ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.11 > p15〜p19

海外の情報教育の現場から
ちょっと垣間見たアメリカの教育の情報化
早稲田大学本庄高等学院 半田 亨
w165128@mn.waseda.ac.jp
 急遽,夏休みの末(8/31〜9/6)に共同研究をしている同僚の教員2名(高山正弘—英語,木元保—数学・情報)とアメリカへ視察旅行をすることになった。そんな短い旅行でも私には興味深く感じられる内容が多々あり,ひょっとしたら読者の方にもご参考になることが多いかもしれない。ここでは,「垣間見た…」と題してその断片をご紹介したいと思う。
1.シリコンバレーとSan Jose
 日常的にシリコンバレーというが,そのような地名はない。San Joseを中心とするSan Francisco南部地域の総称である。
 ここは全米でも有数の高所得者の住む場所で,住宅価格は5本の指に入るらしい。治安も全米で群を抜いていいとのことである。この地で働く人 々の中には,世界から集まったベンチャーの起業家や腕に自信のある技術者が多い。そのため教育にも熱心で,この地区の教育水準はやはりアメリカでも群を抜いている。例えば,SAT(Stanford Achievement Test)—9 Reading,Language and Mathematics Testsにおいては,1998〜2000各々の年2〜11のグレードすべてにおいて,州・国の成績はいずれも40〜60ランクに属するのに対し,この地区はすべて,80〜90のランクに属している(Palo Alto Unified School DistrictのWebページによる)。
 1995年以降2000年には32%に達したシリコンバレーの経済成長率は,2001年には3.5%に落ち込む見通しで,大手企業では数千人レベルのレイオフが相次ぎ,全米の失業率4.5%を超えているとさえ言われている。ベンチャー投資も,1999年の水準に戻りつつある。しかし,それは1990年代のInternetを中心とするIT技術の草創・発達期から,2000年代に入りInternet社会の成熟期へと時代が変化しつつあることを示すものであると私は考える。時代のターニングポイントの中で肥大・乱立した企業が贅肉を落とされ,淘汰され,生き残る企業が成熟期という時代に参加できるということなのだ。
 私の勤務校のOBでありこの地で活躍しているK君とW君は,次の10項目をシリコンバレーの気風として紹介してくれた。

 1)革新・起業家精神を尊重する文化
 2)知識の高い集約
 3)能力が高く,流動的な労働力
 4)結果第一の能力主義
 5)リスクを取ることを高く評価し,失敗を許容する環境
 6)オープンなビジネス環境
 7)大学及び研究期間と産業部門との交流
 8)企業・政府・非営利団体間のコラボレーション
 9)高い生活水準
 10)ベンチャーキャピタリスト,弁護士等のスペシャリストがハイテク企業のニーズを理解,ベンチャー企業を支援

 景気が冷え込みつつあるシリコンバレーではあるが,人々がポートフォリオを携えて自分を会社に売り込んだり,アイディアをもって起業したりする様子は変わらない。2000年代,この10項目はかえって先鋭化し,ここに来る人々に厳しく要求されるようになるだろう。さらに,世界のIT企業の基準にさえなるかもしれない。2人は日本とアメリカの会社の違いについて,特に「専門性」を指摘した。日本の会社の場合は「会社の全体を知る」という目的でいろいろな部署に回されるが,アメリカの大企業の場合,経営者は経営のみ,技術者は技術のみでその分野の専門家である。他の分野には口を出さない代わりに手腕を振るえるが,責任も重く収入も大きい。経営者や技術者のヘッドハンティングは日常茶飯である。
 このような環境に暮らして,「日本の高校生にどのような教育を望むか」と最後に聞いた。

 1)英語力,特にディベートやディスカッションをこなす力(それは「度胸」などといった要素も含む)
 2)コラボレーションをこなせる責任意識
 3)プレゼンテーション能力
 4)失敗をおそれないチャレンジ精神とその裏付けとなる綿密な分析力
2.Palo Alto Unified School District訪問
 私たちは,学校や企業視察だけでなく,学校を統括する箇所と学校との関係を知りたいと考えていた。その意味で,日本の教育委員会にあたる箇所の訪問がかなったことは幸いであった。
 DirectorのMarie Sciglianoさんをはじめとする3人の方が対応してくれた。ここは,コンテンツの豊富なWebページを有している(http://www.pausd.palo-alto.ca.us)。高山が詳細にこれを読み,質問事項を4項目にまとめ,予めメールでSciglianoさんに送っていたので,会見は時間を無駄にせずに進んだ。それを含めた当日の質問と回答の大筋は以下の通りである。

