学び!と美術

学び!と美術

児童画コンクールQ&A
2015.11.10
学び!と美術 <Vol.39>
児童画コンクールQ&A
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 秋は児童画のコンクールが行われるシーズンです(※1)。読者の中には審査や出品に携わる人や児童画の審査に興味のある人がいると思います。今回は児童画コンクールについてQ&A形式で考えてみます。

Q1:児童画のコンクールって必要ですか?

 コンクールという制度自体は、すでに100年以上前から批判されています。「概念を生成、固定化するのがコンクールだ」というわけです(※2)。教育界でも「一人一人描いたその子らしい作品に賞を与えること」の是非について論争がありました。また、なぜ四つ切画用紙なのか、なぜ学年別なのかなどの意見もあります。
 これらを踏まえた上で、筆者は児童画コンクールが必要だと考えています。それは子どもをよりよく育てようとする社会的な仕組みだからです。まず児童画コンクールには、子どもだけでなく親や先生など、その応募作品数の数倍の人々が関わっています(※3)。さらには展覧会を主催する会社や官公庁など、様々な組織が連携しています。この仕組みは「子どもの育ちを可視化する場」であり、「大きな学校」と呼べるでしょう。児童画コンクールがなくなったら、それらが全て消えるわけですから、教育的な損失だと思うのです。海外ではあまり行われていないので、公教育の水準が全国的に保障されている日本のよさかもしれません(※4)。

Q2:児童画コンクールの現状は?

 大きく見れば縮小傾向にあります(※5)。「児童数の減少」「学校の多忙化」「図画工作・美術の時間の減少」「費用対効果による予算削減」など複数の原因が考えられます。一方で、60年以上続けている地域のスケッチ展(※6)や、10年以上かけて数千点から20万点まで出品者を増やしたコンクールもあります(※7)。新聞社や地域のスーパーを中心に活動を続け、50万点以上の出品数を誇る展覧会(※8)もあります(※9)。共通するのは、児童画を通して地域の社会関係の維持、発展に貢献している点です。コンクールは単純に子どもの育成の場だけではないのです。先生にとっては、児童画コンクールは大事な教員研修の場です。審査しながら子どもの発達について考え、指導法の妥当性を検討します。そこでは都道府県や市町村の教育研究会や造形教育研究会のような教育団体が重要な役割を果たしています(※10)。

Q3:何人くらいで審査するのですか?

 出展数が多い場合は一次審査、二次審査などが行われますが、最終審査では概ね4、5人の審査員が話し合いながら、半日から一日かけて審査を繰り返します(※11)。複数による審査は「偏った見方にならない」「一人の価値判断に流れない」という点で安心です。他の審査員の推薦理由を聞いて、気づかなかった子どものよさを発見することがよくあります。
 審査員は、教育関係者だけの場合もありますし、アーティストや会社役員など教育関係者以外が含まれることもあります。教育関係者はQ4をおさえてくれますが、教育関係者以外は新鮮な視点や感じ方を示してくれます。筆者も漫画家や宇宙飛行士の方などと一緒に審査していますが、その新鮮な見方、子どもを見抜く目、社会的な批判精神などに多くを学んでいます。

Q4:審査にポイントはありますか?

 欠かせないのは子どもの発達です。「クレヨンがしっかり持てるのは何歳か」「スクリブルの後に、丸を描き始めるのは何歳ごろか」「男女にはどのような違いがあるのか」「絵の具を使いこなすのは何年生か」「写実的に描写したい欲求が生まれるのはいつか」などです。発達を考慮に入れることによって、単純に上手な絵ばかり選ぶことを防ぎます。「どの子どもにも受賞のチャンスを開く」ことが保障されると言い換えてもよいでしょう(※12)。
 また、指導方法も大切なポイントです(※13)。教育系の審査員は「図画工作や美術の指導技術」「教科書に掲載されている作品」「現行学習指導要領のねらい」「新しい教育課程の改訂の方向性」などを知っています。そこから「子どもに描かせた先生の作品」と「主体的に子供が描いた作品」を見分けることができます(※14)。「教育的に妥当な作品」は児童画コンクールでは大事な要素でしょう(※15)。他には「児童画成立の歴史」「昭和と平成の児童の描画の変化」などの歴史的な観点、「海外の児童画」「地域固有の表現」「学校と塾」など地域や場所の観点も大切です(※16)。

図1 結晶を描いている

図2 粉雪、風の向きも分かる

図3 東京四谷の大雪、雪が玉になっているのが分かる

図1、2は北海道の雪の絵、図3は東京の雪の絵。北海道では氷点下なので固まり合わず結晶のまま降る。そのため子どもはよく粉雪や星形のように描く。ノルウェーなどの北欧でも雪を星のように描くケースが見られる(※17)。

Q5:どのように審査するのですか?

