学び!と美術

学び!と美術

美術を核にした教育プログラム
2018.01.10
学び!と美術 <Vol.65>
美術を核にした教育プログラム
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 先月号で、これから社会に対して美術の成果を訴えるプログラムが求められると述べました。本稿では、その一例として読売教育賞2017美術教育部門最優秀賞(※1)を受賞した「地域の色・自分の色」実行委員会の教科融合型学習プログラムを紹介します(※2)

色をテーマに「問い」が発展する教科融合型の学習プログラム

 「地域の色・自分の色」のいう教科融合型とは、理科+美術、国語+社会のような既存教科の接合ではありません。科学、社会学、言語学、芸術学などが溶け合って、一つの探求的な学習が行われるイメージです(※3)。中心的なテーマは色です。色をもとに子ども一人一人が問いを生み出す学習が展開します。
 実地調査に訪れたのは姫島村、大分県の国東半島の北東部、面積約7km2の姫島にある一島一村の行政区域です。人口は約1900人、代表的な特産物は黒曜石(※4)や車エビ(※5)、7つの火山によって形成された島は多様な地層や岩石が見られることで有名です(※6)。2013年には日本ジオパークとして認定されました(※7)。この姫島の小中学校で「地域の色・自分の色」学習の一つが行われています。
 姫島の海岸では、黒曜石をはじめとして黄、赤、薄緑といろいろな色の石を拾うことができます。姫島小の児童はこれを砕いて粉(顔料)にして絵具をつくり、絵を描きます。クルマエビの殻を蒸し焼きにし、炭をつくって文字を書いたり、植物で染料をつくって布を染めたりもします。その過程で色の仕組みを考えたり、関連する美術作品を鑑賞したりするなど多様な学習が展開されます(※8)
 学習を貫くのは子どもたち一人一人の問いです。参観した授業は、植物で布を染めた後に、問いを整理する場面でした。「どうすればきれいな色が出るのか」「なぜ出し方が違うと色の濃さが変わるのか」などの技術的な問い、「どうして水温が違うと色が変わるのか」「どうして枯葉は色が出ないのか」などの科学的な問い、さらに「なぜ花には色があるのか」「なぜ(世界に)色はあるのか」などの概念的な問いも生まれていました。「地域の色・自分の色」学習は、次々と問いが生まれるようにデザインされており、これを追求することで、無理なく科学や言語、社会などが絡み合って学習が進むようになっています。

美術を中心とした学習プログラム

 もう一つの特徴は、プログラムの中心に美術が位置づいていることです。すべての学習で美的な感性、創造的な思考、子どもの感じる美しさなどが大切にされています。
 国東市の安岐中学校では、「おいしい色って、どんな色?」という実践が行われました。生徒は国東地域の野菜や果物などを集めて並べ、撮影し、それをもとに布をつくって装います。野菜に加え、鯛や車エビ、タコなど地域の食材を用いて「ジアスピザ(※9)」をつくり、それを食します。子どもたちは美的な感性を常に働かせながら学習活動を展開し、地域の自然や社会について考えるというわけです。
 背景には2015年に開館した大分県立美術館の哲学があります。美術館の管理運営をつかさどる公益財団法人(※10)の佐藤禎一理事長は「鑑賞を含めた芸術活動は、教育全般をその根底で支え、成熟した社会を形成する」と述べています。芸術は社会形成の根底にあり、欠かせない要素だという考え方です。そこから「学校や地域の公民館等で、地域の歴史や文化を色や形という美術的な視点から見直す」のです。すでに評価の決まった美を教え込み、味わわせるのではなく、美術が本来持っている豊かさや感性などの視点から地域を問い直すのが、大分県ならではの美術館教育なのでしょう。

