学び!とシネマ
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© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION
ベル・エポック。「良き時代」、と呼ばれている。19世紀末から、第一次世界大戦が始まる1914年までのパリに、華やかな文化が花開く。
1900年、フランス人との混血で、ニューカレドニアで育った少女ディリリが、パリにやってくる。アニメーション映画「ディリリとパリの時間旅行」(チャイルド・フィルム配給)は、ディリリがパリでの博覧会に出演しているところから始まる。ディリリは、三輪車で配達人をしているオレルと知り合う。パリでは、少女の誘拐事件の話題で持ちきりで、ふたりは、実在した著名人の協力を得て、事件を解明しようとする。
当時のパリに住む、さまざまなジャンルの著名人が、若干の時空を超えて、驚くほど続々と登場する。誰が、どのような場所で、誰と、どういうふうに登場するかが、けだし、見ものである。たぶん、劇場で販売されるパンフレットに、登場人物の一覧が掲載されると思うが、それぞれが、どのような人物かを調べると、たいへんな勉強になるはず。
いきなり、歴史家のエルネスト・レナンが登場する。フランス語が堪能で、礼儀正しいディリリが、ニュー・カレドニアで教えを受けたのは、女性の無政府主義者で、ニュー・カレドニアに追放されたルイーズ・ミッシェルだ。配達人のオレルは、キュリー夫人の娘エーヴを学校に迎えに行く仕事もしている。
パリでは、少女の誘拐事件が続発している。犯人は、男性支配団と名乗るグループらしい。ディリリは、パリに詳しく、顔の広いオレルの案内で、パリの有名人に出会い、男性支配団について質問を重ねていく。
モンマルトルにある集合アトリエのバトー・ラヴォワール(洗濯船)には、パブロ・ピカソ、アンリ・ルソー、コンスタンティン・ブランクーシ、フリーダ・カーロらがいる。ピカソから、男性支配団のアジトのあるらしい場所を聞いたディリリとオレルは、モンマルトルの丘の上に向かう。
ある屋敷に近づいたところ、オレルは狂犬病の犬に、足を噛まれてしまう。ディリリは、オレルを三輪車に乗せ、モンマルトルの坂の上から急降下し、パスツール研究所に向かう。オレルは、細菌学者のルイ・パスツールの治療を受け、なんとか事なきを得る。
© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION ディリリとオレルは、オペラ座で、「カルメン」で有名なオペラ歌手のエマ・カルヴェに会う。父がスペイン人、母がフランス人のカルヴェは、クロード・ドビュッシーの新作オペラ「ペレアスとメリサンド」のリハーサル中だ。ふたりは、ドビュッシーとすれ違う。カルヴェの運転手ルブフは、横柄な態度で無愛想、たいへん失礼な男だ。
その後、ふたりは、ジュール・ヴェルヌに出会い、クロード・モネとピエール=オーギュスト・ルノワールが絵を描いている現場に出くわす。ふたりは、「ムーラン・ルージュ」に行くよう、勧められる。
ムーラン・ルージュでは、「天国と地獄」序曲に合わせて、カンカン踊りの真っ最中。「ジジ」で有名な女流作家のシドニー=ガブリエル・コレットがいる。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックが、カンカンの踊り子たちの絵を描いている。ロートレックは、先輩の大画家エドガー・ドガから、絶賛の言葉を聞く。
ディリリは、男性支配団が、宝石泥棒を決行する話を耳にする。事件を防ぐために、オレルは、ディリリとロートレックを三輪車に乗せ、アイリッシュ・アメリカン・バーに出向く。
バーでは、作曲家のエリック・サティが、「ジムノペディ第1番」をピアノで弾いている。ディリリは、男性支配団と思われる人物から、「サラ・ベルナール、秘密兵器、地獄の門」というキーワードを盗み聞きする。大女優のサラ・ベルナールについては、作家のマルセル・プルーストが詳しい。プルーストを訪ねてみると、どうやら男性支配団は、サラ・ベルナールを狙っているらしいことが判明する。
さらに、ディリリたちは、「地獄の門」を作った彫刻家のオーギュスト・ロダンを訪ねる。ちょうど、エミール・ゾラの依頼で、バルザックの肖像を彫っていたところである。
ディリリたちは、なんとか、宝石強盗決行の日と場所を突き止めるのだが……。
