ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.1 > p23〜p26

海外の情報教育の現場から
イギリスの総合学習と情報教育の動向
大阪教育大学助教授 田中 博之

 イギリスでは,10年ほど前に学習指導要領が制定される前から,日本で今話題になっている総合的な学習や情報教育を先進的に実施してきた。ここではその新しい動向を紹介することにしたい。

1.ナショナルカリキュラムと総合学習
 周知のように,現在イギリスでは,1988年教育改革法によって,イングランドとウェールズの学校において,ナショナルカリキュラムとよばれるわが国の学習指導要領にあたる法的資料に規定された教育を行うようになっている。設定当時は,教育界で「自由」と「平等」をめぐって賛成意見と反対意見が大きく分かれて論争になったものである。

  その詳細は類書に譲ることにして,ナショナルカリキュラムの設定理由は,イギリスの学校教育において,子ども達の基礎的な知識・技能の習得を高めることであった。そのため年齢段階に応じた教科別学習内容の明確化による学校教育の均質化をねらったものである。

  それと呼応するようにして,中等教育の修了試験的性格を持つGCSEと大学入試資格試験的なA-levelといった客観テストによる統一試験や,そこでの各学校の教科別得点を記載して新聞紙上で公開されるリーグテーブルなどが家庭の教育的関心を集めるようになったため,これまでのようなプロジェクトや具体的な活動を通した学習よりも,一斉授業や学習プリントを多用することによって教師達がともかく教科別のナショナルカリキュラムをこなすことに細心の注意を払っているというのが現状のようである。

  しかしながら実際には,1990年に国立カリキュラム審議会(National Curriculum Council)が,正式に総合学習をナショナルカリキュラムに位置付け,総合学習のトピックとして,以下の5つを示している※注1。

・経済と産業についての理解
・キャリア教育とガイダンス
・健康教育
・公民教育
・環境教育

  これら5つの総合学習のテーマは,さらにいくつかの小項目からできている。例えば,健康教育を例にとってみてみよう※注2。

(健康教育の下位項目)
・薬の使用と誤使用 
・食物と栄養
・性教育 
・個人の衛生管理
・家庭生活の教育 
・健康教育の環境的側面
・安全 
・健康教育の心理的側面
・健康のための運動

  さらに,ナショナルカリキュラムの導入以降,長い伝統を持つトピック学習の再評価がなされ,その意義とナショナルカリキュラムでの位置づけを具体的に提案する動きもでてきた※注3。

  このような総合学習のテーマを用いたカリキュラムの開発においては,まず具体的なテーマを選び,それに関わる学習スキル,学習内容,教材と資料等を明確にしたうえで,さらに,ナショナルカリキュラムに規定された教科との関わりや他のテーマとの関連を明らかにすることになる。従って,各学校での創意ある単元開発が求められているのである。

※注1 NCC (1990) Curriculum Guidance Series, No.1-8.
※注2 NCC (1990) Curriculum Guidance Series, No.5.
※注3 Palmer, J. & Pettitt, D. (1993) Topic Work in the Early Years, Routhledge, London. および,Arnold, R. (ed) (1991) Topic Planning and the National Curriculum, Longman, London. など。
2.イギリスのナショナルカリキュラムと情報教育
 では,こうしたわが国の教育改革の動向を率先して実施してきたイギリスの情報教育をあり方を参考にしてみたい。

  ナショナルカリキュラムにおいては,情報教育は,Information Technology,つまり多様な情報技術を用いて,基本的に各教科の中で,各々の教科特性を活かしながら実践されることになっている。いわゆる教科横断的な(cross-curricular)方法である。これが「情報科」として独立教科になるのは,Key Stage 4という後期中等教育の段階においてだけであるが,それも選択教科として履修可能となっている。

  ナショナルカリキュラムでは,各教科での創意工夫が可能になるように,情報技術を活用する方法と獲得すべき情報能力を,キーステージ1(小学校1・2年),キーステージ2(小学校3〜6年),キーステージ3(前期中等教育),キーステージ4(後期中等教育)という4段階に分けて,その大枠を明示している。そして,情報能力を,「情報を分析,処理,提示したり,さらに,外界の事象のモデル化,計測,制御を行うために,情報技術や情報源を有効に使う能力」であると定義している。

  さらに,この4つの段階を貫く情報技術の活用能力の発達レベルを8段階に設定し,子どもの望まれる行動特性を明記している。

  ここで全ての到達目標について紹介することはできないが,わが国の情報教育の在り方と比較して特徴的なことは,イギリスの情報教育では,情報という観点からみた事象のモデリングと,情報を受け取る相手であるオーディエンスの特性理解を組み入れていることである。前者のためには,人工知能の技術を用いた視覚的な数量化のソフトウェアが開発されている。

  この他に注目すべきこととして,情報教育は,中等教育の終了試験と,シックスフォームとよばれる大学入試試験対策を目的とする中等教育の最終課程(2年間)の進学資格試験的な性格をもつ,GCSE(General Certificate of Secondary Educa-tion)という全国統一試験の入試科目になっていることである。

