学び!と美術

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【三菱鉛筆】カタくて、やわらかい、芯のある会社 〜突撃! 図工な企業(第1回)~
2024.04.10
学び!と美術 <Vol.140>
【三菱鉛筆】カタくて、やわらかい、芯のある会社 〜突撃! 図工な企業(第1回)~
小学校図画工作科編集部(「学び!と美術」担当)

 図画工作や美術を通して培われる力(図工力)は、生活や社会の中でどのような力として発揮されているのでしょうか。シリーズ「突撃!図工な企業」では、図工力を発揮して活動している(と編集部が感じた)企業や組織を訪問し、働く方々のお話を聞きながら、図画工作や美術を学ぶ意義を捉え直していきます。

図工力とは

 ここでの図工力とは、図画工作や美術など造形活動を通して培われる「自ら考える力 決める力 やり抜く力」「多様な他者と協働する力」「よりよい未来を創造する力」です。図工力は「もの」をつくるときだけに発揮されるのではなく、社会の潤滑油となって楽しさや希望をつくりだせる原動力になるものだと信じています。そんな図工力を備えた人がいて、図工マインドが垣間見える活動をしている企業(組織)をここでは「図工な企業」と呼びます。

 今回の「図工な企業」は、三菱鉛筆株式会社。学校でもおなじみの筆記具をつくっている会社です。長く親しまれ続ける商品を開発するために、図工力はどのように関係しているのでしょうか。商品企画や開発に携わっている3人の方にざっくばらんに話していただきました。

◎お話を聞いた図工な人々

  • 鈴木 秀享さん(商品開発部 商品第三グループ グループ長/写真左
  • 福田 千絵さん(商品開発部 商品第三グループ 係長/写真中央
  • 寺杣 緑さん(経営企画室 広報担当 課長代理/写真右

商品の価値について振り返らざるを得ない状況からの……

――弊社問い合わせ窓口経由で、福田さんから小学校図画工作科編集部あてに「意見交換したい」という熱いメッセージをいただいたのは昨年8月です。そこから、みなさんと交流するうちに、「図工な企業だな」と感じ、今回お話を聞きに来ました。

福田:最近ようやくここにたどりついたって感じですよ(笑)。
寺杣:3年前だったら「図工な企業」って言われても、ぴんと来なかったと思います。
鈴木:2020年ごろは今と全然違うよね。
福田:その頃だったら問い合わせ窓口からコンタクトなんてしていなかったです。

――変わったきっかけは何だったのでしょうか。

福田:ひとつのきっかけとして、コロナ禍はあると思います。わたしはその間に産休と育休を取得していたこともあって、家にいないといけない時間がよけい長くて。だから、復帰後は走り出さないとどうにかなっちゃいそうだった。そこで向かった先が問い合わせ窓口(笑)。
寺杣:コロナ禍で常識は崩れましたよね。今までできていたものができなくなるっていうのが現実としてあると、「今、やっちゃおう」ってなりますよね。コロナ禍はわたしたちの変化に勢いをつけてくれたかもしれない。
鈴木:社会も変わったし、ユーザーも、自分たちも変わっていったよね。

――いいほうに変われたんですね。

鈴木:結果的に、です。今だから言えることであって、当時は真っ暗闇を歩いている感じでしたよ、やっぱり。売り上げも実際下がりましたし。
福田:学校に行かないと鉛筆もペンも使いませんからね。
寺杣:タブレット端末をはじめとするデジタル機器もますます普及しましたしね。書くことの意味もきっと変わってきたと思います。
鈴木:たぶん、ぼくらが小さいときは、筆記具のいちばんの価値って「記録」することだったと思うんです。だけど、「記録」がいちばんデジタルに置き換わりやすいということもあって、その役割が減ってきました。
寺杣:デジタル化が進み、社会が大きく変わる中で、「わたしたちが提供するものってなんだっけ?」って振り返らざるを得ない状況でもありました。2020年3月に会社のトップが変わり、わたしたちがこれまで提供してきた価値を見直そうという動きが出てきたんです。いろんなことが変わっていったんです。

