ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.13 > p1〜p5

論説
情報科で目指す21世紀の子ども像
国立教育政策研究所教育研究情報センター総括研究官 堀口 秀嗣
1.子ども像

 「情報に長けた高校生ってどんな生徒?」と聞かれてすぐに答えられる人がいるだろうか。日本の情報教育や情報活用能力の定義にはすらすら答えられても,子ども像となると筆者も心許ない。

  すぐに答えられなくてもよい。時間をかけてもよいから,まずは情報教育に関わる者として,お互いに自分なりの答えをみつけておきたいものである。ゴールは高校卒業までにどういう生徒に育てたいかである。その「子ども像」無しで情報教育を実施してしまっては,単なる知識や技能や方法の切り売りになりかねない。

  高校での学習指導要領の完全実施が1年後に迫ってきた。体系的な情報教育の実施が今回の改訂で打ち出された情報教育の特徴である。小学校3年生から日本の情報教育は始まる。必修で総合的な学習の時間や情報教育の時間が確保され,高校でも必修で教科「情報」が行われるのである。高校の情報教育を1年間とすれば8年間,高校を3年間とみれば一人の子どもが10年間にわたって情報教育を受けてくるのである。10年間,情報活用能力の育成をスローガンに新しい学習指導要領に沿って全員必修の形で情報教育を受けてきた生徒が高校を卒業するときに,どういう情報活用能力をつけた子どもであって欲しいのだろうか。

 子ども像無くして,情報教育を行う事なかれ

  高校で情報教育を担当する人に必ず持っていただきたいハートである。

  国際的にも,18歳段階での能力が規定されてきている。K—12(K to Twelve)という用語で初等中等教育が定義されている。Kが幼稚園,12年生が高校3年生である。21世紀は世界中が高度情報通信社会(Highly Informatized Society)を形成する世紀である。それに乗り遅れたら,情報後進国になってしまうのである。だからこそ,21世紀の先進国になるために各国が教育の情報化に取り組み,優れた「情報に長けた社会人」を教育によって排出しようとやっきになっている。それほど,国力の重要な要素として科学教育や情報教育をとらえているのである。どういう子どもに育てたいのか,高校はその最後の砦なのだ。

2.アメリカのISTE
 アメリカは州が教育制度を決定し,教育内容を規定し,ゴールや評価を設定する。したがって,アメリカの教育は州ごとに違っている。そして,その大部分の権限は教育行政の基礎単位になる学区(School District)に委譲している。だから,教育設備,教育内容,教育方法などは全米で16000ほどある学区がそれぞれに決めているとも言える。しかし,情報教育に関してはISTE(International Society for Technology Education)という財団(公益法人)がモデルカリキュラム(National Educational Technology Standard 通称NETS Project)を定め,各州,各学区がそれを参考にしながら実施している(http://www.iste.org)。その意味では,日本の学習指導要領に近く,全米で統一したカリキュラムに近いものができている。それだけ重視されているともいえる。

アメリカのISTE
http://www.iste.org

  これを決めたり,それに沿った指導案作りをしたりするのに,数千人という相当たくさんの市民,教育関係者,教育研究家,教育行政関係者が関わっている。それだけ,様々な角度から検討され,作成された基準(Standard)なのである。
3.ISTEの子ども像
 ISTEは最初に,子ども像(TechnologyCapable Kids)を定義している。その概要を教師に伝えるためのパワーポイントのプレゼンテーションと,児童生徒用のプレゼンテーションが提供されている(http://cnets.iste.org/download.html)。


http://cnets.iste.org/download.html

  子ども像とは,

Our Educational System Must Produce Technology-Capable Kids
Within a sound educational systems students can become:
・Capable information technology users
・Information seekers, analyzers, and evaluators
・Problem solvers and decision makers ・Creative and effective users of productivity tools
・Communicators, collaborators, publishers, and producers
・Informed, responsible, and contributing citizens

  mustという言葉を使っているところに,開発したモデルカリキュラムに対する並々ならぬ自信が表されている。「日本で情報教育を学んだ者は,必ずや,…ということができる人になる」と断言できる人がいるだろうか。例えあなたが自由に10年間の情報教育を決められる立場にあっても,難しいことであろう。