 審査員の多くは単純な上手下手では選びません(※18)。絵から、そこに表れているその子の能力を見ようとします。部分と全体、クレヨンの重なり、筆のタッチなどまで詳細に見ながら、「こんなことを感じたんだな」「ここに工夫があるな」など絵の作者になりきって考えます。いわゆる「絵から子どもの声を聞く」のです。
 もちろん絵からは先生の声も聞こえてきます。「はい、ここは大きく描きましょう」「近い部分と遠い部分をかき分けようね」などですが、それはそれで必要なことです。「学校に来ましょう」「絵を描きましょう」というのは大人の決めたことですし、何もかも「自由な絵」がよいというわけではありません(※19)。大事なのはバランスです。「子どもの声:先生の声」が「8:2」くらいでしょうか?
 そうやって、子供の声と大人の声を聞き分けながら、子どもの発想や構想、創造的な技能などを評価していくということになります。ただし、絵から何もかも分かるわけではありません。分かるといってもせいぜい1割程度でしょう。いくら経験を積んでも子どもに届かないことは多く、そのことに謙虚になることは大切なポイントです。

 

※1:一口に児童画コンクールといっても、一日だけで行われたり、一年かけて実施したり、その目的や内容も考えればその在り方は様々です。ここではある程度作品数を集めて審査する展覧会を取り上げました。
※2:例えば「児童画らしさ」、あるいは「美術とは」「名品とは」(学び!と美術Vol.33参照)。
※3:10万~50万点規模の展覧会だと50万~200万人くらいが関わっていることになります。
※4:国際的な児童画展の場合、海外からの出品はほとんど画塾で、学校単位は少ない。
※5:数万点規模の全国コンクールが近年、中止や縮小をしています。
※6:第64回所沢市子ども写生大会(2015)。所沢市内在住・在学の幼児・小学生・中学生と高校生・保護者を対象にした写生大会が西武園ゆうえんちで開催されています。
※7:第14回ドコモ未来ミュージアム(2015)。第一回は数千で始まりましたが、2014年に20万点を超えています。
※8:CGC 第34回全国児童画コンクール(2015)。CGCグループは全国のスーパーマーケットで構成する日本最大のコーペラティブチェーンです。地域のスーパーが作品を集めたり、展示したりするなど、地域の教育の場として活動している様子が報告されています。
※9:児童画ではありませんが「ゆうちょアイデア貯金箱コンクール」は毎年80万点以上の作品が出展されています。郵政省時代の貯金箱コンクールでは200万を超え、郵便局員さんが学校と家庭、地域を結んで作品の集荷や返却をしていたそうです。
※10:県単位の児童画コンクールを廃止したことで、造形教育研究会自体が弱体化した例が散見されます。
※11:最終審査では数百点程度にしぼられていることが多いようです。大規模な展覧会だと一次審査から関わる審査員数は数十人になります。
※12:発達が分かると「子どもの描いた線か、それとも大人か」も分かります。中学生になるとそれも難しくなりますが、幼児から小学生では大事です。
※13:文部科学大臣賞など特に教育課程との整合性が問われる場合は、文部科学省の教科調査官が最終的な判断を行うことが多くあります。
※14:題材、構図、塗り方等、最初から最後まで全て先生の指示通りに描かれている絵のことです(学び!と美術Vol.27参照)。教育関係者でも気づかないことがあるので、審査に図画工作や美術教育の関係者が入るのは大事でしょう。
※15:純粋に絵画的な水準を追求する展覧会もあります。「第9回アートクラブグランプリ in SAKAI」(2015)は、堺市が主催する全国中学校美術部の作品コンクールです。美術部の生徒が何十時間もかけた作品を出品し競い合う、まるで美術部の甲子園です。
※16:多様な視点で審査ができますし、Q1で述べた「児童画らしさ」がどのような歴史で構成されたかという問題にも自覚的になれます(学び!と美術Vol.7参照)。
※17:奥村高明『子どもの絵の見方』2010 東洋館出版
※18:幼児の絵に「この絵は絵画的に面白い」「斬新な構図だ」「色が新鮮だ」と大人の価値観を押し付ける審査員もいます。メタ認知しながら、絵画的な面白さや、構図の斬新さを考えて描く幼児が絶対にいないとは思いませんが……。
※19:まったく指導が入らないと「荒れた絵」になります。ほどよい支援や指導は大切です。