もがきつつ、楽しみつつ、変わっていく

寺杣:未来の予測が困難な時代で、デジタル化、サステナビリティといった新しい価値、購買行動の変化など、混沌とした不安がありました。当社は創業以来、高品質の商品をお届けすることにこだわってきました。わたし自身も、お客様にはその点を評価していただいているのだと思っていました。でも、実際に商品を使っていただいている方々にお話を伺うと、品質だけでなく、商品を使うことを通じて喜びとか特別感を感じていただいていたんだという気付きがありました。そういった情緒的な価値をもっと重要視していきたい、という気持ちがだんだん強くなりました。会社全体でも、トップの掛け声で、提供価値を再定義しようという大きな動きになって、2022年に新しい企業理念「違いが、美しい。」とありたい姿2036(長期ビジョン)「世界一の表現革新カンパニー」を公表しました。
福田:「違いが、美しい。」って聞いたとき、わたしたちの部署ができることとか、個人的にわたしが目指したいこととか、そういう想いを応援された気持ちになりました。社員の内から出てくる一つひとつのタネを育てようという想いが強まった気がしますね。
鈴木:それはあるよね。たぶん商品価値を、みんなが深いところまで見つめ直した瞬間があったと思うんです。今は商品価値と社会的価値を結び付けて考えるようになっている。それは本質的なことなので、「これが正解なのか」ってみんな、ものすごくもがいてはいますけど(笑)。
寺杣:トップは、「ありたい姿2036(長期ビジョン)」のことを「北極星」と説明していますね。「こっちのほうへ進む」っていう方向性を示すから、あとは自分たちで考えてどういうふうに実現するかは試行錯誤しながらやってみなさい、と。
福田:「毎回同じような話ししてない?」って言いながらね(笑)。でも、その時間がきっと大事だと思います。
寺杣:そうそう。同じところをぐるぐる回って。これって、人生も同じですよね。わたし自身はそのときどうありたいか、それと会社のありたい姿をどういうふうに紐づけていくかみたいなことが積み重なって、いろんな社員の声が最終的な「ありたい姿」のかたちになるのだと思います。
福田:うちの部署ではとりあえず、みんなでどんどん楽しいことを発信していこうって言っていて。もがきながら楽しむ(笑)。
寺杣:「正解かは分からない、でもやってみよう」みたいな感じですよね(笑)。
福田:「むだなことなんて、きっとない」みたいな感じでね。
寺杣:失敗も大事ですよね。やってみて失敗したらやり方変えて、また挑戦すればいいと思います。
福田:この数か月、よく図工の授業を見させてもらうんです。そこで「思っているのと違う!」ってやり直している子どもの姿とか見て、とても励まされています。図工の授業でやっていることが、わたしの仕事に振り返りを与えてくれるんです。トライアンドエラーしていい、ありのままでいい、まずはやってみて次に行けばいい。そういう考え方でいいんだよって。私自身わりと「~しなければ」っていう考えが強かったんですが、どんどん柔らかくなるきっかけを図工の授業が与えてくれている気がします。

ここが図工力!

☞ 自分の「こうしたい」を実現するために、もがき試行錯誤する。それすら楽しむ!

