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論説
情報教育と総合的学習
金沢大学教育学部助教授 黒上 晴夫
1.情報教育の射程はどこに?

 高等学校の「情報科」,中学校の「情報とコンピュータ」,小学校での「情報教育 」すべてにおいて,次期学習指導要領には本格的な情報教育の黎明をみることができ る。しかし,ここで根本に帰って考えてみたいことがある。それは情報教育とは何を 目指すものかということである。

  情報教育に「高度情報化社会」「情報通信技術」「情報理論」「情報処理」といっ たコンピュータや通信関係を裾野にした領域が含まれることはまちがいない。しかし ,われわれが日常使う情報という言葉は,別の意味を含んでいる。とうより,本来は こちらの意味の方が中心だったのではないか。

  それは,情報の中見の話である。関連する用語としてよく耳にするものは,「学習 情報」「情報整理」「情報収集」「情報交流」「情報過多」「情報不足」「情報の偏 り」などである。これらの多くは,例えば「知識」「事情」「状況」などと入れ替え ても通用する。これらに関係する領域は情報教育の射程に入らないのか。

  どちらの用法も,元を正せば“information”である。前者は“data”だと割り切 ってしまうこともできないことはないが,それではやはりしっくりこないように感じ る。つまるところ,図1に示すように,相互に独立した部分と共通する部分を持って いると考えるのが妥当だろう。

情報の2つの意味
▲情報の2つの意味

  教授・学習の文脈でも,情報(Information)というのは極めて一般的な用語で, コンピュータで処理される“data”という側面と,学習内容やその所在を指す“ learning resources”という側面があるのである。 前者は,情報の中身や内容にはあまりこだわらず,それをどうやって扱うかという 概念である。「内容が入っているもの」という意味で「コンテナ」としてある。一方 ,後者はどのほうに扱われるかということよりも,その中身に重きがおかれる。コン テナに対比すれば「コンテンツ(内容)」ということになろう。

  ひるがえって,次期学習指導要領を見てみると,例えば小学校においては,「総合 的な学習の時間の取り扱い」でテーマ例として「情報」があげられ,「指導計画の作 成等に当たって配慮すべき事項」で「情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親 しみ,適切に活用する」ように指摘されているほか,国語の5・6年生で「必要な情 報を得るために,効果的な読み方を工夫する」「自分の課題を解決するために図鑑や 事典などを活用して必要な情報を読む」ことが求められ,理科の5年生における地球 と宇宙で「映像などの情報を活用したりして,天気の変わり方を調べ」る際に,「映 像などの気象情報を用いて予想」する活動が想定されている。ここにおいても,情報 手段など“data”に関係の深い使い方と,“resource”に関係の深い使い方の両方が 見られるといってよいだろう。そして,総合的な学習の時間や教科全般に渡る配慮事 項として,インターネットなどの情報手段の活用が示されていることから,全ての教 科の根底に「情報教育」があると考えられる。

2.情報科の独立性
 これと対比したいのが,高等学校普通科で情報教育が教科「情報科」となったこと である。教科というのは,他の教科と独立していて,その教科でなければ学べない内 容をもつものでなければならない。情報教育にはそのような内容があるのだろうか。 事実,イギリスのIT(Information Technology)は,全ての教科を横につなぐものと して記されている。情報教育を教科として独立させたには,それなりの背景があるよ うだが,このことはかえって「情報科」の内容を限定することにつながるような気が する。

  同じことを実は,現行指導要領における中学校技術・家庭科の「情報基礎領域」が 体験している。本来,情報やコンピュータに関することは,イギリスのように全教科 の根底として扱いたい向きもあったようである。しかし,落ち着くところは技術・家 庭科の一領域だったのである。その結果は,多くの中学校で「情報」は技術の教師だ けに任せておけばいいという風潮であった。そして,その内容は極めて限定されたも のになっていったのである。もちろん,滋賀大学附属中学校のように,すべての教科 や選択教科の基礎的スキルとして情報基礎の内容をとらえたカリキュラムを創出でき た学校もあるにはあるが。

  さて,高等学校の情報科に返ってみると,そのねらいは「情報活用の実践力」「情 報の科学的理解」「情報社会に参画する態度」の3つの柱として整理されている。し かし同時に,これらは情報科だけのねらいではなく,小学校から高等学校までの情報 教育のねらいでもある。そうなると,情報科だけがもつ独自の内容やねらいとは何か ということに立ち返る必要が再び出てくる。つまり,情報科の内容は独立したものと とらえながらも,それをより広範な情報教育の一部,中核部分に位置づけるような考 え方が必要になってくるのではないだろうか。図1で言うと,コンテナを重視しなが ら,同時にコンテンツとの重なり部分を射程とするのが情報科ということになるので はないだろうか。図2で斜線を入れた部分がそれである。では,残りの部分はどうな るのか。そこで考えなえればならないのが,情報科と他教科の関連である。

情報科の射程
▲情報科の射程
3.小学校での情報教育
 情報科とその他の教科との関連について考える前に,小学校での情報教育について見ておくことにする。というのも,日本の学校の情報教育は,実は小学校において最も熱心に展開されていると思うからである。