  このように,イギリスでは,系統的でかつ包括的な情報教育カリキュラムが完成しており,わが国の次期学習指導要領の改訂に示唆するところが多い。
3.情報スキルと学習スキルの育成
 さらに,ナショナルカリキュラムにおける総合学習では,テーマという内容面だけでなく,子どもが習得すべき学習技能として次のような6項目が規定されている。一例として,環境教育で必要とされている学習技能のリストを紹介しておこう※注4。

1 コミュニケーション(communicAtion)

・異なるメディアを通して,環境について考える視点とアイデアを表現する
・環境問題について明確かつ簡潔に議論する

2 数的処理(numerAcy)

・環境に関するデータを収集,分類,分析する
・環境に関する統計を解釈する

3 調査研究(study)

・多様な情報源から,環境に関する情報を検索,分析,解釈,評価する
・環境問題についてのプロジェクトを組織,計画する

4 問題解決(problem-solving)

・環境問題の原因と結果と明らかにする
・環境問題について,論理的な意見を構成し,バランスのとれた判断を行う

5 対人的,社会的関係(personal and social)

・他者と協力して働く
・環境についての個人および集団の責任をとる

6 情報テクノロジー(information tech-nology)

・環境についてのデータをデータベースに入力する
・コンピュータを用いて環境に関連する調査研究のシミュレートをする

  以上の項目からも分かるように,総合学習では,子どもたちが自立した研究者や実践者になるために必要な実践技能の習得を重視しているのである。この中でも特に注目されるのは,「プロジェクトの組織と計画」という項目である。ここでいうプロジェクトには,調査活動だけでなく環境浄化作戦も含まれている。主体的な問題解決的学習に欠かせない学習方式である。

  また,項目6にあるように,情報教育は,総合学習を実施したときに必要な情報機器やソフトウェアの活用能力としても位置づいている。

  このような実践技能は,日本とは異なり,イギリスの学校教育においてはナショナルカリキュラムの導入以前にも大変重視されて,多くのハンドブックが出版されている※注5。

※注4 Smith, I. (1994) Environmental Education, In Verma, G.K. & Pumfrey, P.D.(eds.) Cross curricular contexts, themes & dimensions in primary schools, The Falmer Press, London, 116-128.
※注5 Avann, P. (ed.)(1985) Teaching information skills in the primary school, Edward Arnold, London. など多数。
4.マルチメディアの活用と交流学習
 では最後に,新しい学習の道具であるマルチメディアがどのようにして総合学習での子どもの活動を支援しているのかをみてみよう。

  総合学習の成立要因の一つは,子どもが扱うことのできる資料の豊富さである。そのためのサポート体制が充実していることも見逃すことができない。

  イギリスでは,まずBBCやChannel4といったテレビ局が学校放送番組とそれに対応したビデオやコンピュータソフトを含むマルチメディアパッケージ教材の開発と販売を積極的に行っている。まだ番組そのものに総合学習と名付けられたものはないようだが,各教科を核とした総合単元においては威力を発揮するだろう。

  さらに,電話会社であるBT(British Telecom)も,健康教育としての緊急電話サービスや,ステフィという女の子がヨーロッパ諸国を訪れて,お金,食べ物,飲み物,友達などについて考える国際理解教材,そして同様の環境問題を扱った教材も販売している。中学校向けとしては,人工衛星から送られてくる環境データを受信する地球基地と,その回りの環境について学習する教材「Project Earth Station」も作られている。

  最近では,特にBBCとBTが,学校教育向けのインターネットサイトを開設し,環境問題や国際理解,外国語の習得,世界の芸術,地理,など多様なテーマに対応した数多くの部屋を用意している。BBCは,BBC Networking ClubおよびBBC2 West-minster On-lineを,そしてBTは,Campus Worldという名称のホームページを開いて活発な活動を行っている※注6。

  このようなマルチメディア通信技術は,国内の学校どうしの交流を深めるだけでなく,ヨーロッパ統合をひかえて,環境問題をテーマとした総合学習プロジェクトを支援し始めている。

  例えば,キングズカレッジの教育研究センターでは,マーガレット・コックス博士のグループが水をテーマとしてイギリスとリトアニアの交流を行うプロジェクトを推進している。ここでは,湖水データ分析用のコンピュータソフトの開発や,リトアニアの学生を招いてのインターネットホームページ開設講習会の開催等,新しい情報技術が不可欠の交流手段になっている。

さらに今年になって,ヨーロッパ連合は,コメニウス計画という初等・中等教育での国際交流による多様な学習を支援するプロジェクトを発足させ,現在参加校を募っている。これからの展開が期待されるところである。

[参考文献]
(1) 田中博之・木原俊行・山内祐平共著
『新しい情報教育を創造する 7歳からのマルチメディア学習』
ミネルヴァ書房 1993年

(2) 田中博之編
『マルチメディアリテラシー 総合表現力を育てる情報教育』
日本放送教育協会 1995年

※注6 マルチメディア教材とそれぞれのホームページの詳細は,インターネットで見ることができる。それぞれのURLは,以下の通り。
BBC: http://www.bbc.co.uk/
Channel4: http://www.schools.channel4.co.uk/
BT: http://www.campus.bt.com/
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