学び!とPBL

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現実の重さと二つの教師像
2019.01.21
学び!とPBL <Vol.10>
現実の重さと二つの教師像
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

 プロジェクト学習は最終的なゴールを予め定めますが、ゴールに到達する方法は生徒自身が考えることになるので、時間や空間、人やお金も流動的となります。日本の学校は、予め学習計画を作成し、これを遂行することが正しい仕事と考えられています。プロジェクト学習を教育課程の中に組み込んでいくことは、計画の遂行とは別の要素が入っていくことになるわけであり、日本の学校と根本的な矛盾をはらんでいるように感じられます。しかしその矛盾を矛盾としてはねのけるのではなく、あえて矛盾を生徒が成長する機会と捉え、いかに教育改革の梃子(てこ)に使うのかという発想が必要だと思います。

1.現実の困難が生徒を育てる

 「東北復幸祭〈環WA〉in PARIS」から3ヶ月が過ぎた10月、OECDのEDPC(Education Policy Committee:教育政策委員会)でOECD東北スクールの教育成果を報告するためにパリに飛びました。報告内容を意訳すると次のようなものです。
 OECD東北スクールは、現実的な課題を用いたプロジェクト学習の実験でした。重要な点は、生徒自身が考えて行動し、自分の地域を活性化することです。
 この学習プロセスは、①チーム内部とチームの外側との対話、②深いディスカッションとディベート、③遊びの時間の活用、④全ての生徒がもっている創造性の発露、⑤学校外の現実の体験、の5つの柱から成り立っていました。
図1 OECD本部中庭で桜の植樹 一人の女子高校生の変化を述べてみましょう。彼女はふるさとを原発事故のために失い、避難のために県内外への転校を繰り返し、苦しい学校生活を送っていました。OECD東北スクールのプロジェクトに参加し、感謝の意を込めてパリにあるOECD本部の中庭に東北の生き残った桜を植えるというアイディアを提案しました。「ぜひやろう!」ということになりチームも編成されます。しかし、EUでは域外からの植物の輸入は一切認められていません。どうすればこれが可能になるのか、専門家からも助言を得て可能性を追求します。桜の苗をどうするか、どうやって運ぶのか、フランス内でどのように育てるのか、失敗したときにどうするのか、……。あらゆるケースを考えて、プロジェクトを進めていきます。直前に、フランス内の東北ゆかりの苗がすべて枯れてしまうという絶望を体験します。それでも代替プランで何とか乗り越え、OECD本部中庭での植樹のセレモニーでは、グリア事務総長の前で、その苦労話を英語でスピーチしました。彼女はプロジェクトを進めるために仲間と協力し、国内外の関係者とコミュニケーションを取り、自信をもってその苦労を講演するまでになったのです。
図2 パリで相馬野馬追を! パリ市長と もう一つは、S高校チームの取り組みです。S高校の立地するS市の相馬野馬追は、地域復興の象徴とされ、パリイベントで開催したいと生徒たちは考えました。生徒たちは資料館などに行って祭の意味を調べ、それをパリで開催することの意義を追究しました。しかし、馬を3騎運ぶだけで1000万円以上かかることがわかり、どうすれば経費が抑えられるのか必死に考えます。中央競馬会と交渉したり、パリ市内の軍馬を調教する費用を調べたり、東京で馬を歩かせ資金調達する方法などをイベント直前まで考えましたが、実現にたどり着くことはできませんでした。このように実現をあきらめざるを得なかったアイディアは、一連の取り組みの8割ぐらいかも知れません。しかしそれらは単なる時間の無駄ではなく、いずれもが生徒の成長に大きく関わることとなり、後に生徒たちは「このプロジェクトで一番よかったのは、頭ごなしにダメと言われなかったこと」と述べています。

2.二つの教師像

 一方の教員はどうでしょう。
 中学校教師のA先生は、勤務する学校の生徒会役員たちとプロジェクトに参加していました。生徒たちは放射能汚染と風評被害によって大打撃を受けた地元の果物を何とか復活させようと、赤ん坊から老人まで食べられるゼリーをつくることを思いつきました。ゼリーの開発といっても、教員がその答えをもっているわけではなく、学校の外の専門家と生徒を出会わせ、一緒に考えるしかありませんでした。父母や学校教員はこうした活動に対して懐疑的で、A先生は、父母や校長らに時間をかけて説明しなければなりませんでした。それだけではなく、このゼリー開発のプロセスにはあらゆる段階で生じる障害を乗り越えなければなりませんでしたが、彼はそれをやり遂げ、意気消沈していた大人たちを大きく勇気づけることとなりました。
図3 自分たちで開発したゼリーをPR プロジェクトに参加した教師を二つの異なるタイプに大別することができます。一つは上記のA先生のような「触媒型教師(catalyst teachers)」です。彼らは、生徒の声とアイディアを大切にし、生徒がプロジェクトを設計するのを助けます。また、教師がいつも答えをもっているとは考えておらず、生徒から学ぶことを喜びます。彼らは不確実性を恐れていません。そして地域のリーダー、NPO、企業など、学校外の他の人々とつながることに違和感を覚えません。
 もう一つのタイプが「現状維持型教師(status quo teachers)」です。彼らは生徒のために自分でプロジェクトを設計し、生徒にやり方を教えます。生徒の質問に対し答えを知らないと不安になるので、自分の知らないことを避けるようになります。彼らは自分たちで立てた計画を重視し、それを遂行することが教育実践だと考えており、不確実性を好みません。彼らは学校外の他の人々、特に民間企業と仕事をしたいとは思いません。

3.残された課題─次のプロジェクトへ─

 OECD教育・スキル局長のシュライヒャー氏から「OECD東北スクールは芸術的には成功したが、教育科学的には課題を残した」と評されました。その課題とは、一つ目に教育研究の情報発信が十分でなかったこと、二つ目に海外を舞台にしたプロジェクトであったにもかかわらずグローバルコンピテンシーが伸びなかったこと、三つ目に学校に還元する回路がつくれなかったこと、と考えています。
図4 2030年の学校を考える熟議 OECD東北スクールが終了し、これからどうするのか、その判断が迫られていました。私たちは始めから、一回切りの打ち上げ花火に終えるつもりはなく、東北の復興のために教育プロジェクトを続行するつもりでした。しかし、OECDからの知的な支援は基本的になくなり、独力で進めていかなければなりません。この後継プロジェクト「地方創生イノベーションスクール2030」は、2014年の4月頃から構想が始まっていました。そのための仕掛けは、さらにその前年から進んでいたのです。