学び!と社会2

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『社会科らしさ』って何だろう? ~人に目を向けた授業づくり~
2026.01.28
学び!と社会2 <Vol.03>
『社会科らしさ』って何だろう? ~人に目を向けた授業づくり~
安野 功(やすの・いさお)

資料1 前回は資料1の写真を用いて素朴な問いを引き出し、低地でくらす人々の工夫や努力(知恵や汗)に目を向けていくことがこの授業の1つ目のポイントであること、そして小学校の屋上にあるレスキューマーク(ヘリポート)を提示し、子どもにゆさぶりをかけ、問題意識を醸成する(さらに高める)ところまでを紹介した。
 今回はこの続きを取り上げ、『社会科らしさ』って何だろう?~人に目を向けた授業づくり~について考えていく。
 まずは、前回授業の続きからスタートしたい。

資料2 資料3 「水害の心配は、本当になくなったのか?」という問いに対して、屋上からの景観(資料2と資料3の写真)を手がかりに、個々が自分の考え(推理)をノートにメモし、ペアや全体で話し合う。
 「校庭が川より低いぞ!」
 「新しい家も石垣の上にあるよ。今も水害の心配があるのでは?」
 これらの疑問を受け『もし□□したら○○ではないか?』という話型を板書。「もし台風などで大雨が降り続いたら洪水の心配があるのではないか?」などの予想を引き出す。そのうえで、水害の写真と年表を読み取り、過去には度々水害に悩まされてきたが近年その被害を受けていない事実を確認する。
 次にこの授業の2つ目のポイント『海津市でくらしている人々に聞いてみたいことは?』と板書。海津でくらす人々の気持ちに目を向け、個々が自分の素朴な疑問や思いをノートに書いて、ペアや全体で紹介し合うのである。
 ここで期待する反応は、一般的には次のAやBであろう。

A:水害の心配は本当になくなったのか?
B:水害からくらしを守るために、どのような工夫をしているのか?

 AやBは水害からどのようにくらしを守っているのか(水害を克服するための工夫や努力に関する疑問)という教師側のねらいに直結する問いでありそれも大切にしたいが、私が子どもたちにぜひ目を向けてほしいのは、次のCやDなど自分ごととして考えたり低地の海津でくらす人々の立場に立って考えたりすることである。

C:引っ越したいとは思わないのか?(私ならもっと安全なところに引っ越すけどなー。)
D:でも、水害の心配がある海津(低地)のくらしには、わたしたちの知らないよさや魅力があるのではないか?それはいったい何だろう?

 こうした海津でくらす人々の気持ち、思いや願いに目を向けた反応を受け、次のように投げかけるのである。
 「それでは、海津でくらす人々の声を聞いてみよう!」
 ここで海津市の人々の声を直に聞かせたいところではあるがそれは難しい。その代わりとして海津市観光協会が出している広報紙を提示。その中で誰もの目にも飛び込んでくる次のキーワードを取り上げ、「?=本当はどうなのか知りたいこと、確かめたいことなど」をノートにメモし、ペアや全体で話し合う。

三つの川が出合う『自然の楽園』
三川の『おいしい恵み』を食す
『記憶』に刻まれた『自然の猛威(ものすごいパワー)』

 そして「引っ越したいどころか『自然の楽園』らしい。川に囲まれた低地がどうして楽園なのか?」「三川(木曽川、揖斐川、長良川)は水害という自然の猛威をもたらしてきたが、それは記憶に刻まれた遠い昔の話かも・・・。今は『おいしい恵み』を与えてくれる海津の宝。そのおいしい恵みっていったい何?」そんな「?」を引き出したいのである。

 ところで、私がなぜ人に目を向けた社会科の授業づくりにこだわってきたのか。それは、「社会に生きる人々がどのような思いや願いをもち、どんな問題を抱えながら生きているのか」「その問題を解決するために、どんな工夫をし(知恵を働かせ)努力をして(汗を流して)いるのか」を探っていくという『人に目を向けた授業』こそが小学校の社会科らしさであると考えているからである。その原点は初任者時代にまでさかのぼる。

 私は初任者研修を兼ねて社会科の授業研究を行ったのだが、その時に今でも記憶に残る大きな失敗をする。その授業とは、第4学年「郷土をひらく先人のはたらき~利根川・荒川のつけかえ~」の単元の導入(第1時)である。
 利根川・荒川のつけかえとは、江戸時代、荒川と合流して東京湾に流れ込んでいた「坂東太郎」の異名をもつ暴れ川の利根川を荒川と分離させ、少しずつ東へと移し千葉の銚子で太平洋に注ぐよう大きく流れを変えた伊奈氏(忠次、忠政、忠治)による大工事のことである。
 私が行った授業では、地図帳で県内を流れる主な川の流路やその中の「荒川」と「元荒川」、「利根川」と「古利根川」の名称に着目し、白地図作業を通してその流路をおさえることで、昔は荒川と利根川が合流して東京湾に流れ込んでいたことや、今は利根川の流れが大きく東へと変わり太平洋に注ぎこんでいることなどに驚きをもたせる。そしてその事実認識に基づく疑問を出し合い、学習問題や学習計画を立てていくことをねらいとしていた。
 子どもが「元荒川」や「古利根川」などの名称に興味を示し、その流路が大きく変わったことに驚きをもつなど私の意図通りに授業は流れたが、それは授業の前半から中盤までの話。授業の終盤、ある子どもの発言が引き金となり、流れが私のねらいからどんどんずれていく。その発言とは・・・。
 「川の流れを変えた水の力にびっくり!流れる水のはたらきをもっと詳しく知りたい。」
 子どもたちの問題意識は川の流れを変えた「人の力」(社会的事象)ではなく、「水の力」(自然事象)へと向いてしまったのである。
 指導者である当時の浦和市教育委員会の指導主事から「先人である伊奈氏の業績に目を向けていくしかけ(手立て)が抜けていたね」とズバリ指摘された。残念!!
 実は、私が生まれ育った鴻巣市の勝願寺には伊奈氏の墓とその偉業を称える説明書きが設置されている。子どものころからその存在に気づいてはいたが、「人に目を向けること」の意味やその必要性について理解しておらず、それらを授業で生かすことができなかったのである。もったいなかったな!!

 結びに一言・・・
 「人に目を向けた授業づくり」が軽視されているのではないか。そう思わざるを得ない社会科の授業に時々出合う。単元「市の様子の移り変わり」(第3学年)において、市の人口と市域の変化の資料を見比べ、相互の関係を読み取っていく授業がその一例である。3年の社会科は子どもが社会生活を学ぶ入門期。だからこそ「市の様子」の移り変わりだけでなく、それに伴う「人々のくらし」の移り変わりに目を向けてほしい。この「人に目を向けていく授業」こそが『社会科らしい』授業づくりの “はじめの一歩” ではないだろうか。