No.72 平成21年4月 発行

今年の教育改革
「鳥の眼」と「虫の眼」で

野口 克海
大阪教育大学 監事

■「鳥の眼」

「鳥の眼」とは大空の高いところから、今の教育界を見渡す眼である。
 上空から見ると、いろいろな課題が見えてくる。
 ひとつは、日本の全ての地域に共通する最重要課題として、さらなる「学力向上」を、というのが見える。
 もうすぐ、三度目の文部科学省による「学力調査」が実施される。この間、基礎基本の徹底、授業改善、授業時間数の確保、土曜日の学習、放課後学習や朝学習の導入、夏休みの短縮などなど、様々な「学力向上」の取り組みが進められてきた。教員の資質向上をめざした研修や人事評価・学校評価、さらに今年から「免許更新制」の講座も本格実施される。
 ふたつめは、「体力の向上」である。体力テストの結果から、今日の子どもたちの体力低下が厳しく指摘された。早寝、早起き、朝ごはんなどの基本的な生活習慣の確立に向けた取り組みも行われてきた。
 さらに、「だめなことはダメ」と毅然とした態度で規範意識を育むことや、「心の教育」道徳教育の一層の充実も求められている。
 要するに、中教審の答申に示された「生きる力」すなわち「確かな学力、豊かな心、健康な体」の育成が全国共通の課題として見えてくる。
 知・徳・体のバランスのとれた子どもを育てようという方向性については、誰も異論をはさむ余地はない。
 平成21 年度の市町村教育委員会の「教育方針」や「教育ビジョン」には、これらの言葉が並んでいることだろう。それはそれで当然のことだと思う。
 「鳥の眼」で空の上から日本の教育を見渡した時に見えてくる教育課題である。

オバマ大統領就任演説の中で、私の印象に強く残っている一節である。世の中は変わっていく。

■「虫の眼」

大空から見えた教育課題を克服し、教育改革の成果をあげる為に、もうひとつの「眼」が必要なのではないかという気がする。それが「虫の眼」である。
 「虫の眼」は空の上にはない。草花の間や地面を動きまわって見ている。上空からでは見えないものを虫たちは見ているに違いない。

「最近の草花には雑草のたくましさが無くなってきたよ。」「この木は枯れそうになってるよ。」「都会の土より田舎の土のほうがおいしいよ。」と虫たちは言っている。
 「虫の眼」で見ると世の中がどんどん変化しているのが見えてくる。
 例えば、わずかここ数年で、中学生・高校生の生徒指導の最大の課題は「携帯電話」によるトラブルになった。「いじめ」の実態は、小・中学生より高校生のほうが深刻である。理由は携帯のメールである。
 家庭に目を移すと、高齢化がどんどん進み、女性が社会に進出するためには、子育て支援以上に介護支援が必要な時代になった。  離婚家庭が驚くほど増えてきた。就学援助を必要とする子どもたちが激増してきている。
 教職員に目を向ければ、「こころの病」が増えた。休職する者も後を絶たない。
 教員どうしの「つながり」も希薄になっている。
 子どもたちの「つながり」は大人以上に崩壊してきている。
 100人不登校の子がいれば、100通りの対応策がいると言われている。子どもたちが抱える課題も多様化してきた。一人ひとりに寄り添って、聞いてやるという指導の重要性が増してきた。
 「虫の眼」だから見える地面に接したところの課題へのアプローチのないところでは、教育改革は成果を上げにくい。
 子どもたちの生活の実態、現場の教職員のチームワーク、家庭訪問や保護者との信頼関係、地域の様々な人々や団体との協力について「虫の眼」でもう一度、足もとを総点検し洗い直し、学校という現場が「白蟻」に食い荒らされている箇所がないかどうか確かめたい。
 「鳥の眼」だけでなく、「虫の眼」も忘れないようにしたい。

著者経歴

  • 元 大阪府堺市教育長
  • 元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
  • 元 文部省教育課程審議会委員