形 forme
(図画工作・美術)

形 forme
(図画工作・美術)

創造の種を育み「発見」を共有する
2010.09.30
形 forme(図画工作・美術) <No.294>
創造の種を育み「発見」を共有する
巻頭のことば より
アーティスト 鈴木康広

forme2941

 この夏、瀬戸内海の島々を舞台に開催中(10月31日まで)の瀬戸内国際芸術祭に「ファスナーの船」という作品を出展しました。全長11mのファスナーの形状をした船は、観客を乗せて海を走行します。船の描く航跡を海が「開く」ように見立てる試みです。
 この作品は、日常のふとした発見から始まりました。8年前、国内線の飛行機にはじめて乗った時のことです。窓から東京湾を眺めていると、突然、一隻の船が視界にとび込んできました。その瞬間、僕の目は船をファスナーに見間違えてしまったのです。
 これをきっかけに、いつか乗船できる「ファスナーの船」をみんなで眺めてみたいと思いました。しかし船をつくるなんて夢のような話。実現するにはどうしたら良いか見当もつかず、唯一考えられたのは、ラジコンの船を改造して公園の池を開いてみることでした。実験の当日、通りかかった人たちの顔から笑みがこぼれた瞬間、確かな手応えを感じました。その後、実験の映像をいろいろな人に見せたり、構想のスケッチを描いたりと、アイデアを人に伝える活動を日常的にくり返しました。
 そしてついに、瀬戸内国際芸術祭というチャンスに巡り会いました。しかし実現するためには、船の入手、制作費の工面、安全性の確保、運航するための船長さんの手配など数々な課題に直面しました。ちょうどその頃関わりのあった原美術館の方からの紹介で知り合った川崎の造船会社の社長さんがプロジェクトに賛同して下さり、漁船を一隻提供して下さいました。それをはずみに動きだし、その後も多くの人たちに支えられて、一つひとつ問題を解決していくことができました。
 「ファスナーの船」の実現によって僕があらためて感じたことは、アイデアは授かったものだということです。アイデアの神様は創造の種をみんなに配り、その種が育つチャンスを僕たちに委ねているのではないでしょうか。種をみんなと共有できるものに実らせられるかは僕たち次第。任務でもあると感じています。僕は「ファスナー」も「船」も双方が喜んでくれるようなものにしたいと思っていました。今後も見た人の記憶がいきいきとよみがえるような作品をつくっていきたいと思っています。

プロフィール
 1979年静岡県浜松市生まれ。2001年東京造形大学卒業後、映像インスタレーション「遊具の透視法」の発表をきっかけに国内外の多数の展覧会やアートフェスティバル、デザインイベントに参加。代表作「まばたきの葉」は、現在もパブリックスペースでの展開を続けている。昨年、羽田空港で開催された「空気の港」では展示全体のディレクションを担当。今夏、瀬戸内国際芸術祭に「ファスナーの船」を出展し話題を呼んだ。
鈴木康広 Webサイトico_link