学び!と美術

学び!と美術

「できた!」さぁ、何と言いますか?
2015.09.10
学び!と美術 <Vol.37>
「できた!」さぁ、何と言いますか?
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 子どもが「できた!」と絵を持ってきた時に困りませんか?「え…何これ!」「分からんし…とりあえず褒めとこう」「○○ちゃん、上手~!」「ん…(適当やな…)」みたいな(苦笑)。
 今回は、子どもが自分の絵を持ってきた時の話し方について考えてみましょう。

1.「できたね!」

 最も大切なのは、最初の一言です。「できた!」と絵を持ってきたとき、子どもは「自分の絵」を見ていません。相手の表情や目を見つめています。だから、子どもの目を見返して「できたね~!」と言いましょう。それによって子どもの「できた」が認められます。「できた喜び」がお互いに共有できます。それが、真っ先にやることだろうと思います。作品を見るのはその次の話です。

2.いきなり褒めない

撮影:西尾隆一

 すぐに褒めてはいけません。「上手~」「素敵~」のような褒め言葉には、いくつか問題があります(※1)。
 まず「上手」「素敵」などは「全体的な評価」です。どこが上手で、どこが素敵なのか、分かりません。具体性を欠くのです。「でも、絵を見たときに本当に素敵だと思ったんです…」ええ、それは素直な感情でしょう。でも、そう思うより前に「特定の色合い」や「何かの形」に惹かれたはずです。その次に「素敵」だと思ったはずです。自分が惹かれた場所、気になった部分の方が伝えるべきことです(※2)。
 効果という点でも疑問です。例えば「上手ですね!」と言われたら普通は戸惑います。なぜなら、それは絵の評価というよりも人格の評価だからです。それに、ピアノでも絵でも、だいたい上手と言われる人ほど、自分より上手な人が世の中にたくさんいることを知っています。「上手ですね!」「いやあ、そんなことは…」と困るのがオチです。小学校4年生あたりから「上手~」は通用しなくなります。
 また、褒め言葉は「上から目線」になりがちです。「馬にニンジン効果」のようなえげつない要素もあります。時には叱るよりも強力な指導になります(※3)。また、「おしまい」「打ち止め」というメッセージにもなるので、元気な子は「上手!」と言われたとたんに運動場に飛び出していくでしょう(※4)。
 ともかく、いきなり褒めることは控えるのが賢明です。湧き上がってくる褒め言葉を我慢して、「どれどれ」「なになに、よく見せて」と落ち着いて入りましょう。

3.「言う」よりも「聞く」

 まず、子どもに尋ねましょう。絵のどこかを指さして「ここは?」「これは?」で十分です(※5)。後は「成り行き」です。えっ…「それでいいの?」
 「いいんです!」
 なぜなら、「聞く」ことは「あなたのやったことに興味がある」というメッセージになるからです。次に、返ってきた答えに「へぇー」「ふーん」と頷けば、それは「あなたのやったことを私は理解した」ことになります。さらに子どもの発言を「繰り返し」たり、「なるほどね」と言ったりすれば、「あなたのやったことを認めた」という意味になるのです。
 子どもと作品は一体です(※6)。子どもの絵には、その子の思いや工夫がつまっています。大人の評価は脇に置いて、その子が何を感じ、何を考えているかをとらえましょう(※7)。それは、かけがえのない「その子らしさ」を確かめる大事な行為です。第一「聞く」だけでいいので、とっても楽です(笑)(※8)。

