日文の教育情報 No.21

平成17年5月 発行

 

子どもにいちばん近いところで発想した仕組みがもっとも効果をあげる

日本感性教育学会 理事

 長南博昭

  ●1 「PISAショック」で、これから何をするのか

 昨年末に公表された二つの国際学力調査の結果は、日本の教育界に「PISA」ショックを与えた。地震にたとえればマグニチュード7クラスの規模である。このショックで、日本全体が「教育再建」に向けて再び熱くなっている。

 いずれの国際学力調査でも、前回より数値が下がっており、子どもたちの学力が総合的に低下しているというものである。この調査結果は、いくつかの問題を提起している。その中で大変気になることは、次の四つである。

①「勉強に対する意欲」が参加国の中でもっとも低いレベルであること。
②読解力で顕著な低下が見られること。
③参加国の中で、家庭学習の時間がもっとも短く、テレビやビデオを見る時間がもっとも長いこと。
④選択肢のある問題では、無答率が0%なのに、論述形式になると、とたんに、60%になること。

 いずれも憂慮するような問題であるが、特に、④の結果は重大なことである。これは、「向かう姿勢=チャレンジ意識」が衰退しかかっていることを示唆している。大げさではあるが、「人間らしさ」を失いかけているのではないかと心配になる。「人間らしさ」とは、「我慢する」「挑戦する」「表現する」の三つである。

 いずれにしても、子どもたちの学力の数値を回復させることは、もちろんである。それ以上に、勉強に対する「意欲・関心」や「耐性」をどのように甦らせるかが急務である。そのためには、大胆で思い切った対策が必要になる。

 そのため、国レベルではもちろん、都道府県レベルでもいろいろな対応策を打ち出している。より実態に近い市町村でも着々と進んでいる。独自の策をもって取り組もうというところも出ている。その一つが、青森県の東通村である。総合教育プラン検討委員会は、小学校の就学年齢を5歳に引き下げ、中学校を4年制とすることなどを盛り込んだ報告書を答申した。ねらいは、「学力アップ」と「余裕ある勉強態勢づくり」である。この案が実施されれば、保護者や大人の意識を抜本的に転換させることになる。まさに、独創的な策である。この策が効果をあげるか、それとも効果がなかったとなるのか、結果が出るまでには、相当の時間がかかるだろう。いずれにしても、実態にいちばん近いところで、独自の発想で大胆に課題解決に臨むという姿勢に感動した。子ども一人一人の実態を的確にとらえているのは、いつも子どもの側にいる大人である。教育施策は、実態に一番近いところで発想した仕組みがもっとも効果をあげると信じている。

  ●2 大事なことは、「生活環境」を整えることである

 「PISA」ショックから派生し、学校週五日制の完全実施によって変わった学習環境を再び変えようとする動きがある。また、学習指導要領も改訂の方向に動いている。しかし、PISAが示す低下の原因は、制度の問題や学習指導要領などの学習環境の問題よりも、生活環境の問題が大きいのではないか。今大事なことは、子どもをしっかり見て、その対応策を出す必要がある。それは、子どもたちの「学習環境」よりも「生活環境」を整えることを優先させることである。家庭との連携は、簡単に言うことはできるが実現はむずかしい。しかし、元から正してみることをしなければ、解決がむずかしい問題である。子どもを「お客様」にしてしまうと、当事者意識が衰退し、自分から何かをしようという気持ちがどんどん退いていく。「人間らしさ」を発揮させることは、ひいては学力向上につながる重要な第一歩でもある。

 最近では、学力向上対策に「生活習慣の見直し」や「食育の必要性」を訴えている方もいる。くわえて、次に示すような子どもの「7変化」を改善することも必要である。

①社会に出るまでお客様である
 すべてが自分の思い通りになるという錯覚に陥っており、その一方で「自己実現不全」に陥っている可能性も強い。

②大人との境目がない
 大人と子どもの境目が溶けてしまっている。大人と子どもの違いを認識させることは、社会生活の基本的なマナーを身に付けさせる重要なステップである。

③喜怒哀楽が不明である
 感情を伴う親子の相互行為が極端に少なくなり、それを避けようとする傾向が強くなっている。親戚付き合いなどは大切な家庭教育の場である。

④自然や社会を知らない
 自然の「音やにおい」を失った子どもが増えており、五感の発達を阻害する環境があまりにも多くなった。

⑤基礎体力が低下している
 基礎体力と運動能力のアンバランスが生じている。快適便利な生活が子どもの資質を退化させている。

⑥関係づくりが不得意である
 相手の気持ちを察したり、気を遣った行動ができない。携帯電話などの文明の利器が「他者意識」の希薄化を招いている。

⑦規範意識が低下している
 大人の「心の危機」でもある。そのために、大人がモデルを示す必要がある。

 今すぐ取り組むことは、子どもに対する「大人の姿勢」を示すことである。


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