学び!と美術

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【インタビュー】2020東京オリンピックは芸術の祭典?!
2016.01.12
学び!と美術 <Vol.41>
【インタビュー】2020東京オリンピックは芸術の祭典?!
秩父宮記念スポーツ博物館学芸員 新名佐知子氏
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 新年おめでとうございます。今年はリオ・オリンピックの年、「オリンピックはスポーツの祭典!」いえいえ、実は芸術の祭典でもあるのです。「芸術競技」がオリンピックで行われていた時代もあります。秩父宮記念スポーツ博物館の新名佐知子学芸員にインタビューしてみました(※1)。

1.スポーツと芸術の融合

著者「オリンピックで『芸術競技』が行われていたのはいつですか。」
新名「1912年のストックホルム大会から1948年のロンドン大会までです。建築、彫刻、絵画、文学、音楽の部門において、スポーツを題材とした作品により競い合うコンペティションでした。日本は、1932年ロサンゼルス大会と1936年ベルリン大会の芸術競技に参加しています(※2)。選外でしたが山田耕筰も出品しているんですよ。」
著者「現在も芸術分野で展覧会やコンクールで競い合いますが、オリンピックとはつながりませんよね。」
新名「現代の感覚からするとそうでしょうね。でも、近代オリンピックの祖であるクーベルタンは古代オリンピックの考え方を理想として精神と身体の調和が取れた教育をめざし、『スポーツと芸術の統合』を提唱していたんですよ。」
著者「なるほど、そもそもオリンピック自体が教育なんですね。」
新名「はい。現在のオリンピック憲章においても『スポーツを文化、教育と融合させ生き方の創造を探求する』(※3)と定められています。オリンピック大会では、スポーツが持つ精神性や美を表現し発信することが重要な取組みなんです。」
著者「スポーツと芸術が融合してはじめてオリンピック精神が達成されるというのは、興味深い話ですね。」

2.芸術の祭典としてのオリンピック

著者「1964年の東京オリンピックでは『芸術競技』は行われていませんよね。」
新名「『芸術競技』は1952年ヘルシンキ大会から『芸術展示』となってコンペティションの性格はなくなります。開催国の文化を展示や公演などで発信することになるんですね。1964年の東京オリンピックでは、日本古美術や日本の近代美術、また、能などの伝統芸能などが上野を中心とした美術館、博物館あるいはホールで公開されいているんですよ。」
著者「2020年の東京オリンピック・パラリンピックでも文化プログラムが用意されていますね。」
新名「現在は、自国の文化だけでなく国際的な文化芸術のイベントで各国の文化を紹介することになっています。1992年のバルセロナ大会以降、前回のオリンピック大会終了後から次の大会開催までの4年間で文化芸術に関わるパフォーマンスや展示、舞台公演、伝統的スポーツなどを行うのが慣習です。2020年の文化プログラムは、リオ・オリンピック終了後からスタートというわけです。」
著者「オリンピックは今も芸術を含めた祭典なんですね。」

3.スポーツと芸術文化のこれから

著者「でも、現実はエンブレムや建築のような話ばかり盛り上がっています。」
新名「はい。残念ですがスポーツと芸術文化をつなぐ意識が欠如していると思います。スポーツをイベントで終わらせるのではなく、文化として成立させないといけません。例えば、秩父宮記念スポーツ博物館に1936年ベルリン大会の芸術競技作品が収蔵、展示されていたことも知られていないでしょう。」
著者「初めて来館したときに知りましたが、面白かったです。今は休館中で見ることができませんが。」
新名「私たちも反省しないといけないんです。作品の背景がわかるように解説していなかったし、大きな油絵は展示スペース不足のために収蔵庫で保管したままでした。日本が出品した芸術競技作品の行方も十分確認されていないんです(※4)。海外のスポーツ文化に対する取組みに比べれば、学芸員や研究者も含めた日本の研究体制は不十分です。」
著者「私自身も美術の方向ばかり向いて美術教育を考えていた気がします。もう一度クーベルタンの精神に戻って考えてみたいと思いました。今日はありがとうございました。」

 新名学芸員の話は、日本が海外の受賞作品を日本へ持ち帰るなど戦前からスポーツと芸術文化をつなごうとしていたこと、クーベルタンのスポーツと文化の融合の思想に立ち返ってスポーツ史、美学、社会学などジャンルを超えた教育や研究が必要であることなど興味深い事例ばかりでした。中央教育審議会で教科の本質的な意義が問われている現在、示唆を与えてくれるように思います(※5)。

■1936年ベルリン大会芸術競技 会場風景(※6)

日本会場の展示風景

※1:秩父宮記念スポーツ博物館は、独立行政法人「日本スポーツ振興センター(JSC)」によって運営される日本で唯一の総合スポーツ博物館。スポーツの振興に尽くされ、「スポーツの宮様」として広く国民に親しまれていた秩父宮雍仁親王ゆかりの博物館で、オリンピックと日本のスポーツ史に関する資料、芸術作品、本や雑誌などを収蔵し、展示や展覧会を行っていた。収蔵品の中には1940年の幻の東京オリンピックの招致活動資料や、1964年東京オリンピックのポスター等、1936年のベルリン大会の芸術競技に出品された作品など貴重な資料がある。現在は、国立競技場取り壊しにともなって休館中。
※2:日本の参加について、1932年ロサンゼルス大会は、総出品数、約1100点のうち47点の出品。長永治良「蟲相撲」(版画)が銅メダルの下に設けられた選外佳作を獲得。1936年ベルリン大会は総出品数810点のうち79点の出品。藤田隆治「アイス・ホッケー」、鈴木朱雀「古典的競馬」の絵画2点が銅メダルを獲得、また、長谷川義起「国技(押せば押せ)」(彫刻)、江 文也「台湾舞曲」(音楽)が選外佳作を獲得。
※3:「オリンピズムの根本原則」『オリンピック憲章』国際オリンピック委員会 2014年 p.11
※4:大分県立美術館には1932年ロサンゼルス大会に出品された日名子実三「ラグビー」、秩父宮記念スポーツ博物館には1936年ベルリン大会の畑正吉「スタート」、須坂版画美術館には1936年ベルリン大会の小林朝治「スケート」山口進「鉄槌投」が所蔵されている。
※5:本稿は、栗原祐司(東京国立博物館)新名佐知子(秩父宮記念スポーツ博物館)「東京オリンピックにおける文化プログラムの歴史と展望」全日本博物館学会第41回研究大会口頭発表(2015.6)に基づいている。
※6:ORGANISATIONSKOMITEE FÜR DIE XI. OLYMPIADE BERLIN 1936 E. V. “XITH OLYMPICGAMES BERLIN,1936 OFFICIAL REPORT”,1937,pp.1106-1128