学び!と共生社会

学び!と共生社会

算数・数学からインクルーシブ教育を考える
2022.05.25
学び!と共生社会 <Vol.28>
算数・数学からインクルーシブ教育を考える
大内 進(おおうち・すすむ)

 今回は、算数・数学という教科からインクルーシブ教育への対応について考えてみたいと思います。
 最新の小学校・中学校学習指導要領では、その総則において「特別な配慮を必要とする児童(生徒)への指導」(第1章第4)に言及しています(*1)。それを受けて、学習指導要領解説各教科編では、「障害のある児童(生徒)などの指導に当たっては,個々の児童(生徒)によって,見えにくさ,聞こえにくさ,道具の操作の困難さ,移動上の制約,健康面や安全面での制約,発音のしにくさ,心理的な不安定,人間関係形成の困難さ,読み書きや計算等の困難さ,注意の集中を持続することが苦手であることなど,学習活動を行う場合に生じる困難さが異なることに留意し,個々の児童(生徒)の困難さに応じた指導内容や指導方法を工夫すること」を示しています。この概要については、すでに第25号で紹介しました。
 具体的に見ると、算数については「小学校学習指導要領解説【算数】」の第4章「指導計画の作成と内容の取扱い」の「(5)障害のある児童への指導」にその記述が認められます。算数における困難さの状態や指導上の工夫の意図、手立ての例は、表1のように示されています。(*2)

表1 小学校算数(小学校学習指導要領解説【算数】327-328ページ)

例えば,算数科における配慮として,次のようなものが考えられる。

「商」「等しい」など,児童が日常使用することが少なく,抽象度の高い言葉の理解が困難な場合には,児童が具体的にイメージをもつことができるよう,児童の興味・関心や生活経験に関連の深い題材を取り上げて,既習の言葉や分かる言葉に置き換えるなどの配慮をする。

文章を読み取り,数量の関係を式を用いて表すことが難しい場合,児童が数量の関係をイメージできるように,児童の経験に基づいた場面や興味ある題材を取り上げ,場面を具体物を用いて動作化させたり,解決に必要な情報に注目できるよう文章を一部分ごとに示したり,図式化したりすることなどの工夫を行う。

空間図形のもつ性質を理解することが難しい場合,空間における直線や平面の位置関係をイメージできるように,立体模型で特徴のある部分を触らせるなどしながら,言葉でその特徴を説明したり,見取図や展開図と見比べて位置関係を把握したりするなどの工夫を行う。

データを目的に応じてグラフに表すことが難しい場合,目的に応じたグラフの表し方があることを理解するために,同じデータについて折れ線グラフの縦軸の幅を変えたグラフに表したり,同じデータを棒グラフや折れ線グラフ,帯グラフなど違うグラフに表したりして見比べることを通して,よりよい表し方に気付くことができるようにする。

 中学校の数学については、中学校学習指導要領(平成29年告示)解説【数学編】第4章第4の1の(4)の「障害のある生徒への指導」の中で表2のように示されています(*3)

表2 中学校数学(中学校学習指導要領解説【数学】165ページ)

例えば,数学科における配慮として,次のようなものが考えられる。

文章を読み取り,数量の関係を文字式を用いて表すことが難しい場合,生徒が数量の関係をイメージできるように,生徒の経験に基づいた場面や興味のある題材を取り上げ,解決に必要な情報に注目できるよう印を付けさせたり,場面を図式化したりすることなどの工夫を行う。

空間図形のもつ性質を理解することが難しい場合,空間における直線や平面の位置関係をイメージできるように,立体模型で特徴のある部分を触らせるなどしながら,言葉でその特徴を説明したり,見取図や投影図と見比べて位置関係を把握したりするなどの工夫を行う。