社会的な広がりと地域的な支援で深化する学習プログラム

 プログラムを実行する「地域の色・自分の色」実行委員会は美術館だけでなく、県、教育委員会、大学など複数の組織で構成されています(※11)。市町村や教育委員会などの行政組織は、人的支援、予算的配慮などを行います。大学の研究者は、科学的な調査やデータに基づいてエビデンスを蓄積します(※12)。公的な組織による実践の支援と、研究機関による成果の明確化などによって、子どもたちの学習を広げ、深めることが可能になっています。
 地域ごとに個性がはっきりしている大分県の強みも生かされています。大分県は、江戸時代に中津藩、杵築藩、臼杵藩などの八藩が分立し、それぞれ独自の文化が育まれていた場所です。1980年代には、一村一品運動(※13)を通して地域活性化や人材育成が図られました。今も、地域に応じて特徴のある文化や社会、経済などが形成されています。その上に学習プログラムが立脚しているのです。
 姫島村の実践も、2013年の日本ジオパーク認定がきっかけです。2014年から始まった「地域の色、自分の色」は、姫島の地層、人々の生活、地域の願いまで取り込みながら学習が進みました。そのときの小学生は今、中学3年生、学習成果をいろいろな形で示しています。例えば、「ハガキ新聞(※14)」はフェリーポートに持ち帰り自由で展示され、より多様な人々と交流し合えるようになっています。学力も大きく伸び、姫島村長は「近年子どもたちの成績が上がって、中学校は九州でトップクラス」と嬉しそうに語っていました。村とともに発展する教育だということが、本学習の重要なポイントなのでしょう。

 

 学習指導要領の改訂にともない、「社会に開かれた教育課程」「カリキュラムマネジメント」などの言葉が飛び交っています。既存の観光資源を取り入れただけの地域連携、美術科と他教科の表層的な合体などが行われれば、図画工作科や美術科は直ちに道具と化すでしょう。図画工作科や美術科で大切にしていることを中心において(※15)、子どもと社会の育ちを見つめるプログラムの開発が急務です。大分県の実践はそのための示唆を与えてくれるように思います。

 

※1:1952年に始まった読売教育賞は、小・中・高、幼稚園、保育所、教育委員会、PTAなどを対象に、意欲的な研究や創意あふれる指導を行い、すぐれた業績をあげている教育者や教育団体を顕彰しています(美術部門は隔年おき)。「もし全教科で一つ選ぶのであれば、この実践だ」という声もあったそうです。
※2:「地域の色・自分の色」実行委員会 実行委員長:照山龍治(公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団専務理事)、副委員長:簑田祐二(大分県教育センター副所長)、副委員長:木村典之(大分県教育庁義務教育課)、事務局長:塩月孝子(公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団)、参与:藤井康子(大分大学教育学部准教授)
※3:網代島で行われた学習のイメージ図

※4:マグマの水中噴出などで形成されるガラス質の火成岩。姫島産の黒曜石は乳白色から黒灰色の独特の色をしており、国の天然記念物に指定されています。写真は灰褐色の特徴的な黒曜石が露出している観音崎。

※5:かつて塩田が盛んで、その跡地で昭和35年から養殖されています。村長のアイデアによる「車エビのしゃぶしゃぶ」は特に有名です。
※6:金火山のふもとでは、粘性の強い溶岩が流れた縞模様の跡がよく分かる地層が見られます。

※7:「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた造語で、ユネスコの定める基準に基づいて認定された世界ジオパークと、日本ジオパーク委員会が認定した「日本ジオパーク」があります。
※8:佐伯市立宇目緑豊小学校では「宇目色クレヨン」をつくって絵を描いています。

※9:ジアスとはGIAHS(世界農業遺産)のこと。杵築市を含む国東半島宇佐地域では、古くから多くのため池とシイタケ原木のクヌギ林が繋がれ、限られた水を有効に活用する農林水産循環システムが作り上げられています。平成25年には、国際連合食糧農業機関(FAO)から世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。
※10:公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団。大分県の芸術文化の2大拠点施設「大分県立美術館」と「大分県立総合文化センター」を管理運営しています。
※11:関係機関連携推進協議会の構成員は大分県、大分県教育委員会、関係市町村・関係市町村教育委員会、大分大学、大分県芸術文化スポーツ振興財団、研究者等、有識者に元文部科学省事務次官、元国立美術館理事、弁護士など。
※12:津久見市の第一中学校の実践では、色彩感覚、創造性、語彙力などの変容を分析しています。
※13:当時の大分県知事である平松守彦が提唱し、大分県の各市町村がそれぞれ異なる1つの特産品を育てることを通して人材育成や地域活性化を図った地域振興運動。シイタケ、カボス、関アジ、関サバなどが有名です。
※14:『はがき新聞(公益財団法人理想教育財団)』は葉書サイズの新聞。生徒一人一人が地域で学習した成果を一枚にまとめ、フェリーポートの待合室に展示しています。
※15:感性や創造力、発見する力、やり遂げる力などいろいろあげられるでしょう。ただそれが具体的に何なのか、エビデンスはあるのか、と言われると現時点では誰も証明していません。ただ、証明されていないからあきらめるのではなく、これから明らかにする志が大事だと思います。