No.33 平成18年5月 発行

服装は人格の一部を変える

野口 克海
園田学園女子大学 教授

●新しい職場で感じたこと

この4月から、園田学園女子大学教授はそのままだが、併設されている園田学園中学校・高等学校の校長も兼ねることになった。
 毎朝一番(しばしば二、三番)に学校に行き、5階から地下1階までの校内を見てまわり、校門で「おはようございます!」と大きな声で生徒たちを迎え、職員朝礼でも「おはようございます!」とマイクで明るくどなっている。お昼は食堂で、生徒たちに囲まれて食事したり、雑談して過ごす。
 「イザ!」という時には、誰よりも早く学校に飛び込んで対処できるように、学校のすぐ近くにワンルームマンションも借りた。遅くなった日は、そこでたっぷりと睡眠をとる。
  それにしても、早寝早起きというのは健康にいい。大学の研究室にこもっているより、気持ちも若くなったように思う。

自然と中・高等学校の方に力が入る。本もかえってよく読むようになった。最近、通勤電車で読む用に、大阪駅の書店で平積みされていた新書本、「人は見た目が9割」(竹内一郎著 新潮新書)を買った。これがとても面白かった。その中に、こういう一節があった。
 「服装は人格の一部を変える」丁度そこを読んでいる時に「おはようございます!」と若い女性が声をかけてきて、私の隣に座った。わが校の養護教諭だった。ちょっと見違える感じがした。というのは、学校で会う彼女は保健室で、いつも白衣を着ている。職員朝礼でマイクをもって「本日は検尿の提出日です。担任の先生方は‥‥。」と白衣で指示をしている姿は実に堂々としている。ところが、今私の隣に座っているのは、線の細い若い娘さんである。
  「あっ、おはよう、早いね。」と言葉を返しながら、新書本に目を落とした。
  「一人の役者に医師の役を当てる。普段着で練習する時はそうでもないが、白衣を着せると途端に医師に見えてくる。医師風の歩き方、所作、話し方に変わっていくのだ。」
 「言葉遣いや行動が変われば、やがて思考方法も変わってくる。つまり、人は服装によって変わる可能性があるのである。」と書いてある。「そのとおり!」とおもいっきり納得した。

一人気になる職員がいた。去年まで大学で私の授業を受けていた学生が、この4月から本校の図書館の司書として採用されていた。その日の朝、職員朝礼の時にそばに近づいて、「オイ、まだ学生気分で来てるやろ!社会人になったらスーツで来るもんや。」と、小さい声で言ってる自分の単純さに苦笑いした。

●生徒たちは見ている

昼の時間、広い食堂のテーブルで生徒たちと雑談しているといろんなことを教えてもらえる。
 「校長先生!この校章のマークがついたくつ下ですけど‥‥。すぐにゴムがゆるんでずり落ちてきたり、生地が弱くてかかとのところが破れてくるんです。それで700円もするし、高いと思いませんか?」
 まわりの生徒も一斉にあいづちを打つ。これはどうも生徒に共通の思いであるようだ。
 さっそく、「よし、校長先生も購買部で買って、履いてみる。」と言って、校章の刺繍のついた紺色のロングソックスを買い求めた。上履き用の運動靴も生徒と同じ赤いラインの入ったものを買った。校章もスーツの左胸につけた。
 たったこれだけのことだったが、次の日から、生徒たちの反応が変わった。

「校長先生が、校章をつけてる。」「校長先生が、私たちと同じ上靴をはいてる。」「校長先生、くつ下見せて下さい。ホントに私たちと同じくつ下はいてるんですか?」とズボンの裾をのぞきに来る。
 「もちろん履いてるよ。ゴムがゆるむかどうか只今、実験中!」と言って裾を少し上げてマークを見せると、大喜びする。
 ウワサは全校生徒に広がっているのだ。校章を胸につけているだけで、こんなに反響があるとは予想もしなかった。生徒たちは、先生たちの頭の先から足の先まで見ているのだ。廊下ですれ違う時、ニコニコと笑顔で話しかけてくれる生徒が10倍に増えた。
 「人は見た目が9割」という本のいうとおりである。気持ちまで変わる。

著者経歴

  • 元大阪府堺市教育長
  • 元大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
  • 元文部省教育課程審議会委員