Q:教育におけるこの地区の情報インフラ整備はどうなっているのか?
A:数年前に親と企業の協力でインフラ整備が進んだ。情報関連企業に働いている人が多いのでモチベーションが高く,スキルの導入が簡単だった。行政機関としてのSchool Districtは,各学校のニーズに応じてアシストはするがコントロールはしない。配線まではやるが,どう使うかは学校の責任である。

Q:IT教育の普及に関して地区教育委員会など行政の役割の将来像はどのようなものか?
A:教師の意識改革,ネチケット教育の普及などである。地区の生徒たちにはSTUDENT HAND-BOOK A Guide to the Internet and District Information SystemsというWebサービスの案内冊子を配布している。

Q:インフラや人員の手配はどうしているか?
A:Technical Peopleと呼ばれる,システムをサポートする人々をフルタイムで各学校が雇っている。教師が日常メンテナンスに追われるということはない。これはHuman Resource Com-panyにIT Peopleとして登録されている人々から派遣され,手当は各学校が払う。


Q:父兄,初等,中等教育機関との連携においてどのような計画があるか?
A:Webによるサービスを充実させる。例として子どもたちがWebで宿題を提出するe-homework制度がある。どんな宿題が出ているか親もチェックできる。School Districtのページから管轄する各学校のe-homeworkのページへ行ける。また,先生が地区の先生たちと連絡を自由に取り合っている。先生もすべてアドレスを公開していて生徒がメールで問い合わせている。これらのサービスはすべてSchool Districtのサーバで集中管理をしている。

Q:現職教員のための講習会等の運営はどのように行われているか?
A:教師に対してはsummer training,routine train-ingなどができるようになっている。

Q:情報リテラシーやITスキルは教師になるための必要条件か?
A:そのようなことはない 。ITスキルに関して,教員になろうとするものは大学で6 units of IT classを受講するだけでよい。これはワープロやスプレッドシート,データベースなどを授業でいかに利用するかという内容の授業である。これでは足りないのでこの地区では新人に対してNew Teacher Technology Orientation,全教員に対してPower Up for Classroom Technology という冊子を渡して勉強してもらっている。

 総じて大変興味深い会見だったが,特に印象深かったことは,Webページが地区のelementary,middle,high school間を有機的に結びつける機動力の役割を果たしていること,またここが教員のスキルアップや学校の情報環境整備について明確なリーダーシップをとっていることである。方針,地区のデータ,生徒や親への教育情報提供,教材リソース提供やe-library,e-homework,学校や教員へのリンク,教員間の掲示板など,その役割は通常ありがちなカタログ的紹介のページをはるかに超えてデータベース,サービスセンターなど幅広い機能を果たしている。逆にこことしては,利用状況や質問等により,地区の教育の問題点や生徒・父母の要望を的確に知ることができ,リアルタイムに学校現場を改善していける。
 こと,教育の情報化において,一つの学校だけで努力することは限界があり,効果的でない。学校や国の枠を飛び越えて展開する,横の広がりが必要である。一方,学年を超えた縦の広がりの必要性も見逃してはならない。年齢差を超え様々なコラボレーションプログラムを展開することにより,同学年では経験できない社会生活における役割分担・責任意識を経験できる。このことにより学校・国境を越えた平面的な広がりに縦軸が加わり,教育プログラムに立体感が出てくる。このような立体感のある教育プログラムを作るためには,このような地域の学校を有機的に結びつける仕組みが不可欠である。

