No.35 平成18年7月 発行

コンピテンシーと管理職

杉田 豊
静岡文化芸術大学副理事長
元静岡県教育長

●コンピテンシーとは

最近、よく「コンピテンシー」ということばを耳にする。企業のトップが好んで使っている。
 マイケル・ズウェル著『「コンピテンシー」企業改革』(梅津祐良訳 東洋経済新報社)によれば、「コンピテンシーとは、個人の業績を決定づける、永続的な特性、性向」という。
 彼は、コンピテンシーの例として、率先行動、影響力、イノベーション、戦略的思考等を挙げている。
 これまで、コンピテンシーへの着目が有用なことは、意識しないまでも体験的に知っていた。もともとコンピテンシーの考え方は特別なものではなく、一つの行動を幾つかのパーツに仕分けしていく方法だからである。
 一般に、組織の目指すミッション、ビジョンは、抽象性が強い。しかし、目指すビジョン等を「成果主義」「イノベーション」「サービス重視」といったコンピテンシーに細分化することによって、より明確にすることができる。また、細分化は、目指すビジョン等を実現するための具体的な行動に導く手助けもしてくれる。
 以下、マイケル・ズウェルのコンピテンシー論を引用しながら、その有用性について記す。

●コンピテンシーの歴史と背景

人は、いつの時代も「未知のことを既知に転換する」ことができたら、と願ってきた。人を採用するときなど、その人材が将来優れた活躍をしてくれるか、採用前に知ることができればと、思案した経験を持つ人も多い。
 人の業績予測には何が役立つのか。この普遍的な課題は、長い間科学者の研究対象にさえなり、これまで業績を決定する要因として脳の大きさ、肌の色、社会的階層、出生の順、知能指数、性別等、実に多くのものが挙げられてきた。また、職場での業績を予測する判断材料としては経験年数、学歴、資格等も挙げられてきた。
 しかし、1973年デビッド・マクレランドが、職務上誰が成功するかしないかを決定するうえでは、それまで行われてきた適性テストの結果よりも行動特性や個々の特徴の方がずっと有効である旨の論文を発表した。
 この論文に触発され、職務に関する研究は急速に進み、優れた業績に結びつくか否かを峻別する行動特性、即ちコンピテンシーが注目されるようになった。

●コンピテンシーとスキル

しかし、今まだ、コンピテンシーの定義を巡っては混乱が生じている。混乱は、コンピテンシーとスキルの間に生じているという。
 スキルとは通常、特定の分野や職業に適用される技術や知識の習熟度を指す。セールス・スキルといえば、売り上げを見通す力や苦情処理の能力をも含む。教師には、教科等の専門的な知識のみでなく、児童・生徒に対する深い理解、実践的指導力等が求められる。
 このように業務には多様なスキルが要求される。そのため人はスキルに目を奪われ、その実、業績を大きく左右するコンピテンシーにまで意識が及んでいないというのが現実である。
 もちろん、スキルは大切である。基本的なレベルのスキルは業務の遂行には不可欠だからである。ただ、どんなに高いスキルを備えていてもそれを活用する意欲と推進力を備えていなければ、十分な成果は期待できない。基本的なスキルを備え、かつその職務遂行に必要なコンピテンシーを身に付けた人材こそが優れた業績を達成するのである。

●コンピテンシーと管理職

日本は、今、企業に限らず、激化した競争の渦中にある。組織が成功を勝ち取るには、優れたリーダーが必要であることは論を待たない。学校もその例外ではない。
 しかし、教育界には今までリーダーシップを発揮し、責務を全うするための特別な訓練のシステムはなかった。また、管理職には学識があり、リーダーシップを多少備えている者が登用されてきたのが現実の姿である。それだけに、管理職はリーダーとしての職責を明確にし、関連するコンピテンシーを洗い出すことによって、現実の自分の取り組みと理想との乖離を認識し、さらなる改善への足がかりにすべきと考える。

●おわりに

教育基本法改正案は、先月閉会した通常国会で継続審議となった。国政レベルに関心は持ちつつも、教育の第一線の充実に腐心しなければならない。今教育界に求められているのは、教職員一人ひとりの意識改革である。
 管理職はもとより、教職員は皆、職務に応じたコンピテンシーを身に付け、日々の教育実践に活かしてくれることを期待する。