学び!とシネマ

学び!とシネマ

ゆめパのじかん
2022.07.07
学び!とシネマ <Vol.196>
ゆめパのじかん
二井 康雄(ふたい・やすお)

©ガーラフィルム/ノンデライコ

 大阪の西成区で生まれて育った。まだ幼い頃、近所に空き地があり、自由に出入りできた。そこで、古い材木を寄せ集めて、小屋を作ったりした。また、細い竹を割って、ふしを肥後守というナイフで削って、刀の鞘を作ったりした。さらに、輪ゴムや竹ひごを使って「ピストル」を作り、厚いボール紙を四角く切って「弾」にして遊んだ。遊具はほとんど手作り。日が暮れるまで、空き地で遊んでいた。
 2016年に、大阪出身の映画監督、重江良樹が、大阪の西成区、釜ヶ崎地区を舞台に、民間の学童保育の一事例を描いたドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」を撮った。本欄でもレビューしたので、ご記憶されていることと思う。その重江良樹監督の新作である。
 「ゆめパのじかん」(ノンデライコ配給)とは、おかしなタイトルだが、正しくは「川崎市子ども夢パーク」、略して「ゆめパ」。今度の舞台は、神奈川県の川崎市高津区にある、子どものための遊び場「ゆめパ」である。
 「ゆめパ」は、工場の跡地を利用、約1万平方メートルの敷地に、2003年に開設された。映画は、「ゆめパ」が、どのような施設で、子どもたちやおとながどのように過ごしているかを、ナレーションを交えて、ていねいに紹介していく。
 撮影当時、ここの所長だった西野博之が、「川崎市子ども権利条例」を紹介する。「子どもには、ありのままの自分でいること。休息して自分を取り戻すこと。自由に遊びもしくは活動すること。安心して人間関係を作り合うことができること」。そして言う。「ゆめパは、それが大切であるというのを考慮して作られた」と。
©ガーラフィルム/ノンデライコ 子どもたちは、自由気ままに遊んでいる。おとなも子どもも、小さいながら、ウォータースライドで遊んでいる。みんな、泥まみれだ。膝を擦りむいて手当を受ける子どももいる。
 ここには、いろんなスペースがあり、ピロティでは、おとなといっしょに三線を演奏している。雨の日でも遊べる「全天候広場」がある。楽器演奏のできるスタジオがある。乳幼児・親子専用の「ゆるり」という部屋がある。「ごろり」という部屋は、文字通り、ごろりとくつろげるスペースだ。好きなことをしてもいいし、何もしなくてもいいことが分かる。
 フリースペースの「えん」では、登校拒否の子どもたちや、定時制や通信教育の高校に通う生徒たちが、自主勉強をしたり、ゲームに興じている。ここは、障がいの有無、年齢、国籍に関係なく、登録さえすれば、だれでも利用できる。スタッフの指導で、ミシンで服を縫う女の子もいる。
 ここ「えん」では、みんなで昼食を作る。この日のメニューは、スパゲチ。
 カメラは、いろんな子どもたちに向けられる。8歳のリクトは、昆虫や動物が好き。カマキリやカナヘビを観察している。学校での勉強については、一家言を持っている。
 10歳のヒナタは、植物が大好きで、いつも植物図鑑を手に観察している。11歳のミドリは、木工が好き。木工をボランティアで指導するのは、建築士の福峯衆宝だ。指導は厳しいが、子どもたちを見る目は、優しい。子どもたちの感性の豊かさを、よく知っている。
 15歳のサワも、木工が好きで、子どもたちにノコギリの扱いを教え、自らはスツールや箸などを作る。サワは、自分の将来について、真剣に考え始めている。
©ガーラフィルム/ノンデライコ 「子どもゆめ横丁」が開催されようとしている。指導は、いまの所長で、当時、副所長だった友兼大輔だ。みんなで、模擬店や手作り品の売店を設営する。もちろん、お金の管理や設営の解体まで、すべて手作りだ。
 見ていて、いまの時代、この「ゆめパ」は、子どもたちのユートピアのように思えてくる。いま、子どもをめぐる状況は、まことに、ひどい。2020年度の日本の児童、生徒の自殺者数は400人を超えている。小中学生の不登校児は、約20万人という。さらに、いじめの実態にも、学校ぐるみで解明しようとしない。
 理想をいえば、このような施設はないような社会が望ましい。だが、子どもたちを取り巻く現実は、ほとんどおとなたちの作り出したものである。
 映画でも描かれるが、子どもたちは、短い時間で、驚くほどの成長を遂げる。ところが、子どもたちを取り巻く厳しい現実がある。せめて、「ゆめパ」のような場所が、日本のあちこちにあればいいなあと思うしかない。
 監督の重江良樹が、映画のタイトルについて、インタビューに答えている。「ゆめパ」で過ごす子どもたちが、何者にも邪魔されず思いっきり自由に過ごせる『じかん』。そうした抑圧のない『じかん』の中で、子どもたちは様々なことを感じ、考え、育っていると思う。そしてゆめパに流れるこうした『じかん』が全ての子どもたちにあるよう願いを込めて」と。
 愚策ばかりの政治を俯瞰すると、少子高齢化などは、とうの昔から分かりきっていたこと。子どもひとりにつき、いくばくかの給付金で済む話ではない。せめて、地方自治体から率先して、「ゆめパ」運動の全国展開はいかがなものか。

2022年7月9日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

『ゆめパのじかん』公式Webサイト

監督・撮影:重江良樹
構成・プロデューサー:大澤一生/編集:辻井潔/音楽:児玉奈央
制作協力:認定NPO法人フリースペースたまりば/撮影協力:川崎市、川崎市子ども夢パーク、公益財団法人 川崎市生涯学習財団、夢パーク支援委員会、ちいくれん(地域で子育てを考えよう連絡会)、風基建設株式会社
製作:ガーラフィルム、ノンデライコ/配給:ノンデライコ
2022/日本/90分/日本語/カラー/ドキュメンタリー
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
推薦:厚生労働省社会保障審議会