 小学校・中学校の学習指導要領において、「障害のある児童生徒」への具体的な対応の工夫例が記述されたこともあって、算数・数学の指導に関連して、ユニバーサルデザインやインクルーシブ教育を扱った書物も多数出版されています。具体的に、通常の学級での授業において個別的な対応や配慮が必要な児童生徒を含めたインクルーシブ教育の実践に関する知見については、こうした書物を大いに参照していただきたいと思います。近年発行された類書の中では、とくに松島充・惠羅修吉著による『算数授業インクルーシブデザイン』(明治図書刊)(*4)は、巻末に国内外の文献が充実しており、指導法の開発や教材研究に役立つのではないかと思います。

 さて、このように算数・数学に関しても、インクルーシブ教育への対応が着実に進められているわけですが、その枠組みは、学習に困難がある児童生徒に補足的な指導や配慮をすることにより、通常の学級において効果的な一斉指導ができるようにするという方向で考えられています。現状の「インクルーシブ教育システムの構築」がこの論理の上に立っているので仕方のない面もあるのですが、そこには、いわゆる「健常な」児童生徒とインクルーシブ教育を結び付ける記述は認められません。
 2012年に示された「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」では、「『共生社会』とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。」(傍線筆者)と提言されています。
 こうした観点に立つと、インクルーシブ教育は、「障害がある子ども」のためだけでなく、全ての子どものためにもあるものだととらえる視点も大切にしていきたいものです。とくに、いわゆる「落ちこぼれ」を生みやすいといわれる算数・数学では、「障害のある児童生徒」のために工夫された指導法や配慮が、「健常な」児童生徒にとっても有効な場合があるのではないかと思います。双方向での活用とそれをきっかけとしての相互の学び合いをより推進していきたいものです。
 また、算数・数学に関して言えば、「障害」があると思われる児童生徒の中には「特異な才能」を有しているケースもあります。こうした存在を学校や学級で認めることは、互いに育ち合うという機運の情勢にもつながります。
 さらに、筆者の専門領域で言えば、算数・数学は、必ずしも視覚障害者にとって制約の大きい教科ではありません。視覚を使わないで算数・数学を指導する方法や教材の開発も進んでいます。ところが社会一般ではそうはとらえられていません。筆者が国立特別支援教育研究所に勤務していた頃、算数教育で活躍している数人の先生と懇談する機会がありましたが、視覚障害教育の立場から小学校の算数教育について提言しても門前払いに近い形で相手にされなかったという苦い経験を思い出します。恐らく、視覚障害教育のノウハウなど意味がないと思われていたのでしょう。しかし、大学の数学科に進学する視覚障害学生は少なくありませんし、数学教師や数学者として活躍している人も一定数存在します(*5*6)。それは、視覚を活用しなくても算数・数学が極められることの証左でもあります。筆者は、視覚障害教育における算数・数学のノウハウが、通常の教育に寄与でき、これを追究することは、様々な「違い」を有する子どもたち一人一人が、教科の学習においても互いに刺激を受け、充実した学びができるようにするという「インクルーシブ教育」の双方向性の理念の実現にもつながっていくのではないかと感じています。

*1:小学校学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/1413522_001.pdf
中学校学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/1413522_002.pdf
*2:小学校学習指導要領(平成29年告示)解説【算数編】
https://www.mext.go.jp/content/20211102-mxt_kyoiku02-100002607_04.pdf
*3:中学校学習指導要領(平成29年告示)解説【数学編】
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387018_004.pdf
*4:松島充・惠羅修吉著『算数授業インクルーシブデザイン』(明治図書刊)
https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-422628-9
*5:佐藤将朗・田中仁『全盲の数学者事例から考える触覚的技能と特別支援教育』
https://juen.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=8501&item_no=1&attribute_id=22&file_no=2
*6:広瀬浩二郎『バリアフリーからフリーバリアへ 近代日本を照射する視覚障害者たちの“見果てぬ夢”』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcanth/70/3/70_KJ00004582384/_pdf/-char/ja