ざっとのあらすじをたどるだけでも、わくわくしてくる。事実、当時のパリには、世界じゅうから、多くの著名人が集まっていたのだ。また、さまざまなジャンルで、女性の活躍が始まった時代でもある。
なにより、アニメーションが素晴らしい。脚本、監督のミッシェル・オスロが、4年間、撮りためたパリのあちこちの写真を、うまくアニメーションの背景に使っている。だからリアル。変貌したとはいえ、まだ古い建造物、町並みの残るパリである。これが、1900年当時のパリだと提示されても、まったく違和感がない。40数年前に、パリのあちこちの建造物などの写真を撮ったことがある。凱旋門、オペラ座、ヴァンドーム広場、コンコルド広場、エッフェル塔、ルーヴル美術館、サクレ・クール寺院、ポン・ヌフ、ノートルダム寺院などなど。
パリを訪れた人には懐かしく、まだ出かけたことのない人には、行ってみたくなる、そんなアニメーションでもある。
© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION オリジナルや、選曲の音楽もまた、素晴らしい。音楽は、「イングリッシュ・ペイシェント」、「ベティ・ブルー/愛と情熱の日々」、最近では、「たかが世界の終わり」を書いたガブリエル・ヤレドだ。劇中で、何度か出てくる「太陽と雨」や、オペラ歌手エマ・カルヴェの声を担当した当代きってのソプラノ歌手ナタリー・デセイが、ラスト近くで唄うカンタータなどなど、聴きどころが多い。
ベル・エポックがどのような時代であったのかを、洒脱なアニメーションで見せる。女性の権利が認められつつある時代を背景に、ここには、120年ほど前の世界の縮図があるようだ。100年以上も前から、他者を尊重し、自由であること、多様性を認め合うことの大切さは、さまざまに表現されている。
劇中、宝石店の前で、ディリリは、のちのイギリス国王のエドワード7世と出会う。エドワード7世は言う。「望むのは、多様な人々が互いを理解し、助け合うこと」。
だからこそ、今だからこそ、「ディリリとパリの時間旅行」は、輝きを放つアニメーションだと言える。
参考のために、映画を見て判明した範囲で、セリフのある著名人を列挙する。ロートレック(画家)、キュリー夫人(化学者)、ピカソ(画家)、サラ・ベルナール(女優)、アルベルト・サントス・デュモン(発明家)、パスツール(細菌学者)、ルイーズ・ミシェル(教育者)、マルセル・プルースト(作家)、シドニー=ガブリエル・コレット(作家)、ドビュッシー(作曲家)、ギュスターヴ・エッフェル(技師、構造家)、ルノワール(画家)、ドガ(画家)、マティス(画家)、セルゲイ・ディアギレフ(ロシアバレエ団創設者)、ロダン(彫刻家)、モジリアニ(画家)、モネ(画家)、アンドレ・ジッド(作家)、ブランクーシ(彫刻家)、リュミエール兄弟(映画の発明者)、ラヴェル(作曲家)、カミーユ・クローデル(彫刻家)、ガートルード・スタイン(詩人)、ジョルジュ・クレマンソー(政治家)、レイナルド・アーン(作曲家)、ポール・ポアレ(ファッション・デザイナー)、シュザンヌ・ヴァラドン(画家、ユトリロの母)、エルネスト・ルナン(歴史家)、フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(詩人、作家)、グレフュール伯爵夫人(パリ社交界のパトロン)、ショコラことラファエル・パディーヤ(サーカス芸人)、サティ(作曲家)、フェリックス・ヴァロットン(画家)、ボードレール(詩人)、アンナ・ド・ノアイユ(詩人)、マドラン・ルメール(画家)、ベルト・モリゾ(画家)など。
他にも、「ああ、この人か」と思われる著名な人物が、さらに登場する。何度も見直して、当時の才能ある人たちのことを、ぜひ、お調べください。
2019年8月24日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMA
、ヒューマントラストシネマ有楽町
他にて全国順次公開
■『ディリリとパリの時間旅行』公式Webサイト
監督:ミッシェル・オスロ(『キリクと魔女』『アズールとアスマール』)
音楽:ガブリエル・ヤレド(『イングリッシュ・ペイシェント』)
声の出演:プリュネル・シャルル=アンブロン、エンゾ・ラツィト、ナタリー・デセイ
2018年/フランス・ベルギー・ドイツ/フランス語/94分/ヴィスタサイズ/カラー/5.1ch/日本語字幕:手束紀子
配給:チャイルド・フィルム
後援:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