Palo Alto High School
▲Palo Alto High School

日本語の選択授業の様子
▲日本語の選択授業の様子
3.Palo Alto High School訪問
 Palo Altoは,スタンフォード大学と一帯となった,アカデミックな雰囲気の街である。Palo Alto High Schoolはこの地区で極めてハイレベルな教育を行う公立校として知られている。
 校舎に入ると,副校長のChuck Merritt氏が迎えてくれた。挨拶の後,最初に通された授業は日本語の選択授業だった。語学の授業にはそれぞれ専用の部屋があり,この部屋は周囲の壁が日本語のポスター,日本地図などで飾られていた。各語学共通のPCの端末室が一つあり,そこのシステムには各語の入力システムがインストールされていた。
 次に案内されたのは,iMacの置かれた端末室である。ここは普段施錠されていて,アシスタントも2名常駐している。FTP作業など,ファイルサーバを利用する授業で使う部屋らしい。ちょうどグレード9の生徒が生物の選択授業を受けていた。
 生徒たちが取り組んでいる課題は,ある研究者を指定し,「彼女のWebページから宿題を見つけだし,その解答を自己紹介とともに彼女へメールで送ること」「検索エンジンで細胞の分かりやすい画像を見つけだし,それをdigital lockerへURLとともにFTPする」ことである。この「研究者」は学校外の博物館の人であるが,予め授業担当の先生と協力体制の打ち合わせが済んでいるらしい。女生徒に「コンピュータを利用する授業は通常の授業に比べてどうか?」「この宿題を提出しないとどうなるのか?」と聞いたところ「こっちの方がいい」「授業時間にできなければ自宅で行う。出さない人はいないから,それでも出さない場合どうなるかはわからない。」と舌を出して笑っていた。
 次に案内されたのは倉庫のようなところで,ドアを開けてすぐのところが大学にある機械科の研究室のような雑然とした部屋で,隅にPCが10台ほど置かれている。ここでは,ロボットコンテストに出展するロボット・制御ソフト及びその紹介Webページを作っている。その奥に壁を隔てて照明を落とした暗い部屋があり,そこには21インチディスプレイのPCが20台ほど置かれ,3D-CADの選択授業を行っていた。
 どちらの部屋もグレード9〜12の縦割りのクラスとのことである。ロボットコンテストは日本でも近年盛んであるが,こちらのものは作品の紹介のWebページ,紹介アニメ,生徒の協力体制を納めたビデオ,そしてロボット本体と,4つの作品の総合的な判断で評価されるとのことである。従って,学校としての良いコラボレーションプログラムになるらしい。そのレベルは極めて高く,WebページはFlashを使いインタラクティブに作られており,アニメは3Dで作られハイレベルでプロ顔負けの出来である。
 最後に,最新のiMacが並んでいる美術の選択授業で用いるビデオ編集室に案内された。
 このような設備に関する予算はどうするのかと聞いたところ,寄付もあるがほとんどは州からの交付金であるとのことだった。ちなみにこの学校には過去にSteve Jobsの息子が在籍しており,来年またその下の子供が入学する予定とのことである。端末室にAppleが多いのはそのせいかどうかはわからない。ブラウザもNetscapeだけであり,Explorerはどの端末にも入っていない。理由を聞くと,「Microsoftはシアトルで遠いから」と笑っている。さすがお膝元だけあって話のスケールもちょっと違う。
 概略を訪問順に述べたが,いろいろな目的に応じた端末室があり,専門性の高い利用の仕方をしていることは感じてもらえたと思う。詳細についてはとてもこの紙面で紹介している余裕がないので,興味をもたれた方は是非Webページ(http:// www.paly.net/)で確認していただきたい。コンパクトにまとめられたWebページであるが,これはWeb Teamと呼ばれる7人の生徒によって作成されている。Webやファイルサーバは生物の授業例で述べたように教育の情報化の核としてよく利用されているようで,e-homeworkももちろん行われている。2で紹介したSchool DistrictのWebページとも有機的に結ばれている。
 Chuck副校長は,帰り際にPalo Alto High School Technology Installation Plan─A Proposal the Digi-tal High School Project─という50ページ余りの緑の冊子を渡してくれた。これにはDigital High Schoolの構想とその実現のためのタイムテーブル,乗り越えるべき課題などが詳細に書かれている。日本では,一つの学校だけでこのように課題を分析し,未来構想を冊子にし,学校一丸となって実現に取り組むという事例はほとんどないのではないか。

生物の選択授業の様子
▲生物の選択授業の様子

ロボット制作の部屋
▲ロボット制作の部屋
4.終わりに
 最後に,参考になる方もいるかと思うので,出発前の様子を簡単に述べたい。
 教師は,夏休みでも自由な時間が結構取れないものである。6月頃,それでも無理しても行って勉強しようということになった。まず訪問先探しであるが,9月はアメリカでは新学年早々と時期も悪く,私は半ばあきらめかけていた。高山が直接いくつかの学校をWebで検索し,ダイレクトに学校にメールを書くという地道な交渉を続けた。「行政の方向も見たいね」とSchool Districtに打診してくれたのも彼であった。木元は旅行会社と交渉し,旅行スケジュールをすべて設定してくれた。特に,訪問先のスケジュール調整がすべて決まったのは8月下旬,出発間際だったので苦労したと思われる。私は? というと,訪問先へのお土産(塗箸,扇子,手ぬぐい,校名入りのボールペン)を買っただけです。この場を借りて,両名に心から感謝します。

3D-CADの選択授業の様子
▲3D-CADの選択授業の様子

ビデオ編集室の様子
▲ビデオ編集室の様子
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