学び!とシネマ

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WAVES/ウェイブス
2020.07.08
学び!とシネマ <Vol.172>
WAVES/ウェイブス
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

 「人間、万事塞翁が馬」という。生きていると、いいこともあれば、悪いこともある。かなりの年齢でなくても、若い人とて、同じだろう。映画「WAVES/ウェイブス」(ファントム・フィルム配給)では、男子高校生が、幸福の絶頂から、悲惨な状況になる。その激しい落差は、観客として、かなり戸惑う。
 アメリカのフロリダ。タイラー(ケルヴィン・ハリソン・Jr)は、裕福な家庭で育ち、高校ではレスリングの選手として活躍している。タイラーには、アレクシス(アレクサ・デミー)という恋人がいる。もう、最高に恵まれた高校生活を過ごしている。
 ただ、父親のロナルド(スターリング・K・ブラウン)は、タイラーのレスリングを厳しくコーチし、「他の者より10倍の努力をしろ」とタイラーに手厳しい。ロナルドの妻キャサリン(レネー・エリス・ゴールズベリー)は、タイラーの実の母親ではないので、ロナルドの態度について口をはさむことのない日々である。
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved. ある日突然、タイラーは、肩の痛みを訴える。医者は、試合に出ることはもちろん、レスリングを続けることを禁じる。無理を承知で、試合に臨んだタイラーは、初めて現実の厳しさを知る。
 さらに間が悪いことに、タイラーは、アレクシスから妊娠したことを打ち明けられる。堕胎を迫るタイラーに、アレクシスは産む決意を告げる。そして、タイラーとアレクシスの間に、最悪とも言える事件が起きる。
 タイラーには、エミリー(テイラー・ラッセル)という妹がいる。タイラーの異変を近くで感じながらも、エミリーはどうすることも出来ないでいる。いまや、タイラーの起こした事件がきっかけで、両親の関係も最悪になりつつある。
 そんなエミリーを慰めるのがルーク(ルーカス・ヘッジス)だ。ルークは、兄と同じレスリング部の選手で、エミリーの抱える状況に深い理解を示してくれる。ルークもまた、父親との深い確執を抱えている。ふたりの仲は急接近していく。
 ざっとの結構は、どこにでもあるドラマの体裁である。ところが、映画としての見せ方が、実に斬新なのだ。凝りに凝った色彩に、ドラマの展開にうまくリンクした音楽と歌詞が、絶妙なのだ。
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved. さまざまな「愛の形」があることが分かる。タイラーたちは若いけれど、さまざまな苦しみに直面する。だが、人生は続く。やはり「人間、万事塞翁が馬」なのである。
 どんな状況であっても「希望」は忘れない、捨てないことだ。ダイナ・ワシントンの唄う「What a Difference a Day Makes」が、必ず佳き日々が来ることを示唆し、エイミー・ワインハウスの唄う「Love is a Losing Game」が、人生の楽しさを訴える。グレン・ミラー楽団の名曲「ムーンライト・セレナーデ」が、ひたすら美しく引用される。
 ともあれ、「今を生きる」ことである。良いことは、必ず、やってくる。
 タイトルは「波」だ。さまざまなイメージを込めたタイトルと思う。それぞれがイメージして欲しい。脚本を書き、監督したのはトレイ・エドワード・シュルツだ。1988年生まれというから、まだ若い人だが、その美的感覚は、研ぎすまされている。かつて、テレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」で、撮影のアシスタントを務めている。
 未来への期待大の映画作家が続々。トレイ・エドワード・シュルツも、その一人だろう。

2020年7月10日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

『WAVES/ウェイブス』公式Webサイト

監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ(『イット・カムズ・アット・ナイト』)
出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス (『ソーシャル・ネットワーク』、『ゴーン・ガール』)
原題:WAVES/2019年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/135分/PG12
配給:ファントム・フィルム