学び!とシネマ

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沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~
2021.08.26
学び!とシネマ <Vol.185>
沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2019 Resistance Pictures Limited.

 1945年、ドイツのニュルンベルク。元ナチ党大会の会場だった場所で、連合軍の戦車部隊を率いたパットン将軍(エド・ハリス)が、「驚くべき話だ」と、居並ぶ兵士たちに、ある人物の話を始める。
 それは、「パントマイムの神様」と、世界じゅうで愛された芸術家、マルセル・マルソー(ジェシー・アイゼンバーグ)の若い頃の話である。映画「沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~」(キノフィルムズ配給)が始まる。
 1938年、フランスのストラスブール。道化師に憧れているマルセルは、小さなキャバレーで、チャップリンを真似たパントマイムを演じている。昼間は、ユダヤ人の父シャルル(カール・マルコヴィクス)の営む精肉店を手伝っているマルセルは、将来、チャップリンのようになりたいと願っていた。
 マルセルの兄アラン(フェリックス・モアティ)と従兄弟のジョルジュ(ケーザ・ルーリグ)は、レジスタンス運動に身を投じている。精肉屋の常連客の娘、エマ(クレマンス・ポエジー)と、その妹のミラ(ヴィカ・ケレケシュ)もまた、アランたちのレジスタンスの仲間である。
 彼らは、ナチによってユダヤ人の両親が殺された子どもたちの保護活動に従事していて、マルセルにも協力を要請する。当初は、チャップリンのようになりたいと考えていたマルセルは、ドイツからやってきた大勢の子どもたちと接するうちに、アランたちの運動に協力するようになっていく。
©2019 Resistance Pictures Limited. マルセルは、得意のパントマイムで子どもたちを笑わせる。ナチから逃げ延びる訓練として、木の上に身を隠して、子どもたちをびっくりさせたりする。なかでも、目の前で両親を殺された14歳の少女エルスべート(ベラ・ラムジー)は、マルセルやエマを慕っている。
 ナチのユダヤ人迫害がエスカレートしていく。とりあえずは、大勢の子どもたちを、ユダヤ人やキリスト教徒の家庭や、教会や学校に分散して収容することになる。やがて、ドイツ軍がフランスのあちこちを占領するようになる。
 1941年、1月。ドイツに協力しているヴィシー傀儡政権下のリモージュ。手先の器用なマルセルは、本名の「マンゲル」名前のパスポートを、フランス人名前の「マルソー」に変造する。同じく、エルスべートの名前も、フランス名前のエリーズとなる。
 1941年、3月。マルセルの父は、かつての夢だったオペラ歌手よろしく、カフェでオペラ「椿姫」の中の「乾杯の歌」を唄っている。それを見ているマルセル。束の間だが、父シャルルと息子マルセルの交流がある。
 1942年、11月。リヨン。アランがナチに捕まってしまう。マルセルは、大道芸を真似て、口から火を吐き、ドイツ兵を火だるまにして、なんとかアランを救出する。同じ頃、大きなホテルに、ナチ親衛隊のクラウス・バルビー中尉(マティアス・シュヴァイクホファー)が率いるゲシュタポの本部が出来ている。
  バルビーは、フランス人に向かって、「レジスタンスの情報を提供すれば報酬を与える」と通告する。結果、不幸にも、エマとミラは連行され、バルビーの拷問が始まる。マルセルたちの運命やいかに。また、大勢の子どもたちは、果たして、ナチの追手から逃れることができるのだろうか。
©2019 Resistance Pictures Limited. ナチによるユダヤ人迫害については、映画だけでも、いまなお、多く、作られている。この夏だけでも、「復讐者たち」、「アウシュヴィッツ・レポート」、「ホロコーストの罪人」と公開されている。映画とはいえ、さまざまな角度から、歴史を検証する姿勢はあり続けてほしいものだ。戦後76年。広島、長崎での政治家の挨拶のなんと薄っぺらいことか。このところ、毎年毎年、歴史をきちんと検証せず、まったく、被災者や関係者の胸に響かない挨拶の連続だ。少しは、こういったテーマの映画のひとつでも見たらどうかと言いたい。
 本作は、若かりしころのマルセル・マルソーのレジスタンス活動が、巧みにを描かれている。ナチの追手から逃れる、様々なシーンは、緊張感たっぷり。マルセルが木に登って体を隠すシーンは、後半への重要な伏線になっている。
 沈黙のパントマイムで、雄弁なメッセージを伝えるマルセルを力演したのは、「ソーシャル・ネットワーク」に出ていたジェシー・アイゼンバーグ。自身もユダヤ人で、母親はプロの道化師。適役ではないか。
 史実に基づいた脚本が、優れている。残虐非道なバルビーでさえ、生まれたての女の子の父親である。マルセルに尋問するシーンでは、子どもの将来にまで思いを馳せる様子など、細部にも目配りを利かせる。
 監督、脚本は、ベネズエラのカラカス生まれのポーランド系ユダヤ人、ジョナタン・ヤクボウィッツで、優れた小説家でもある。ナチの大量虐殺を生き抜いた人たちの子孫らしく、史実を広く深く考証した脚本で、説得力たっぷり。ナチの手から、ユダヤ人だけでなく、いろんな障害のある子どもたちの命を救うことで、自らの才能を鍛えていった稀代の芸術家、マルセル・マルソーの若き日のドラマでもある。

2021年8月27日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』公式Webサイト

監督・脚本・製作:ジョナタン・ヤクボウィッツ
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クレマンス・ポエジー、マティアス・シュヴァイクホファー、フェリックス・モアティ、ゲーザ・ルーリグ、カール・マルコヴィクス、ヴィカ・ケレケシュ、ベラ・ラムジー、エド・ハリス、エドガー・ラミレス
2020年/アメリカ・イギリス・ドイツ/英語・ドイツ語/120分/カラー/スコープ/5.1ch
原題:RESISTANCE
提供:⽊下グループ
配給:キノフィルムズ
レーティング:G