  ここで注目したいのは,スキルのことを述べているのではなく,社会で役立つ応用部分であり,人材であることを短い言葉で述べていることである。職種としてではなく,必要なときに,・で述べているような役割を果たせる人になることができる「子ども像」なのである。
4.6つのカテゴリー
 前述のテクノロジー活用の資質を,ISTEでは6つのカテゴリーで整理している。日本の情報活用能力が情報活用の実践力と情報の科学的理解と情報社会に参画する態度の3つの内容で定義されたのと形としては似ているが,内容はずいぶん具体的である。

1.Basic Operations and Concepts
2.Social, Ethical, and Human Issues
3.Technology Productivity Tools
4.Technology Communications Tools
5.Technology Research Tools
6.Technology Problem-Solving, and Decision-Making Tools

  訳せば次のようになるだろう。

1.基礎的操作技能と概念理解 2.社会的,倫理的,人間的問題
3.創造・生産の道具としてのテクノロジー
4.コミュニケーションの道具としてのテクノロジー
5.研究・探求の道具としてのテクノロジー
6.問題(課題)解決,意志決定の道具としてのテクノロジー

  ここで大事なのは,どんなにテクノロジーが変化しても,それを道具として適切に対応でき,それを目的に対して適切に使いこなせることが求められているのである。6つのカテゴリーが幼稚園〜12年生まで一貫しているのである。
5.複数学年と10の行動目標

 この6つのカテゴリーは独立軸である。もう一つの独立軸として発達段階がある。ISTEのカリキュラムでは,これが4つの段階で整理されている。

 [1]K−2年生,
 [2]3−5年生,
 [3]6−8年(中学2年)生,
 [4]9(中学3年)−12年(高校3年)生

というように,複数学年で内容が定められている。各段階の最終学年でその力がついていればよくて,学年ごとに決められているわけではない。

 各段階は10の行動目標で定義されている。その10の行動目標が6つのカテゴリーのどこに該当するのかが定められている。つまり,2年生でどの程度の力を有する児童か,というように,その最終学年の子ども像が規定されているのである。

 2年生の段階では,カテゴリーとしては,

 1.基礎的操作技能と概念理解
 2.社会的,倫理的,人間的問題
 3.創造・生産の道具としてのテクノロジー

に関連するものが大半であり,高校3年生では,

 2.社会的,倫理的,人間的問題
 4.コミュニケーションの道具としてのテクノロジー
 5.研究・探求の道具としてのテクノロジー
 6.問題(課題)解決,意志決定の道具としてのテクノロジー

に集中してくる。高校3年生での10のカテゴリーを訳したものが次の内容である。

 1.現在及び今後生まれてくる技術のできることと限界について正しく把握でき,個人的にも職場でも生涯学習レンジでもその潜在的な可能性について評価できる。(2)
 2.多くのテクノロジーやリソースやサービスから適切な選択ができる。(1,2)
 3.職場や社会にあるテクノロジーの信頼性と広範囲の活用に関する利点と欠点が分析できる。(2)
 4.技術と情報の利用に関して,個人や家族や地域社会の範囲で制度的,人道的に行動できる。(2)
 5.個人的及び専門家として活動する時に,それを推進するためにも,コミュニケーションを図るときも,テクノロジーやリソースを適切に利用できる。(3,4)
 6.遠隔教育・通信教育や生涯学習も含めて,テクノロジーの有効性を適切に評価できる(5)
 7.協調活動や研究や印刷物の発行やコミュニケーションやものづくりに対して,その目的に合うようにオンラインで得られるリソースを適切に活用できる。(4,5,6)
 8.研究や情報分析や問題解決や意志決定の道具として,テクノロジーを選択して応用できる。(4,5)
 9.エキスパートシステムや知的エンジンや現実の事象に対するシミュレーションを利用して調査や応用ができる。(3,5,6)
 10.個人的または専門家等との協調活動として,情報収集や関連づけや情報創造,情報提供やその他創造的な活動においてテクノロジーを利用して内容や知識面で貢献できる。(4,5,6)

