学び!と道徳2

学び!と道徳2

道徳科の指導法②
2018.05.02
学び!と道徳2 <Vol.07>
道徳科の指導法②
岡田 芳廣(おかだ・よしひろ)

 新しい年度が始まりひと月が経とうとしていますが、先生方は如何お過ごしでしょうか? 入学式、学年・学級開き、様々なガイダンスなどが終わり、やっと落ちついた学校生活に戻られたのではないかと思います。道子たち早稲田大学道徳教育研究会MOSの仲間も新しいメンバーを加えて12人になりました。本年度初めての集まりでは、今年は2週間に1回、研究授業と研究協議会を自主的に行い、授業力の向上を図ると意気込んでいました。
 前回に引き続き、イギリスの学校の授業をもう一つ紹介しようと思います。写真は中学生の化学の授業です。学校は、1576年に設立された公立の男子校で、11歳から18歳までの生徒が学んでいます。かの有名なロックスター「ミック・ジャガー」の母校でもあります。生徒たちは科学者のように白衣を着て、実験室で真剣に考え、活発に発言していました。授業の内容は物質の質量でした。日本の学校では、先生が初めに質量とはこのようなものですと定義を説明することが多いですが、この授業では、重さが同じだが大きさ、形、素材などが違ういろいろな条件での事例をもとに先生があれこれと質問して、生徒自身が質量の定義を納得するまで考えます。このように先生と生徒が問答を続けていく指導方法は、哲学者のソクラテスが、弟子たちに教えるのではなく、問答を通して自分たちで考えさせた方法で、「ソクラテスメソッド」と言われます。イギリスの先生は、「ティーチャー」よりも生徒に考えさせる「ファシリテーター」です。
 それでは、今回も道徳科の授業について学んでいこうと思います。学習指導要領で、考える道徳、議論する道徳が求められていますが、イギリスで行われているような生徒自らに考えさせる授業も参考になるのではないかと思います。

1 考える道徳・議論する道徳

真理「岡田先生、これからの道徳科では、考えたり、議論したりする授業が求められていますがどうしてですか? 今までの授業でも先生が質問して生徒が考え、先生と生徒、生徒同士が話し合う授業をしていたと思いますが……。」
「確かにそうですが、本当に深く考えたり、議論したりしていたでしょうか? 例えば、前回取り上げた『人形』では、老夫婦の立場を尊重することが大切だという道徳的価値には多くの生徒は気付きますが、なぜ相手の対場を尊重しなければならないのか、相手を尊重するということはどういうことか、自分は日ごろ相手を尊重しているだろうかなどについて考えを深めなければ、単なる教材の読み取りだけに終わってしまいます。学習指導要領には道徳科の目標として、『よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、①道徳的諸価値についての理解を基に、②自己を見つめ、③物事を広い視野から多面的・多角的に考え、④人間としての生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。』と、考えるための視点が具体的に述べられています。特に、考えを深めるためには広い視野から多面的・多角的に考えることが挙げられています。(番号・下線:筆者)
 道徳的価値について自分の理解が浅いことや自分の考え以外にも多様な考えや価値観があることに気づかせるには、友達と話し合うことがとても有効です。このことが、議論する道徳が重視されている理由の一つでしょう。」
真理「自分を見つめることはとても難しいと思います。私は友達と話しているうちに、自分の課題に気づくことがあります。」
「そうですね! 自分を冷静に見ることは、大人でもなかなか難しいものです。反抗期の真っただ中にいる中学生に、『あなたは相手を尊重していますか?』と聞くと、『また先生のお説教か!』と逆効果になってしまうことがあります。心理学にはメタ認知という言葉があります。一つ上の次元から自分の認知状態を見つめることで進む自覚や自己理解のことです。メタ認知は他者と話し合うことにより深まります。『私たちは日ごろ相手のことを尊重して行動しているだろうか?』と対象者や視点を広げて議論することが大切です。」
道子「議論することが大切なことはわかるのですが、生徒たちは授業になるとなかなか発言してくれません。どのようにすれば議論するようになりますか?」
「議論を上手にさせるには、いくつかのポイントがあります。一つは、議論をする前に考える時間を与えて自分の意見をもたせることです。意見がないと人の話を聞いているだけで話し合いに参加できません。また、意見をワークシートや付箋に書かせておくことも有効です。二つ目は、話しやすい雰囲気をつくることです。座席が隣とか前後の人は日ごろから話すことが多いのでそのペアで議論するバズセッション。誰もが発言できる4人ぐらいのグループ・班で行うグループワーク。生徒同士が向かい合うように机をコの字型に並べて座り意見を言い合うディベート。机を端に寄せて円を作って座り、発言者はボールを持って話し、次の発言者にボールを渡すサークルタイムなどがあります。三つ目は、話し合いのルールを決めておくことです。司会者を決めて、司会の指示に従い発言すること。初めに全員が一人一人順番に自分の考えを発表して、意見交換をすること。友達への質問や感想は意見交換が終わった後に行うことなどを事前に決めておくとよいでしょう。」
道子「社会科では、考えを深めるためにディベートを時々行います。しかし、ディベートでは勝敗を決めますが、普遍的な道徳的諸価値について学ぶ道徳科でも可能ですか?」
「確かにゲームのように簡単に勝ち負けを決めるわけにはいきませんね。『人形』では、作者の小林秀雄さんは『もしだれかが人形についてよけいな発言でもしたら、どうなっていたであろうか。』と最後に述べています。ここで作者のように話をしない側と何か話をするべきである側に分かれてディベートをすると、話さない側からは、ねらいとする道徳的価値である『相手の立場の尊重』が出てきますが、話す側からは、黙って食事をするのは失礼だと道徳的価値の『礼儀』が出てきます。ともに生きていくのに大切な道徳的価値ですから、当然、甲乙を付けるわけにはいきません。このようなことは私たちの生活でもしばしば起きることです。どうすればよいか考え、最善の対処方法を考えていくことが大切です。このことが学習指導要領で道徳科において育成する資質・能力として、道徳的な判断力を一番に挙げている理由だと思います。道徳的な判断力は、様々な状況下において人間としてどうのように対処すればよいかを道徳的諸価値の理解を基に考え、理性的に判断する能力です。この能力を育成するためには、道徳科において生徒が自ら考え判断する授業をすることが求められます。」
「音楽では美しいメロディーやハーモニーを聞いて感動しますが、なぜ美しいのか理論的に考えるよりも、まず、美しいと感じる感性が大切です。判断力は大切ですが、道徳的な心情も大切ではないでしょうか?」
「響君のように美しいとか善いと感じたり、『人形』の老夫婦の苦しさや悲しさを察したりできることはとても大切です。しかし、人間は時としてその場の雰囲気や感情に流され、発言や行動をして後悔することがあります。常に冷静に考え、判断することはよりよい人生を送るためにはとても大切なことだと思います。」