4.展開する

 とはいえ、単純に聞くだけでは先に進みません。話を展開するテクニックが必要です。
 「それで?」は、誘い水や「もっと話を聞きたいな」というメッセージです。無理のない程度に「突っ込む」ことで、子どもの思いが引き出されたり、工夫が分かったりします。
 「どこ?」は、子どもの言葉を、目の前の絵に根拠づけていく言葉です。国語の授業でも多用します。発言を文章や絵に戻すことで、子どもの工夫と、それによって生まれた効果をはっきりさせることができます。
 「具体化する」。子どもの語彙は限られています。そこで、「こういうことかな?」「○○で、○○なんだね」と大人が補ったり代弁したりします。「その子の事実」が明確になるでしょう。
 「事実と意見を分ける」。子どもは闇雲に絵を描きません。どの部分にも「その子がそうした理由」があります(※9)。でも子どもは事実と意見を混ぜて発言します。そこで「こう思ったから(意見)、こうしたんだ(事実)」のように、事実と意見を解きほぐすように進めます。
 「組み立てる」。「ここを塗って、こうなったので、こう感じたんだね」のように子どもの発言を、目の前の絵にそって、順序良く組み立て直しましょう。そうすることによって絵の論理性がお互いに整理できます。
 「伝える」。そのうちに、だんだんと、子どもの絵が分かってきます。「そうか、そういう理由でこう描いたのか」「これにはそんな工夫があったのか」。そのとき、うれしいような、驚いたような感情が湧いてきます。すかさず、その気持ちを素直に伝えましょう(※10)。「すごいなあ」「素敵だなあ」。あれ?「褒めるな」って言っていたのに……。
 「大丈夫です!」
 この段階で出てくる言葉は自然です。自分の気持ちがこもっているので説得力があります。何よりあなたはいつの間にか笑顔になっています。

5.楽しむ

 「できた」を共有し、「ここは?」と尋ね、自分の気持ちを素直に伝える。それが、子どもが自分の絵を持ってきた時の話し方です。それは本当に楽しい行為です。絵を描いた本人より、絵を見ている大人の方が楽しいかもしれません。子どもが「できた!」と持ってきた時、それは至福の時を味わうチャンスです。ぜひチャレンジしてみてください(※11)。

 

※1:ある先生が「小学校の先生は反射的にほめてしまう癖がある」と言っていました。
※2:人は、自分に生じた考えや気持ちをそのまま伝えることが上手くありません。例えば夜遅く帰ってきた子どもをつい叱ってしまいますが、それは二次的な感情で、一次的には「よかった、無事に帰ってきた」です。これを真っ先に伝えるだけで、その後の展開は変わってきます。
※3:学び!と美術Vol.12「ほめて育てる?」参照
※4:褒めたり、叱ったりすることが成績の向上(あるいは低下)につながったというのは錯覚にすぎないという研究もあるようです。
※5:子どもの思いや工夫は部分に宿るものです。どこか絵の部分を指さすだけで「そこはね…」とうれしそうに話してくれます(詳しくは、学び!と美術Vol.36「子どもの絵の見方」参照)。
※6:学び!と美術Vol.25「子どもの見方」参照
※7:学び!と美術Vol.06「『その子らしさ』の図画工作・美術」参照
※8:大人は児童画という「まなざし」を持っています。四つ切、クレヨン、絵具、定番の画材や紙、参観日などに展示されるという制度、私たちは児童画という枠組みから子どもの絵を見ているのです。「聞く」ことは、私たちの「まなざし」を、その子の実践にそって、問い直す行為です。
※9:学び!と美術Vol.36「子どもの絵の見方」参照
※10:以前、ピアニストに「褒められるより、『いい気持になった』『楽しかった』と自分の素直な気持ちを伝えてもらえた方がうれしくないですか?」と言ったことがあります。すると「確かにそうだけど、それ以上にうれしい言葉がある」と教えてくれました。それは「もっと聞きたい」だそうです。なるほど、だからプロでもアンコールの拍手がうれしいんですね。絵で言えば「もっと見たいな」「ほしいな、この絵」「飾りたいな」でしょうか。それは最高の褒め言葉、殺し文句でしょう。
※11:でも、毎回や始終は無理です。忙しければ「できたね!」だけでいいと思います。部分的でも十分でしょう。