日文の教育情報 No.22

平成17年6月 発行

 

子どもの意識と行動の変化


 

東京女子体育大学理事
言語教育文化研究所代表理事

  尾木和英

  ●思いがけない事件の連続

 本年の年明け早々、各地の神社で偽札が発見されて話題になった。偽札防止のための新しい紙幣がお目見えした直後のことだったので一層注目を集めることになった。
 犯人が浮かび上がりほっとしたところに飛び込んできたのが中学生偽札作りのニュースであり、さらに驚かされたのが、3 月にはいってからの小学生の偽札作りだった。
 なんと小学生が、パソコンなどで作った偽1 万円札を文房具店で使ったというのである。報道によると、4 人はいずれも遊 び友達。自宅のパソコンとスキャナーで偽札を作り、文房具の代金として使った疑いということである。店員が偽札に気づいて通報し、4 人はその場で補導された。小学生の起こした事件であるから、幼稚であることは確かである。しかし、一応は使用できる紙幣を作り、偽札使用という重大な犯罪を小学生が行 ったことは事実である。
  最近、思いがけない事件が連続している。その結果、私たちの神経は摩滅して鋭さを失い、少々のことでは驚かなくなっている。大事件でないと反応しないところも怖いところである。しかし、小中学生の偽札作りについては、単に困ったものだ、でやり過ごすことのできない問題がここにある。

  ●激変する子どもの生活環境

 注目すべきことの第一は、小学生でさえも偽札を作ることができる環境が、子どもたちの日常生活の場になっているということである。パソコンとスキャナーさえあれば、小学生でも高度の技術を駆使できる。同様に、現代の小・中学生は、大人の目をまったく経ないで、子どもにとってはきわめて危険な情報 にアクセスすることができる環境に生活している。どこで、どのような精神的な影響を受けているか、その結果どのような行動の変化が見られるようになるか、まったく未知の領域である。 そこに、第二の問題が重なってくる。
 小・中学生が偽札を作った今回の事件は、さほど特異なことではないのかもしれない。おそらくはそれほど特別な子どもではないと思われる、これらの小・中学生に見られる罪悪感の希薄さに着目する必要がある。
 罪悪感に結びつく、判断力、思考力はそれを働かせる活動場面を通して発達する。多様な人間関係の中で感化を受け、叱られ、認められるといった経験を通じて身につく。ところが、現代の子どもについては、成長発達の過程において、していいことといけないこと、正しい価値判断を育てる機会が以前と比べ激減していることに気づかされる。ここに現代の子どもの不幸がある。偽札作りという事件の背後には、子どもの生活環境の変化とそのことによってもたらされる子ども自身の変化の問題がある。

  ●子どもの抱える問題とは

 子どもの抱える問題が理解されず、そのために指導・対応が適切さを欠くとき、あるいは指導・対応が子どもの変化のスピードについていけなくなるとき、そこにずれや裂け目が生じ、問題行動が発生し深刻化する。生徒指導を構想し実施に移す際には、まず的確な子ども理解が重要になる。
 子どもが当面する問題は、次の三つに整理してとらえることができる。

  ① 自尊感情が低下し、ストレスがたまることによって攻撃性が高まっている場合
  ② 自己決定の機会の減少によって、自立の力が衰微している場合
  ③ 子ども同士の人間関係が薄くなり、所属する集団との結びつきが失われて孤立化の
    状態になっている場合

 子どもの生活環境の急激な変化が、子どもの行動と意識に影響を与えている。今後の学校経営、生徒指導の推進に際しては、こうした状況を踏まえ、次の両面を視野に入れ、開かれた指導の展開を目指すことが求められる。

 ① 子どものよりよい人間形成、自己指導力育成に機能する教育活動の組織
 ② 変化の実態の的確な把握に立つ、問題行動の未然防止と効果的な対応

  ●生徒指導の活性化

 生徒指導がいまだに事件、事故の対応に終始している場合がないとはいえない。直面する事件への対応は、いわば待ったなしの状態であり、そこに全力が集中されるのは当然のことである。早期の解決がなされない場合、問題が複雑化する懸念もある。しかし、そこに潜む要因に手が回らず、生徒指導が問題対応のみに終わってしまうことには大きな問題が潜んでいる。
 生徒指導本来のねらいがゆがめられることになる。生徒の抱える真の要因に迫り得ず、多くは事件の対応に終始してしまい、対応は適正を欠くことになる。
 基本の取り組みが不十分であるから、ある問題の対応が終わっても、それが本来の健全な学校生活の回復には結びつきにくい。一息つく間もなく、たちまち新たな問題が発生し、その対 応に追われることになりがちである。こうして、生徒指導関係者は常に問題行動の対応に追われ、追い込まれるような気分にとらわれることによって、教師としてのモラールは低下する。
 こうした事態を避けるためには、生徒指導を活性化し、積極的な生徒指導の実践を通して問題行動の抑止を図るという発想を持つ必要がある。今後の学校教育においては、子どもが主体的に活動し成就感を手にすることのできる機会、活動を通して意味ある他者を獲得することのできる教育活動を重視したい。


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