2 主体的・対話的で深い学び

道子「新しい学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びを実施することが求められていますが、道徳科ではどのように考えたらよいですか?」
「『主体的・対話的』は、生徒が自分で考えたり、友達と議論したりする考える道徳・議論する道徳に通じると思います。『深い学び』については、道徳科の指導で配慮する事項として、『(5)生徒の発達の段階や特性等を考慮し、指導のねらいに即して、①問題解決的な学習、道徳的行為に関する②体験的な学習等を適切に取り入れるなど、指導方法の工夫をすること。その際、それらの活動を通じて学んだ内容の意義などについて考えることができるようにすること。また、③特別活動等における多様な実践活動や体験活動も道徳科の授業に生かすようにすること。』と述べられています。(番号・下線:筆者)」
真理「問題解決的な学習は、具体的にどのように行えばよいでしょうか?」
「学習指導要領の解説には、『道徳科における問題解決的な学習とは、生徒一人一人が生き る上で出会う様々な道徳上の問題や課題を多面的・多角的に考え、主体的に判断し実行し、よりよく生きていくための資質・能力を養う学習である。』とあります。これは生徒が道徳的諸価値を基に、適切な行為を自ら選択し、実践しようとする意欲や態度を育成することです。また『人形』を使って考えてみましょう。老夫婦と相席になった場面で、『皆さんがこのような場面に遭遇したらどうしますか? その理由も併せて考えてください。』というような課題を生徒たちに与えて、グループで議論させてみたらどうでしょうか? 生徒たちは道徳的諸価値を基に、実行可能な最善の解決策を具体的に考えると思います。」
真理「体験的な学習等を取り入れるとは、どのような指導をすればよいのでしょうか?」
「学習指導要領の解説には、具体的な道徳的行為の場面を想起させ追体験させることや、教材に登場する人物等の言動を即興的に演技して考える役割演技など疑似体験的な表現活動を取り入れた学習が紹介されています。『人形』において、老夫婦と相席している場面を写真のように役割演技させてみたらどうでしょうか? さらに演じた生徒に実際に体験してみてどのようなことを思ったか感想を発表させることにより、教材を読むだけでは気づかない登場人物の思いをクラス全体で共有するができます。ただし、体験的な学習では演じさせるだけで授業を終わりにしてしまったら、ねらいとする道徳的価値の理解や意義などについての考えが深まりません。演じて気が付いたことや考えたことを、必ず振り返らせることを忘れないようにしてください。」
「特別活動などで行った活動を道徳科の授業に活用するのは、例えば合唱コンクールで体験したことを授業の題材にするようなことですか?」
「そうですね。役割演技などの疑似体験と違って、生徒たちも自分たちが実際に体験したことなので、考えや議論が深まると思います。合唱コンクールは、役割と責任や協力などの体験として道徳科の導入や展開で活用すると効果的でしょう。ただし、学級活動の反省会にはならないように注意してください。新しい学習指導要領ではカリキュラムマネジメントが重視されています。総合的な学習の時間で行われる『職場体験』と道徳科の『勤労観』をクロスカリキュラムで実施するような工夫も今後さらに考えていくことが大切でしょう。」

 第7回は授業づくりの参考になりましたでしょうか? 次回は教科化で先生方がおそらく一番心配されている「道徳科と評価」について考えていきたいと思います。ご期待ください。