日文の教育情報 No.4 平成15年12月 発行
 
来年度の目玉「子どもの居場所」づくり -保護者をどう巻き込むか?-
園田学園女子大学
教授 野口克海

  ●来年度予算に125億円

 文部科学省は,放課後や週末にスポーツや文化活動を楽しめる「子どもの居場所」を来年度から2年かけて,全国の小学校14,000校に設置することとした。関連経費として約125億円が来年度予算の概算要求に盛り込まれている。
 この事業の背景には,小中学生が関係する凶悪事件,長崎の幼児殺害,東京の四女児監禁事件などが相次いだことや,子どもが非行や暴力行為など問題行動を繰り返すのは,「家に帰っても誰もいなかったり,家庭崩壊していることも要因」(遠山敦子前文科相)といった家庭や地域の「教育力」低下の実態がある。
 「子どもの居場所」は平日の放課後,午後4時から同7時,土日の午後2時から同7時まで小学校を開放し,小中学生がスポーツ,絵画や陶芸といった文化活動,パソコン教室などさまざまな体験活動ができるようにする。
 来年度はまず,公立小学校7,000校に居場所を設置,2年目に約23,000ある公立小学校のうち,規模の大きな14,000校まで拡大する。
 子どもたちを指導するのは退職した教員,大学生,民生委員,保護司,社会教育団体やスポーツクラブの指導員,PTA関係者ら。ボランティアとして登録し,1校につき3人を派遣する。
 子どもの居場所の体験メニューをつくったり,地域の人材を発掘して活用するコーディネーターも1,700市町村にそれぞれ4人ずつ配置する。
 以上が「子どもの居場所」づくり事業の概要である。
 予算の規模といい,全国の市町村を巻き込み,14,000校という多くの小学校で実施することといい,そのスケールからいって,来年度の文科省の事業の目玉といっていいだろう。

  ●この趣旨をどう受けとめるか

 ある私立の保育所経営者から,
 「保育所に子どもを預かってほしいのに,入所できない待機組は,絶対にゼロになりません」
という話を聞いた。
 「このごろ,“働きたいから,預かってほしい”のではなくて,“預かってほしいから,働く”保護者が増えてきているからです」
というのだ。
 東京や大阪などの大都市では,もう当たり前の傾向だという。
 その保育所では,正式に入所する前に何度か体験入所をさせて,少しずつ母親と離れて生活することに子どもが慣れてから入所させるようにしている。
 そして,体験入所が終わった時に所長が母親と面接をする。
「ここしばらく,お子さんと離れる日を体験されて,いかがでしたか?」
と質問すると,
 「子どもを預けて,家に帰り,一人で紅茶を入れた時,スプーンがお皿の上でカチャッと音がしました。その音を聞いた時,“こんな静かな時間をもてるなんて何年ぶりだろう?”と幸せで身震いしました」
と母親が答えたという。
 母親がたった一人で,24時間子どもの世話をする。孤独な子育てが無限に続く毎日の生活。
 少しの時間でいいから,子どもから離れて自由になりたい。
 そんな保護者が保育所のまわりで無限に待機している。
 だから,保育所の待機組は,永遠にゼロにはなりませんというのだ。幼児や児童の子育て支援のあり方を考える時のひとつの指針になるような気がする。

  ●家族教育のあり方支援策を

 子育て支援とは,保育所をどんどん増やすことや,小学生の学童保育で子どもをたくさん預かることではないのではないか。
 家庭から子どもを切り離し,保護者から切り離してめんどうをみてやるのが子育て支援なのではなくて,
 「お母さんも,子どもと一緒に気楽に立ち寄れたり,一人ぼっちの孤育にならないように交流できる場所を設けたり,時には,自由な時間がもてるようにしたり,家庭教育を支援したりすること」が求められているのではないか。
 どう考えても,乳幼児期や学童期は,親や兄弟,肉親のつながりの中で愛情いっぱいに育てられる方が望ましい。
 だけど,一人ぼっちで育児ノイローゼになりそうな若い母親たちも,核家族・少子化時代には増えてきている。
 そういう保護者を支援するということは,保育所や学童保育で子どもを預かって,切り離すことではないように思える。
 地域のつながり,街角子育て交流センター,安心できる情報の提供,人と人との助け合いのネットワーク,若い保護者のサークル活動,親と子とが一緒になった居場所づくりが必要なのではないか。

 今回の文部科学省が立ち上げる「子どもの居場所」づくりは,具体的な活動内容は地域に委ねることとなっている。
 前大臣の言われるように「家に帰っても誰もいなかったり,家庭崩壊していたりしている」子どもたちも多いことも事実だし,子どもたちの健全育成のために,財政難の時期にこれだけの思い切った施策を打たれることには拍手を送りたい。
 ただ,この事業を血のかよった中身のあるものにするために,子どもを家庭や親から切り離して預かる施策にするのではなく,家庭教育を支援するという視点を踏まえたものであってほしいと思う。
 子どもたちの生活の様子は,東京と地方ではずいぶんと違っている。
 地方には,まだまだ,地域の教育力も家庭の教育力も健在なところが多い。
 地域に合った具体的な活動が生まれることを期待したい。

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