 以上のことが12年生終了段階でできるようになっていることが求められている。なお,各項目の後ろの( )内の数字は6つのカテゴリーのどれに対応するかを示している。

 高校3年生になると,行動目標といってもさすがに抽象的な表現になってしまうが,原文を読むともう少し具体的であることがわかるだろう。

6.具体的な学習活動
 各段階で,どのような学習活動によってこのようなカテゴリーを身につけさせていくかが検討され,指導案のような形で公表されている。高校3年生の1つの例を示す。
 

高校3年生段階の活動要約

  1960年のケネディとニクソンの大統領選挙のデータを使って,表計算ソフトで様々な計算,集計,予測を出させる。それをわかりやすい形で表現させたり,プレゼンテーションをさせたりして,理解だけでなく,情報の創造や伝達の力を高めさせる。

  「ニクソンが勝つようにするためにはどのようにデータを変更すればよいか」という課題に取り組むのであるが,それを「1つの州で」「2つの州で」…という条件を付けながら,必要最小限のデータ変更でできるような解を見つける。

http://www.multied.com/elections/)
教科領域:社会科,英語,美術,数学



http://www.multied.com/elections/

  この活動では,最後に政治家や大学の教授を審査員に招き,生徒がニクソングループになって選挙演説をしたりプレゼンテーションを行ってコンテストを行う。この学習の背景には,URLで示したように,過去のすべての大統領選挙の州ごとの男女別の得票が提供されていて,それを表計算ソフトを利用して値を変えながらニクソンが勝つ可能性を探るのである。その過程を通して,大統領選挙の仕組みや弁論術や表現力などを養う。その意味では,クロスカリキュラムになっていて,学習時間もうまく組み合わせて作り出せる。このようなteaching plan が多数開発されている。
7.日本の子ども像

現段階で言える日本の子ども像

  情報活用能力が身についた子ども,すなわち,情報活用の実践力があり,情報の科学的理解もあって,情報社会に参画する態度がしっかり身についた子ども

  とまでしか言えないのである。入学してくる子どもはどんどん変わっていく。平成15年度はコンピュータやインターネットをほとんど扱ってこなかった子どもが高校に入ってくる事もあるだろう。それが,平成14年度に小学校3年生だった子どもが高校に入る平成21年まで段階的に変化していく。その時までに社会もずいぶん変わるだろう。その頃には,次の学習指導要領も示されているかもしれない。そのような変化の激しいテクノロジーと社会の中にあって,情報教育のゴールもまた変わらざるを得ないかもしれない。不易と流行という言葉が中央教育審議会の答申にも出されたが,情報教育の不易は何であるか,国民全員が身につけなければならない情報活用能力は何かを具体的に考えておく必要はあるだろう。
8.地球1つのグローバル社会

 子ども像が各国で異なるのは当然だとしても,共通部分はあるだろう。その部分を適切に見据えながら日本の情報教育を考える事が求められている。最後に個人的視点ではあるが,情報に関連した「期待される社会人像」を整理してみた。

  1.国内でも,海外の人とでも,メールで頻繁・適切にやりとりできて,人間関係を大切に継続できる人。(情報コミュニケーション力)
 2.その時に必要になった情報を即座に探せる人。(情報アクセス力)
 3.根拠をもって発言・発信できる人。(情報表現力・情報責任感)
 4.情報の受け手の立場に立ってわかりやすく適切に表現できる人。(情報構成力・情報表現力)

  以上のような部分は職種に関係なく必要とされる態度であり,技術的にできても日常的な態度がそうでなければ意味がない。情報教育はその人の日常を好ましい方向に変えるものでなければならない。そのような態度を育むのが2分の1または3分の1ある教科「情報」の実習であろう。その中で,情報教育を担当する教師が範を示して初めて生徒に伝えられるものである。

  教育内容は学習指導要領で定められ,その内容は検定を通った教科書に盛り込まれている。それを学びながら,取り組む姿勢や態度は教師によって教えられるものであり,その役割と責任はできることが拡大されるだけに,重要になるだろう。

前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る