教育情報
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「日文の教育情報 No.135」PDFダウンロード(344KB)
■学力には二つある
一つは「受験の学力」である。「点数の学力」とも言う。「偏差値」で示される学力である。
もう一つは「その子の学力」という。その子が得意なこと,その子が大好きなこと,一番こだわっていること,それはスポーツでも音楽でも何でもいい。その子が一生懸命になれることである。
「受験の学力」と「その子の学力」とは強くつながっていることが多い。
■「成績下がったから部活やめなさい!」
ある父親が言った。
「私の娘は,ブラスバンド部に入ってトランペットを吹いてます。娘は音楽が大好きで,練習の熱心なブラスバンド部で毎日,一生懸命に励んでいます。
それはそれで,元気に学校に通ってくれているのでありがたいのですが…。
勉強の成績がいまひとつふるいません。
このあいだの中間試験でも成績が下がったので,娘に“このままでは,高校に行けなくなるよ。部活をしばらくやめなさい”と言いました。本人はだいぶショックを受けていたようですけれど…」
■「その子の学力」を奪えば偏差値も下がる
こういう例はたくさんある。
小さいころからピアノを習っていたけれど高学年になったから,ピアノをやめさせて学習塾に行かせるとか,本人が大好きだったスイミングをやめさせて予備校に通わせるだとか,私たち大人は子どもの成長に応じて,その子の大好きなものを順番に取り上げていくことが多い。
最後に残されるのは偏差値の学力だけである。だけど,私たち教師は子どもが頑張っている部活動をやめさせたら,偏差値も下がってしまう子どもたちを多く知っている。
それだけではない。「その子の学力」を奪えば,部活動を通じて自然に身についていた生きる力,例えば,仲間とのチームワークだとか,先輩や後輩など人とのつきあい方などの人間関係だとか,厳しい練習に耐える忍耐力とか,やればできるという自信や自己肯定感まで奪われてしまうことが多いのである。
「それで,お父さん,娘さんの成績は良くなりましたか?」
「いや,それが,なかなか…」
「大好きなトランペットも,おもいっきり頑張って,勉強もおもいっきり頑張りなさいと言う方が,成績も上がりますよ。」
■最近の大学生で心配なこと
どこの大学でも同じような傾向にあると思うのだけど,この三月まで私のいた大阪教育大学の学生の様子を例にあげる。
最近の大学生は,昔に比べて「真面目な子」が多いということである。
真面目だけど,言われたことだけ,受け身,無理しない学生が増えた。
もちろんスポーツのクラブやさまざまなサークルに所属して,積極的でバイタリティーに富んだ学生もたくさんいるのだけれど,全体としては真面目で良い子が増えた。
「何が得意なの?」と尋ねると,
「別に…」と答える。
「なぜ,この大学に来たの?」と尋ねると,
「偏差値が丁度このぐらいだったから」と答える。
学生課の職員が寮の学生に,「このプリント,Aさんに渡して…」と頼むと,
「Aさんって,誰ですか?」
「何言ってるの,寮のあなたの隣の部屋の子やないの」
自分はこんな教師になりたい!とかこんな人生を送りたい!という夢を持たずに,偏差値で自分の人生を決め,友達・仲間のつながりも少ない学生たちが一番心配である。
■二つの学力を見直そう
「受験の学力(偏差値)」はいらないと言っているのではない。点数の学力だけ大切にして学力テストの点数を競争させることに傾いてしまうと,生きる力の弱い子を育ててしまうのではと心配になる。
学力には二つあることを忘れないで欲しい。
著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
元 大阪教育大学 監事