学び!とPBL

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東北スクールとレッジョ・エミリア・アプローチ③
2019.05.20
学び!とPBL <Vol.14>
東北スクールとレッジョ・エミリア・アプローチ③
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.レッジョ・チルドレン――教育と経済的自立

図1 ローリス・マラグッツィ国際センターの外観 レッジョ・チルドレンは1994年、企業や海外との交渉を円滑に進めるために設置された外郭団体で、2003年当時は10名の職員(市の職員ではなく、正式には市の設置した株式会社の会社員)によって運営されていました。2009年に郊外のチーズ工場を「ローリス・マラグッツィ 国際センター」として大改修し、狭隘な事務所をここに移転します。2014年時点の職員数は26名です。広大な同センターの中にはレッジョ・チルドレンの事務所の他に、ミュージアムやセミナーセンター、ブックショップ、会議室、カフェ、レストランなどが入っています。館内の至る所に子どもたちの作品、例えば「群衆のプロジェクト」のテラコッタ、「シアターカーテン」の原作、自然物の構成作品などが展示されており、レッジョ・アプローチの歴史的変遷をたどる資料なども目にすることができます。
 レッジョ・チルドレンでは、本の出版やスタディツアーのコーディネート、レッジョ・エミリア・アプローチのセミナー、展覧会の企画などを行っており、近年では国内外の自治体と連携し、レッジョ・アプローチの普及やリサイクルの国際プロジェクトなども展開しています。これらから得られる収入は市からの運営費交付金を補うこととなり、市の教育水準を保つために不可欠の活動だということです。
図2 センターの内部・レッジョの教育の歴史の展示 OECD東北スクールは、プロジェクトによって生まれた成果物や教材、記録などを残し、一般に向けて普及していくためのプライベートセクター(NPO)をつくることも視野に置いていました。それは、本当に自分たちでやりたい教育をやろうとするためには行政からも自由になる必要があり、そのためには経済的自立が不可欠でした。異なる地域の生徒たちが交流し、企画をつくることでとても大きな教育成果を得ることができますが、それには資金が必要です。一般の学校では「お金がないからできない」ということになりますが、「お金がないなら自分たちでつくる」というたくましさがないと、新しい教育を開くことはできません。日本の教育は経済と切り分けて考える傾向が非常に強いと言えます。

2.レッジョ・エミリア市と東日本大震災

図3 センター内部・感覚を刺激する空間構成 2010年にインタビューのために同市を訪れた折、このセンターに初めて足を踏み入れ、著名なアトリエリスタで、現在レッジョ・チルドレンの総合ディレクターを務めているヴィア・ヴェッキ氏にもお目にかかることができました。レッジョ・エミリア・アプローチは今や、現代美術家のアルベルト・ブッリや反消費主義を唱えるポーランドの社会学者ジグムント・バウマンらと連携しながら国際展開を進めており、「驚くべき学びの世界展」として世界を回っており、2011年に日本でも開催されることなどを伺うことができました。
 その2011年に東北は東日本大震災と原発事故に襲われました。「驚くべき学びの世界展」は東京のワタリウム美術館で予定通り開催されましたが、レッジョ・エミリア・アプローチの中心人物であるカルラ・リナルディ氏の講演会は延期されました。私は多忙な震災ボランティアの日々のわずかな間隙に東京の連続セミナーに通い、それが何ものにも代えがたい希望となりました。レッジョ・チルドレンの関係者は、OECD東北スクールへの協力を承諾してくれました。しかし、2012年5月、今度はイタリア北部地震がレッジョ・エミリア市を襲い、「協力」も延期されることになってしまいました。
 今回の訪問で、EU視察団のレセプションに参加することができ、エミリア・ロマーニャ州知事に挨拶を述べることができました。「私はレッジョ・エミリア市に3度希望を与えていただいた。一つ目は、レッジョ・エミリア・アプローチに出会うことで、美術教育に希望を与えられた。二つ目は、「驚くべき学びの世界展」とセミナーによって、失意から立ち直ることができた。そして三つ目は、プロジェクトへの協力をいただくことによって、私たちの夢が実現に近づいている。」と。州知事からは「四つ目の希望を与えましょう」と、世界的に有名なチーズのお土産をいただきました。
 OECD東北スクールの生徒のストーリーを綴った「100の物語」は、レッジョ・エミリアの「子どもたちの100の言葉」から発想を得たものです。またレッジョ・エミリア・アプローチ研究の第一人者、秋田喜代美氏(東京大学大学院教育学研究科長/教育学部長/教授)や佐藤学氏(学習院大学文学部特任教授/東京大学名誉教授)にもOECD東北スクールに協力をいただきました。

3.レッジョ・エミリア・アプローチから学ぶもの

図4 センターロビーで打ち合わせ 一連のレッジョ・エミリア・アプローチの研究を通して、以下のような点は言えるかと思います。

①アトリエリスタやペダゴジスタに象徴されるような、画期的な教育システムを生み出す努力なしに、新しい教育は生まれないだろう。現状の改善だけでは限界がある。
②同アプローチでは、住民や保護者との連携を重視している。彼らを重要なステークホルダーとして位置づけることが新しい教育を開拓する上で追い風となる。
③外部との連携は不可欠である。レッジョ・エミリア市以外のイタリア国内外の自治体や企業との連携によって教育システムが成り立っていると言える。
図5 レッジョの幼児学校にはどこも手が届く範囲に材料が④経済活動、すなわち、有料のセミナーや出版物や教材の販売なども教育活動と不可分である。通常私学が行っているような活動を、公的セクターが外郭団体と共同している点は特徴的である。
⑤教師の研修プログラムも織り込まれており、「振り返り」のような特徴的な教育開発のメソッドも重要である。
⑥実践現場発の教育理論をつくり出すための、現場、行政、大学の連携が求められる。ペダゴジスタの役割を大学教員などが担うことが考えられる。
⑦出版物の普及は、新たな子ども文化、教育文化の創造である。教育業界内に留まらない、社会的な広がりをつくっていく上で、こうした文化を普及することは重要である。

 これらを、福島に生まれる地域復興を目的とした新しい高校「ふたば未来学園高校」で実現できれば、ということを考えていました。