比較研究』(有斐閣,2018 年)解散権制限立法の動揺なにをどう見るか▲ 保守党のジョンソン首相( 写真提供 /AFP PHOTO/UK PARLIAMENT/JESSICA TAILOR)た。首相は,EUからの離脱についての国民の信を問うとして,9月4日に解散総選挙の動議を提出したが否決された。さらに同月9日,EU離脱を3カ月延期する法律が成立し,10月19日までにEUとの離脱協定案を議会が承認できない場合,政府はEUへの延期申請を義務付けられることになったため,首相は再度解散の動議を提出したが,10日に否決された(同一会期中の同一の動議の提出はイギリス議会においても例外的なものと思われる)。社会科NAVI 2020 v ol.24 19