若手社員や社外からの刺激が新しい価値につながる

鈴木:ぼくらは3人とも、営業部の出身なので、いろいろな商品を一生懸命売ってきたんですよ。たぶん、その頃のぼくらには、商品たちはお金に見えていたんだと思います(笑)。
福田:本当にそう(笑)。
鈴木:どれだけお金になるのかっていう視点でした。だけど、今の部署に来て、寺杣が広報でいろんな人との接点をつくってくれて初めて、商品の本質な価値を知ったというか。ようやくお金に見えなくなってきました(笑)。
寺杣・福田:(笑)
鈴木:営業のときは売れるものって「ぼくらが売りやすいもの」っていう観点でしたけど、今はお客様にとってどんな価値があるとか、お客様にこういう気持ちを感じてもらえるとか、そういう視点で商品を考えるようになりましたね。
寺杣:当社は、技術を強みとしてきた会社です。代表的な商品である鉛筆uniも、世界で唯一の鉛筆をつくりたいと最高の品質にこだわって生まれたものであり、会社の歴史の中で品質向上と技術革新に努めてきました。それが会社を強くしたのは間違いないです。しかし、大きな社会変化の中で、技術や品質だけでなく、お客様の体験価値や情緒的価値も大事にしていこうと舵を切ったのが、ここ数年の話ですよね。

――社外のいろいろな人に会うようになったのはいつごろからですか。

福田:以前から調査はしていたんです。だけど、もっとアクティブに商品のファンの方々の声を聞きに行こうってなったのはここ数年です。部内に若い世代のメンバーが増えたこともあって、若手社員が結構自由にお客様の話を聞いていて、部全体に刺激を与えてくれました。わたしも感化されたんです。
寺杣:SNSの存在も大きいですよね。以前であれば、メーカーからお客様に一方的に情報を出すというのが一般的な広告のあり方でしたが、今はお客様同士がSNSの中でつながって情報共有するようになって、そこに様々な情報がある。若い世代からしたら「そこに情報を取りに行くのは当たり前」っていうことですよね。
福田:社外の人の話を聞いていると、あらためて自社製品を好きになったりしますよね。
鈴木:最近だよね、そう思えるようになったのって。
福田:みんなわりと実体験をエネルギッシュに話してくれるのが特徴的で。お世辞じゃなくて本心だから、「あ、そんないいところ、あったんだ」って思えます。

ここが図工力!

☞ 人から受けた刺激を受け止め、よりよい商品や新しい価値を創出していく。
☞ 自分がつくったもので他者が幸せになることを知り、自分も幸せを感じられる。

こだわりと考え抜く力

――貴社の鉛筆やペンは学校でも長年にわたり使われています。

寺杣:POSCA(ポスカ)は2023年に40周年を迎えました。プロッキーも、もうすぐ40歳です。鉛筆uniは60年を超えて使い続けられています。
福田:この子たち(商品)がいるから、体験価値を大事にしていこうって思えました。品質にこだわり続けた力が認められているからこそ、じゃあこれからどうしようって考えられます。
寺杣:「ありたい姿2036」が策定されて、自分たちで考える機会が増えたんですよね。社長の言葉をそのままお借りすると「考えるための指標として「ありたい姿2036」をつくった。ぼくよりみんなのほうがずっと分かっていることがあるでしょ。だからみんなでもっと考えてやってくれたほうが絶対いいものができる」って。商品の傾向が変わりつつあるのは、「考えて」って言われるからじゃないですか。「なんで?」って聞かれると、自分で納得していることしか提案できないですよね。
福田:ここ数年、「なんで?」「どうして?」「この場所はどうなの?」「だれが?」とか自分の想いや考えの整理の仕方を訓練してきた感じがありますね。
 それって図工の振り返りシートで「なんでそれを思ったの?」「なんでそうしたの?」とか記述する欄と少し似ている気がしていて。次の打ち合わせまでに「こうしたい」「こうする」といったタスクをまとめるのは、図工の「なんで」「どうして」っていう気持ちや、前回までの振り返りとかとすごく似ていると思います。そういう考え方は図工力だってひしひしと感じています。

ここが図工力!

