学び!とシネマ

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奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ
2016.08.04
学び!とシネマ <Vol.126>
奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ
二井 康雄(ふたい・やすお)

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 教育を、洗濯機とタオルにたとえた教育者がいる。教師が洗濯機なら、生徒は、さまざまな性質を持ったタオルである。一律に、強く洗濯しても、丈夫なタオルもあるが、たいていは、ぼろぼろになってしまう。タオルごとに、その性質を見抜き、洗い分ける。もちろん、そういった、優れた性能が、洗濯機に要求される。なるほどと思う。
 優れた洗濯機、教師が登場する映画が、「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(シンカ配給)というフランス映画だ。全編、ドキュメンタリー・タッチで描かれるが、ちゃんとした劇映画である。ただし、じっさいにあった出来事に基づいている。
 フランスのパリ郊外。レオン・ブルム高校の新学期が始まる。1年生の、おちこぼればかりのクラスに、歴史と美術を教える女教師、アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)が赴任してくる。アンヌ先生は、厳格ではあるが、ひとりひとり、生徒と向き合う。教員歴は20年、アンヌ先生が挨拶する。「教えることが大好き、退屈な授業はしないつもり」と。

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 クラスは、まるで、人種のるつぼ。いろんな国からの移民の生徒たちがいる。宗教もちがえば、ものの考え方もさまざま。しっかりと勉強をしないといけないことは分かっていても、成績はよくない。陰湿ないじめなどは存在しないが、生徒同士のちょっとしたいざこざは、日常茶飯事である。
 フランスには、中学生、高校生を対象にした、「レジスタンスと強制収容所」についての研究コンクールがある。1961年、当時の教育大臣、リュシアン・パイが創設したコンクールで、人権と民主主義の原則に関わる価値を継承し、その正当性と近代性を評価させる目的である。
 アンヌ先生は、このコンクールへの参加を提案する。フランスからも、多くのユダヤ系の人たちが、アウシュヴィッツに強制的に送られている。やっかいなテーマであり、本来の成績には関係のない研究である。生徒たちのほとんどは、そろって反対する。それでも、説明の当日、そこそこの生徒たちが、参加する。研究対象を分担したり、ともかく、研究がスタートする。
 そんな矢先、アンヌ先生が、ひとりの老人を教室に招く。大量虐殺が行われた強制収容所からの、数少ない生存者のひとり、レオン・ズィゲル(本人)である。レオンは、アウシュヴィッツの悲惨な状況を、生徒たちに語り出す。

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 フランスだからこその映画とは思うが、教師たるものは、どうあるべきかも、描いている。映画に出てくるような、国の歴史を直視した、若い人たちによる研究コンクールは、日本の国の発想では、まずありえない。ほんの、ここ70年ほどの歴史である。当時を知る人も、どんどん少なくなっている。私見だが、日本の、いまの政治状況を憂える人は、増えているように思う。当たり前のことを当たり前に発言する。当然なことである。このフランス映画は、きちんと、平和と自由が、いかに大切で、貴重なものかを、きちんと訴えている。
 映画に登場する高校生マリック役のアハメッド・ドゥラメが、自身の体験をシナリオに書き、女流の映画プロデューサー、監督のマリー=カスティーユ・マンション=シャールが、全面的に協力、映画が実現した。
 高校生のころ、世界史の教師が、教科書から離れて、フランス革命の重要さと、いろんなクラシック音楽のおもしろさを語った。優れた洗濯機、いや、いい教師だったとおもう。ささいなきっかけが、優れた効果をあげるのも、教育の効用かもしれない。
 いまの日本。本作をきっかけに、学び、教育は、どうあるべきか、さまざまな議論が活発になればと思う。

2016年8月6日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAico_linkヒューマントラストシネマ有楽町ico_link角川シネマ新宿ico_linkほかにて全国順次公開!

『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』公式Webサイトico_link

監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
脚本:アハメッド・ドゥラメ、マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
配給:シンカ
【2014年/原題:Les Heritiers/105分/フランス語/シネスコ】