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「特別の教科 道徳」の設置と学校が対応する課題
2015.08.05
読み物プラス <Vol.16>
「特別の教科 道徳」の設置と学校が対応する課題
「特別の教科 道徳」ポイント解説資料より
東京純心大学教授 吉澤良保

1.道徳の「教科化」の経緯

 平成2年以降、いじめ問題が社会の関心事となる中で、公共の精神や集団生活の向上には欠かせない規範意識の希薄化した事象が数多く指摘されてきた。そうした社会状況の下で、まず改正教育基本法(平成18年12月22日)が成立し、「教育の目的は人格の完成を目指す点にあること」を従前の教育基本法でいう「人格(個人的人格、社会的人格、職業的人格)の陶冶にある」と確認した。これを受けて教育再生実行会議第一次提言(平成25年2月26日)が出され、道徳の「教科化」が示されたことを端緒として、道徳教育の充実に関する懇談会報告(平成25年12月26日)、続いて中央教育審議会初等中等教育分科会が「道徳教育専門部会審議のまとめ」(平成26年9月19日)を公表し、中央教育審議会答申(平成26年10月21日)を経て「特別の教科 道徳」となる。さらに一気呵成に中学校学習指導要領の一部改正(平成27年3月27日)が告示され、現行学習指導要領との対照が明らかになると、学校関係者の一部からは「なぜ、道徳が、特別の教科になるのか」といった声が聞かれるようになる。その不安を深読みすると、特別活動や総合的な学習の時間と同じ領域の扱いでよいとの懸念である。それは昭和33年に「第3章 道徳」が創設されて以降、今日に至る間も「第1章 総則 道徳」との線引きが不透明なことに遠因があると推察できる。加えて、中学校における「特別の教科 道徳」は移行措置を経て、平成31年4月、「道徳科」の授業開始となるスケジュールが策定されている。

2.なぜ、教科なのか

 「なぜ、教科なのか」である。それは中学校学習指導要領にみる「第2章 各教科」(各教科を担当するには教科担任制を敷く中学校にあっては教科免許が必要)ではなく、学級担任を中心としながらも学級担任が責任をもって学習指導できるように「特別の教科」として位置づけ、人格の完成を目指すために必要な道徳的諸価値を真正面から取り上げて、道徳授業をきちんと指導できるようにしたためである。道徳教育は、学校教育全体を通じて、生徒の心身の発達段階や社会とのかかわりの広がりなどの実態と指導上の諸課題を踏まえながら、道徳性(人間としてのよさ)を養うことを目標としている。
 そのため、道徳教育における指導内容について、今後は小・中・高等学校の各段階に共通する内容の連続性を重視し、「生徒の自立心や自律性」「生命を尊重する態度の育成に必要な基本的な生活習慣」「規範意識」「公平公正」「自然愛護」などの人間関係を築く力や「協力協調」といった社会参画への意欲や態度、「伝統や文化」を尊重する態度を意図的・計画的に身につけさせていく問題解決的な学習の指導としてのアクティブ・ラーニング(*)が大切になるであろう。

*アクティブ・ラーニング
 教員による講義形式の授業ではなく、生徒自らの思考で明日を生きるために必要な問題や課題を発見し、その解決に必要な手段や方法を考え、実践する中で検討を加え、成果として発表することで、論理的な思考力や課題設定力・問題解決力を「学修」させていく指導法である。
 国際教員指導環境調査(TALIS・平成25年)結果においても「日本の教員は生徒の多様な学びの必要性を認識しているが、多様な実践は国際的にみて低い」と指摘している。

3.道徳性の育成

 学校教育全体で取り組む道徳教育の要(かなめ)としての「特別の教科 道徳」では、各教育活動で行われる学習指導が、学校の教育活動全体に波及し、生きて働くようにしなければならない。すなわち、「今日よりも明日に向けてよくなろうとする態度(道徳的実践力)」の育成が道徳授業の目標なのである。それは健全な自尊感情をもって主体的・自律的に生きようとする中で、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を発揮し、また、集団や社会の一員として、その発展に貢献しようとする傾向性のことでもある。
 改正教育基本法の趣旨を踏まえた平成20年7月の中学校学習指導要領の改訂では、変化の激しい社会にあっても他の人と協調しながら自律的に社会生活を送る上で必要な「『生きる力』としての実践的な力(正義感、寛容、自己抑制力)」や、美しいものや自然に感動する心などの「柔らかで豊かな人間性」の育成を図るのが人格の完成を目指す「心の教育」であり、その基盤を養うことが道徳教育であるとしている。
 次代を担う生徒達が自ら学ぶ意欲をもち、未来への夢や目標を抱き、自らを律しつつ、自己責任を果たし、自己の利益だけでなく社会や公共のために自分は何をなしうるかを考え実践する、道徳性を育むことが道徳教育の方向なのである。

4.実践的活動を教材とする「道徳科」授業

 総合的な学習の時間の創設以降、中学校での実践的活動の内容は身近な人権問題、福祉問題から、教育、文化、スポーツ、環境、保健医療、国際交流・協力、情報化、平和の促進、地域振興に至るまで、幅広い活動として理解されるようになった。ここに、未来の実践的活動の主役となる生徒への支援が欠かせない、道徳教育の役割がある。しかし、学校は社会貢献に向けての発想を豊かにする情報発信と道徳授業を以下に留意し推進する必要があると考える。実践的活動は、今からできることを探す学習であるため、「人、もの、資金」が「いない、足りない」ために「できない、検討中である」では不可である。最初は地味でも続けて行うことで輝いてくるのが実践的活動であり、できることから実行してみることが大切なのである。活動しながらその途中で、生徒が自らの行為を視野狭窄から客観視へと変化できるように、「道徳科」授業での多様な指導法を積極的に導入していくのである。「資料を読み、感想を発表させ、教師が説話する」だけで実践的活動をまとめれば、負の効果を生むことにもなりかねない。だからこそ、社会貢献に向けた実践活動の基盤づくりとしての、道徳授業の指導法の工夫と改善が問われるのである。教師は、「生徒の心に実践的活動の意義にかかわる何を補充・深化・統合したのか」そして「いかに生徒とかかわり授業を推進したのか」といった評価の態度をもって生徒の道徳性を養うのである。

 

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