学び!とシネマ
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(c)2013 Neue Schönhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV
人は必ず老いる。さあ、どうするか。舞台は、ドイツの老人ホーム。ここに、かつてオリンピックで活躍したマラソン・ランナーのパウル・アヴァホフと、その妻マーゴが夫婦そろって入居してくる。日頃、マーゴは、たびたび病気で倒れる。客室乗務員をしている娘は多忙で、母親の面倒は見れない。渋々、入居してみたものの、元気なパウルはパーティ用の人形を作ったり、合唱したりのホームの生活が耐えられない。ホーム・スタッフの万事事なかれ主義や、やたらホームの生活を仕切りたがる住人がいて、パウルは面白くない。パウルは決意する。「走ろう」と。
「陽だまりハウスでマラソンを」(アルバトロス・フィルム配給)は、70歳を過ぎた老人が再びマラソンに挑むドラマ。これが実にうまく作られている。映画の冒頭、パウルはゴール寸前、ソ連の選手を抜いてヘルシンキ・オリンピックのマラソンで優勝する実写らしいフィルムが挿入される。この実写らしいフィルムが、実はフィクションである。1952年のヘルシンキ・オリンピックのマラソンで優勝したのは、人間機関車といわれたチェコスロバキア(今のチェコ)のエミール・ザトペックで、銀メダルはアルゼンチンの選手である。また、劇中、パウルは、1956年、メルボルン・オリンピックのマラソンでも優勝したと出てくるが、メルボルンでの優勝者はフランスのアラン・ミムンで、2位はユーゴスラビアのフランジョ・ミハリクだ。ゴール前は接戦ではなく、優勝したミムンと2位のミハリクとの差は、たしか1分30秒ほどの差だったと思う。また、1956年のボストン・マラソンでも、パウルが優勝したと出てくる。この年の優勝者は、フィンランドのアンティ・ヴィスカリで、前年の優勝が、日本の浜村秀雄だった。ドイツの選手はマラソンでは、それほどの活躍はみせていない。それでも映画の設定の巧みさだろう。戦後の復興を遂げようとするドイツに、国民的な英雄が現れたというフィクションを、さもありえたかのように見せているわけである。
日本ではそう有名ではないと思うが、芝居のうまい俳優が勢ぞろい。ディーター・ハラーホルデンがパウルに扮し、力演、奮闘する。脇役たちも年齢相応の達者揃い。背景の事情はいくぶん切実なのに、表現はユーモラス、ちょっぴり皮肉でもある。きびきびとした展開で、スピーディ。心地いい。
妻のマーゴは、すでに老人ホームを「終の棲家」とあきらめている。それでもパウルに促され、かつて務めたサポート役に復帰する。「ベルリン・マラソンに出る」とパウルは言う。パウルのことをバカにしていた周囲の人たちは、かつてパウルが偉大なマラソン・ランナーだったことに気付き始めて応援するように
なっていく。過去の栄光があるとはいえ、70歳を過ぎた老人がマラソンに挑む。ここに、さまざまな問題が噴出する。さて、どうなるか。
いくつになっても夢や希望を持つことだろう。そして、決してあきらめないこと。応援したくなる対象は数多くあっていいと思う。誰しもがパウルのような老人ではない。だが、パウルを応援することは誰でも出来る。
人は必ず老いる。監督、脚本のキリアン・リートホーフがインタビューに答えている。「…時が過ぎ、人生の終わりが近づいたときに、自分はどう行動するのだろう…。年老いてから初めて考えるのではなく、そのずっと前から考えておくべきものと思う」と。
2015年3月21日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町
、新宿武蔵野館
ほか全国順次ロードショー!
■『陽だまりハウスでマラソンを』
監督・脚本:キリアン・リートホーフ
出演:ディーター・ハラーフォルデン、ターチャ・サイブト、ハイケ・マカッシュ、フレデリック・ラウ
配給:アルバトロス・フィルム
2013年/ドイツ映画/115分/デジタル5.1ch/シネマスコープ
原題:Back on Track
推薦:公益社団法人日本マスターズ陸上競技連合
協力:東京ドイツ文化センター