学び!とPBL

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「総合的な探究の時間」の課題設定(授業とPBL②)
2023.01.20
学び!とPBL <Vol.58>
「総合的な探究の時間」の課題設定(授業とPBL②)
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

 今回も、ふたば未来学園高校の鈴木貴人先生の論を軸にして、高校の「総合的な探究の時間」の課題設定について述べていきます。

1.課題設定の苦悩

図1 課題を設定する(本文とは関係ありません) 多くの先生は、「総合的な探究の時間」の“課題の設定”に悩みます。ここでうまくいかないと、生徒の学習活動に後々まで響いていくからです。多くの高校では、入学してきた新入生に4月から課題を設定させようとしますが、生徒も教師も落ち着かないこの時期にうまくいかないことが多いのではないかと思います。
 鈴木先生の所属するふたば未来学園高校では、あえて、教員が入試業務や3年生の受験指導で多忙な前年度の2月頃、教員が探究学習の「種」だけを与えて、教員の手の離れたところで生徒の力でふくらませようとしています。
 またA高校では、高校生活に慣れてきた7月頃に課題の設定を行います。4月からここまで、熟議のあり方、思考ツールの使い方、図書館を利用した情報収集法といった探究に関わるスキル学習を行います。小学校3年生から中学校まで「総合的な学習の時間」を体験してきてはいますが、出身校の状況や個人差によって大きな開きがあります。このような新入生に対して、目的や方法を確認することはとても重要です。加えて、要領を得ない生徒に対して個人的に話をしたり、生徒同士で話し合わせたりすることも必要です。

2.課題を「自分事化」する

 生徒たちが「課題(探究テーマ)」を「自分事化」することは、重要でありながら困難なことでもあります。ふたば未来学園高校では、2022年度の学習指導要領の全面実施に先駆けて、2017年の開校以来、探究学習をカリキュラムマネジメントの柱に位置づけて、実践されてきました。
図2 双葉郡出身者の推移 ふたば未来学園高校は、2011年の東日本大震災にともなって発生した原発事故に傷つけられた地域を復興させる人材を育成することを目的に創設された高校です。開設当時は8割の高校生が地元の双葉郡出身でした。ですから生徒も教員も、探究活動で学びを深めることが将来の復興に結びつくは当然と考えていました。しかし6年が経過した2021年度の入学生は、地元出身が3割までに減少し、また発足当時の教員の多くも他校に異動しています。そうなると、「地域の復興」を当然のものとしてきたこれまでとは大きく異なり、地域の期待とは裏腹に「自分事化」することが極めて困難になってきます。
 このような現状に対して、課題設定時に行われる「体験活動」が鍵になると考えています。
 「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説総合的な探究の時間編」では、「生徒の興味・関心等に基づく単元の構想」が肝要であることと、そのために「様々な相互作用」が重要であるとし、相互作用の例示として「体験活動」を挙げています。生徒の関心は多様で、影響を受けやすく、時間とともに変わります。そのため、教員が選択して与えた課題が生徒の関心や問題意識に繋がるかどうか疑問です。「小学校学習指導要領(平成29年告示)」では、「活動や体験を重視し、具体的な活動や体験の中で様々な気付きを得て、(中略)気付きの質を高めること」と、「直接関わることや気付いたこと・楽しかったことなどを表現」する活動を大切にすることが期待されています。図3 探究サイクル内の体験活動の位置づけすなわち、図3で示すように体験活動を通して「気付き」、感受性を高め、「表現」したり伝えたりする外部化を通して、具体的な活動と抽象的な思考を繰り返しながら「内省」し、他の場面でも活用可能な思考力へと知識を概念化していくことが体験活動の価値であると捉えることができます。

3.「体験活動」の実践

 二つの実践を紹介しましょう。
 一つは、ふたば未来学園高校の演劇教育です。4月の入学から生徒たちは双葉郡内のバスツアー、地域を舞台に復興に取り組む大人たちへのインタビューを行い、対象となる地域や人々に少しずつフォーカスしながら地域を学んでいきます。その際、単に目にしたことを個人内で省察するだけでなく、グループで対話したり、他のコースをツアーしたクラスメートに自分たちの見てきたこと、感じたことを発表したりすることで、体験を抽象的に概念化していきます。
図4 地域課題を演劇に その後、全国各地の学校や企業で舞台芸術表現を通じたワークショップを行う演劇者集団PAVLICのメンバーと協同で、双葉郡の課題をモチーフにした演劇を通して表現していきます。こうした一連の活動が下地になって、その後行われる探究学習でも生徒たちは自然に地域の課題を自分事としてとらえて学習を展開していきます。
 本校の演劇教育は、当初は原発事故で分断された地域を再度つなげるためのコミュニケーション・スキルを身につけさせる側面が強かったのですが、経年に渡るカリキュラム開発の結果、このように変化していきました。
 また、B高校では「総探」の開始前から、地域の方々と年間を通したソバの栽培を数十年間行ってきました。
 大まかな流れは、1年生の6月末に播種、11月初旬に刈取りし、その後、乾燥、脱穀、そば打ちを行います。このように伝統的な日本の農業体験は現代の生徒たちに新鮮な驚きとなりますが、一方、これだけでは学校教育として行う価値が十分とは言えません。そこで、2年次では、2チームに分かれて探究学習を行っていきます。一方のチームは、ソバ粉を使った新しいレシピの開発、もう一方は新商品を販売する古民家を利用したカフェづくりです。いずれのチームも周囲の先生や地域の人を巻き込みながら、予定調和ではない活動を継続していきました。
 B高校の実践で特に印象的なのは、生徒たちの生き生きとした様子を教員が地域の人たちのインフォーマルな評価からも得ることで、指導を改善したり、教員自身がエンパワメントされたりしたことです。このことから、「総探」では生徒たちの学習と指導する先生の学習が相似形であることを読み取ることができました。

(※鈴木貴人先生の原稿を、三浦が本連載に合わせて編集しています。)