学び!とシネマ

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地の塩 山室軍平
2017.10.19
学び!とシネマ <Vol.139>
地の塩 山室軍平
二井 康雄(ふたい・やすお)

©山室軍平の映画を作る会

 マタイによる福音書の5章の一節に、「あなたがたは地の塩である。……あなたがたは世の光である」とある。映画「地の塩 山室軍平」(アルゴ・ピクチャーズ配給)の冠のタイトルは、ここからのものと思われる。
 山室軍平とはどういう人物か。40代、50代の10人ほどに聞いてみた。ほとんど、知らない、と答える。ひとりだけ、「救世軍で、貧しい人を救った人」と答える。
 映画は、山室軍平の一生を、忠実にダイジェストしながら、辿っていく。
 山室軍平(森岡龍)は、明治5年、岡山の貧しい農家に生まれる。優しい母親の登毛(渡辺梓)は、いつも、病弱の軍平に語る。「無事に育ち、人の迷惑にならず、人の役にたつような人間になれ」と。貧しいながらも、鶏を飼っている。母は、軍平に語ったことが叶うよう、卵を食べないと、神に誓う。
 貧しさは変わらない。軍平が9歳のとき、質屋の養子となり、勉強に励む。15歳になった軍平は、さらに勉強しようと、上京を決意する。やがて、軍平は、キリスト教と出会う。これが軍平の一生を、大きく変えるることになる。

©山室軍平の映画を作る会

 軍平は、新島襄(辰巳琢郎)を知り、京都の同志社で、新島襄の教えを受ける。
 明治22年、軍平は、吉田清太郎(水澤紳吾)と出会い、ふたりは、キリスト教の伝道で、軍平の故郷近くの高梁に向かう。途中、軍平は故郷に立ち寄る。登毛とひさしぶりに会うが、登毛は、いまなお卵を口にしない。さらに深い母の愛を感じた軍平は、恵まれない人たちに救いの手をさしのべることが、自らの救いとばかり、救世軍に身を投じる。
 軍平は、妻の機恵子(我妻三輪子)の支えもあり、貧乏ながら、世のため、人のための活動に邁進することになる。
 山室軍平の残した功績は大きい。娼妓の自由廃業を推進する。無料の労働紹介所や結核療養所を開設する。児童虐待防止運動を始める。救世軍の歳末慈善鍋で募金活動を始めるなどなど。
 軍平は、不器用だが、一途。その信じた道を歩み続ける。仲間たちから慕われ、母と妻、子どもたちへの愛を抱きながら。
 いまの日本で、山室軍平の生涯を描いた映画を撮る人たちがいることに、敬意を表したい。よくぞ、撮った、と思う。いま、日本映画の多くが、いわゆる娯楽映画。原作が、コミックや、評判になった小説、テレビドラマという映画が目立つ。そんななか、これは、清潔で誠実な映画と思う。

©山室軍平の映画を作る会

 撮影監督は、ベテランの高間賢治。風景の美しさはもちろん、行灯の明かりを忠実に映像にする。その計算されつくした映像は、見事だ。「月山」、「12人の優しい日本人」、「ラヂオの時間」、「ナビイの恋」など、高間賢治が撮影監督を務めた傑作は多い。
 音楽は、舞台音楽を多く手がける内藤正彦。明治のころの流行り歌にまじって、シンセサイザーを使ったと思われる現代音楽が、要所要所に使われる。静謐ななかの金属音が、敬虔な祈りにも似て、心なごむ。
 監督は、共同で脚本を担当し、企画段階から深く関わった東條政利。「9/10 ジュウブンノキュウ」、「カフェ代官山~それぞれの明日~」など、誠実な映画作りを貫いている。
 軍平と母、登毛との、卵について語るシーンは、3回ある。監督は、軍平たちに寄せる母の愛の深さが伝わる重要なシーンという。じっくりと見てほしいとのこと。
 いまの日本映画で、このような地味な題材の映画を撮ること自体、奇跡かもしれない。よく製作を決意され、配給が決まり、一般公開されるなあと、驚くほどだ。
 映画は、正攻法で、清潔、誠実な作りに徹し、撮りたいように撮る。その数少ない見本のような作品。
 一部の人たちは、うるおっているかも知れない、いまの日本。経済格差はますます広がり、女性や老人、子どもといった弱者にとって、厳しい時代である。私利私欲、党利党略しか考えない政治家たちは、少しは、山室軍平の残した仕事を見習うべきだろう。恵まれない人たちや、弱者に手をさしのべる。それがほんとうの政治、政治家だと思うのだが。

2017年10月21日(土)より、新宿武蔵野館ico_link岡山シネマクレールico_link他、全国順次ロードショー

『地の塩 山室軍平』公式Webサイトico_link

出演:森岡龍、我妻三輪子、辰巳琢郎、伊嵜充則、水澤紳吾、小柳心、芹澤興人、兒玉宣勝、髙澤父母道、おかやまはじめ、KONTA、堀内正美、渡辺梓
監督:東條政利
ゼネラルプロデューサー:上野有 協力プロデューサー:河本隆
脚本:我妻正義、東條政利 撮影監督:髙間賢治(JSC) 照明:上保正道
録音:中村雅光 美術:小出薫 装飾:極並浩史 衣裳:手塚勇、村島恵子
メイク:宇都圭史 結髪:新井みどり 音楽:内藤正彦
編集・CG:伊藤拓也 タイトルロゴ:MalpuDesign 佐野佳子
制作:現代ぷろだくしょん 製作:山室軍平の映画をる会
企画協力:Breath 配給:アルゴ・ピクチャーズ
2016/日本/カラー/DCP/1時間47分 ©山室軍平の映画を作る会