日文の教育情報 No.3 平成15年11月 発行
 
「総合的な学習の時間」の一層の充実に向けて
鳴門教育大学
教授 村川雅弘

 10月7日の中央教育審議会の「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について」の答申では,総合的な学習の時間の一層の充実を強調している。子どもや地域の実態を踏まえて開発・実施され大きな効果を上げている一方で,趣旨を十分に理解せず,目標や計画が不明確なために成果が上がっていない取り組みも少なくないからである。今一度,この時間の意義を再確認し,改めて自校の取り組みを見直す時期にきている。具体的な実践を通して明らかになってきた課題を創造的・協同的に解決するとともに,不断の見直し改善を進める校内研修のあり方が問われている。同時に教育センター等での研修のあり方も再検討が必要である。

  ●中央研修での新しい試み

 毎年,秋に独立行政法人教員研修センターの教職員等中央研修(中堅教員研修講座)の講師に呼ばれる。300名弱の全国の中堅教員の真摯な態度,意欲的な姿勢にこちらも身が引き締まる。5週間に及ぶ研修の中でも私の担当講座は異色である。殆どが講義スタイルのようだが,私の担当講座「総合的な学習の時間の課題と手だて」はワークショップあり,受講生による発表と協議ありと盛り沢山でかつ能動的である。
 まず,私が担当する2週間前に「総合的な学習を実施する上での学校現場での問題,課題」についての自由記述によるアンケートを実施する。それを分析し12個の課題に整理する。当日の朝一番の「総合的な学習の成果と課題」について講義の後,受講生は24~26のグループに分かれて1つの必修課題と1つの選択課題について協議し,用紙にまとめて提出する。午後からは5~6の課題についてのグループ発表と協議の後,私がまとめて講義を行う。3,4年前からこのスタイルでやらせてもらっている。大変好評だと伺っている。
 なぜ,このようなスタイルの研修を行っているのか。それは,総合的な学習には大いなる可能性がある一方で多くの課題があるからである。私自身,総合的な学習と本格的にかかわって10年ほどになるが,学校現場とかかわればかかわるほどにその限りない可能性と実践課題の多さを実感する。

  ●総合的な学習の大いなる可能性

 総合的な学習の効果や可能性については文部科学省やベネッセ教育総研をはじめ様々な機関等の調査で報告されている。私が平成14年春に,主に研究先進校を対象に行った調査(村川雅弘編著『子どもたちのプロジェクトS』NHK出版に所収)でも「学校生活が楽しそう」「友達同士協力し合う」「何事に対しても前向きに取り組む」「子どもが互いの良さを認め合う」「自分の考えや行動に自信が見られる」といった項目において,9割の学校が総合的な学習の効果と回答している。いずれも現代の子どもたちに欠けている面であり,また,保護者も教師も真に望んでいる面である。また,不登校や保健室登校,いじめやトラブルが減少したと回答している学校も3~4割に及ぶ。生徒指導上の問題に悩み続けてきた学校現場への新たな可能性が見受けられる。実際,私がかかわってきた中学校で以前は荒れている学校として有名だった学校が,総合的な学習を本格導入してたった1,2年で生徒指導上の問題が激減し,見違えるような素晴らしい学校に変容している。大学入試を理由に導入に消極的な高等学校においても,例えば進学校で,総合的な学習の時間で子ども一人一人が将来の方向や夢をしっかりと持ち得たことで,教科学習の時間での意欲や集中力が高まり,進学率が倍増している高等学校がいくつも出てきている。

  ●創造的・協同的に問題解決を図る研修

 総合的な学習については実践上の課題は多い。先の中央研修のアンケートでも,分析してみるとその数は200以上に及ぶ。もちろん大小あり,また,一つを解決すれば関連して解決に至るものもあるが,現場が悩んでいるのは事実である。今年度の研修講座で掲げたのは次の課題(一部)である。「子ども一人一人にとっての価値ある課題づくりのあり方」「活動が多様化する中でのグループや個人へのきめ細かい支援のあり方」「追究場面においてインターネットに依存する子どもへの対処の仕方」「学習成果の発表会での聞き手の意識向上のあり方」「『生きる力』の評価の考え方・進め方」「最近の社会状況を踏まえての校外での安全確保のあり方」「教科学習と総合学習の関連のあり方」「総合的な学習に対して否定的な教師への対応」「学校独自のカリキュラムの継承と発展のあり方」「小中連携を踏まえた段階的な発展のあり方」
 一つ一つが重要な課題であり,かつ個々の教師の努力や力量では到底解決し得ないものばかりである。これらの一つ一つについて,私なりの具体的な手だては持っている。学校現場との共同研究や訪問指導,研究紀要等の分析,院生の修士論文研究を通した開発などの蓄積がある。中央研修で終日語るだけの体力もある。しかし,受講生が私の話を聞いて知識や情報を学校現場に持ち帰るだけでよいのだろうか。
 私が担当する研修講座では,受講生には「創造的かつ協同的な問題解決できる教職員集団の要」になって欲しいと願っている。そのために,まさに「創造的かつ協同的な問題解決」を自ら体験してもらおうというのがワークショップのねらいである。別なセミナーでもワークショップを採り入れているが,「研修がこんなに楽しい,役に立つとは思わなかった」と好評である。
 映画のセリフではないが「事件は現場で起きている」。つまり,「課題もその解決の手だても実は学校現場や授業の中にある」のである。各校あるいは各地域の具体的な課題を教師自身が見付け,協議し,問題解決を図っていく研修が求められている。
 学校を訪問する機会は多い。総合的な学習が形骸化せずにますます充実している学校,子どもが広い意味での「確かな学力」を伸ばしている学校,地域や家庭との連携が進んでいる学校は研修がしっかりしている。教師がお互いに孤立していない。学級や学年,あるいは学校を越えて,実践の中から問題を見付け,創造的かつ協同的に具体的な問題解決を図りながら,教師自身が楽しみながら力を付けている。

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