☞ 「なんで? どうして?」と自問しながら、こだわりをもって自分の納得する形に落とし込む。

福田:そういうことを、小さい頃から図工とか美術で当たり前のようにやっているって、たぶん子どもも保護者も意識してないと思うんですけど、今、仕事の視点で授業を見ているとけっこうびっくりします。子どもたちがこんなすごいことをやっているんだと、鈴木さんと二人でニヤニヤして会社に戻ってくるんです(笑)。
鈴木:「日本の未来はまだ明るいね」って言いながらね(笑)。

鉛筆:シンプルゆえの表現の広がり

――鉛筆は描画材としてもよく使われます。鉛筆の魅力って何でしょう。

鈴木:鉛筆はどちらかというと個人で使うものです。個人で思考するときにストレスなく使えるもの
寺杣:たしかに。鉛筆を使われているアーティストの方にインタビューすると、自分の内面を出すことを鉛筆を通じてやっているとか、鉛筆は自分の一部というようなことをおっしゃる方が多いですね。一方で、プロッキーなどのサインペンとかは、だれか相手がいるようなときに使うことが多いかもしれませんね。
福田:前に色鉛筆を社員のお子さんに使ってもらったとき、「この色鉛筆は濃淡が出せないけど、濃くかけるよ」ってその子が言ったんです。そしたらお母さんが「でも力をうまく加減すれば、濃淡がすごく出るよ」って。「濃淡が出ない」って気付いたお子さん。それに対して新しい気付きを与えたお母さん。それによって「濃淡が出せるのかも」って次のチャレンジにつなげたり、達成感を得られたりすると思うんです。単に使いやすいものを与えるんじゃなくて、ちょっと気付きがあったりする、そういうきっかけを与えられるのも鉛筆という文具の面白さかなって思います。シンプルな道具だからこそかもしれません。
寺杣:シンプルって大事ですよね。この間、幼児保育を専門にしている方にお話を伺ったんですけど、画材っていろんな使い方があるじゃないですか。その使い方を自分で見つけるということもすごく大事っておっしゃっていました。鉛筆はシンプルだからこそいろんな表現ができるので、いろいろ試して「あ、こういうこともできる」っていうのを自分で発見してもらいたいなって思いますね。
鈴木:ティッシュでこするのもいいよね。やってみて初めて分かったけど。
寺杣:ですよね。そういったことも、いろいろ気付いてほしいです。こすると見え方が変わるんだ、影がかっこよくなるんだとか。ほかの画材でもできるけど、鉛筆ってそういうのが多い気がします。

3人に鉛筆で自由にかいていただいた
(左:鈴木さん、右上:寺杣さん、右下:福田さん)

寺杣:え、ふたりとも影つくってる!?わたしだけ方向性、違うんですけど。
鈴木・福田:いいじゃん(笑)。

取材後記

目を輝かせ、本当に楽しそうに話す3人からは、生み出した商品への愛、ユーザーへの愛、ユーザーから生み出される表現への愛があふれていました。試行錯誤しながらつくり、思いや作品を人と共有し、自己肯定感を形成していく。図画工作や美術で育まれる力が、働く人の幸せを生み出すのだなと感じた取材でした。

鈴木 秀享(すずき・ひでたか)
サインペン・鉛筆・色鉛筆を担当するグループのリーダー。営業部門や生産部門を経て現部門へ。商品企画や分析を通じて、自社商品への見方や愛着にも変化が起きる。また、学校等の現場にも訪問する機会があり、プライベートで子どものスポーツ指導に携わっており、子どもの成長や学びに興味をもっている。しっかり社会とつながる企業や仕事を実現することを志している。

福田 千絵(ふくだ・ちえ)
サインペン・鉛筆・色鉛筆の企画を担当。学校の図工・美術の授業や幼児の造形遊びに興味があり、先生方のお話や子どもたちの取り組みにいつもワクワクしている。最近、自分が子どもの頃に好きだったモノを思い出して魅力を再発見する活動を開始した。

寺杣 緑(てらそま・みどり)
広報担当として、会社の中と社会とをつなげる役割を担っている。2022年に策定・公表した企業理念「違いが、美しい。」という言葉と日々向き合い、「世界中あらゆる人々の個性と創造性を解き放つ会社」を実現するために鋭意活動中。表現を通じて、人々の生活に彩りを添えられたらと思っている。