  小学校の情報教育の舞台の中心は,総合的学習である。総則に掲げられたテーマに「情報」が入っていることもあるが,それより,総合的学習での学びのスタイルが,
  1. 自分(たち)で課題を持つ
  2. 自分(たち)で調べる・調べたことを吟味する
  3. 異なる情報をもつ人と交流する
  4. 情報を再吟味する
  5. 自分(たち)でまとめる
  6. 発表・発信する
といった段階をふむことにあるだろう。

  教科の学習が,比較的用意された内容を着実に学んで行くのに対して,総合的学習では子どもたちが自分の学習について主導権を握ることが要求される。学習に必要なリソースが教師によって提供されるのではない。自分たちで探してこなければならないのである。そういう意味で,コンテンツとしての情報教育が最もダイナミックに展開できるのが総合的な学習の時間なのである。

  例えば,環境学習として次のような単元構成を考えてみる。
  1. テレビ番組でゴミ処理に限界が来つつあることを知る
  2. ゴミにはいろいろな種類があることを調べる
  3. ゴミが分別されて収集されていることを調べる
  4. 分別の仕方が地域によって違うことを知る
  5. リサイクルによってゴミが再利用できることを調べる
  6. リサイクルのためには計画的な収集が必要であることを知る
  7. リサイクルの実験をやってみる
  8. リサイクルにはコストがかかることを調べる
  9. コストを負担する政策などについて外国と比較する
  10. 自分たちがゴミ減量に対してできることを考える
  11. ゴミに対する提言をまとめて発信する
  この中で,例えば(2)〜(4)の成果を各学習グループごとにウェブ・ページにするような学習を組む。そのため必要な学習活動を,情報教育に関連することだけに絞って列挙してみれば,
  1. ゴミの種類を調べて分類する(コンテンツ)
  2. デジタルカメラでゴミ収集の状況などを調べて記録する。(コンテナ)
  3. 記録した画像を吟味して,ページのメッセージを考える(コンテンツ)
  4. コンピュータに画像を取り込んでテキスト(解説文・主張)を打つ(コンテナ)
  5. 他校の学習成果をウェブで見ながら比較する(コンテンツ・コンテナ)
  6. テレビ会議などを用いて調査結果を共同で検討する(コンテンツ・コンテナ)といったことになろう。
  ここにおいて,(1)はコンテンツとしての情報教育にあたる。ゴミをテーマに自分たちで情報を集めて整理する活動である。(2)はウェブのためのデータ(画像)を集めるために,デジタルカメラを操作する活動である。コンテナの学習とした。(3)は,集めた画像の中から必要なものを選び出す質的な判断の活動である。明らかにコンテンツの学習である。(4)は,ウェブページをつくるスキルの学習なので,コンテナとしてある。(5),(6)はウェブやテレビ会議を使って情報を交換する学習で,コンテナ・コンテンツの両者にあたる。もちろん,このようにはっきり分けきれるものでないのは承知の上だが,モデルとして考えるために敢えてコンテナ・コンテンツを割り振ってみた。

  さて,こうしてみると,総合的な学習の時間には,コンテナとしての情報教育とコンテンツとしての情報教育が混在して相乗効果をあげているように思えないだろうか。総合的学習でのテーマにかかわるダイナミックな学習活動は,コンテナとしての情報教育をまちがいなく面白いものにする。一方,デジタルカメラの操作やウェブページの作り方を学ぶことによって,コンテンツを表現する意味や喜び,それを異なる学校の人と比較しあって新しい情報を作りだす楽しみがわかってくる。当然,学習内容も広がり深まるのである。小学校での総合的学習における情報教育は,多くの場合,こうして自然に,しかし計画的に行われようとしている。高等学校もここから学びたい。
4.では,高等学校の情報科は?

 情報科の時間は高校3年間を通じて2単位しか確保されない。年間の時数にしてみ れば,多くて50時間ほどになるだろう。その時間内で,コンテナ・コンテンツを含め た包括的な情報教育を行うのは不可能に近い。むしろ先に述べたように,情報科と他 の教科との合科も視野に入れたいところだ。特に,総合的学習との連繋はとても重要 だと考えられる。

  高等学校での総合的学習の扱いがどのようになるのか,またカリキュラムとしてど のようなものが構想されるかは,現時点ではあまり実践が出そろっているわけではな いので予測できないところがある。しかし,小学校・中学校の総合的学習を経てきた 結果としての総合的学習の在り方は,なまはんかな体験的学習のみですむものではな いだろう。時間的にも,総合的な学習の時間として卒業までに105〜210単位時間が配 当されるし,単位数も3〜6単位認定される。意味のある時間になって欲しい。

  そういったことを考慮すると,一人一人(あるいはそれぞれの学習グループ)が 創造的に学習成果を形にするもの,つまり「研究論文」的なものを課する形の総合的 学習が主流になっていくと考えられる。そこでは,強い問題意識に裏打ちされて,豊 富な調査体験やフィールド体験を元にした,プロジェクト形式の学習が行われていく のではないだろうか。

  そうしたときに,小学校から継続的に培われた情報活用の実践力がものをいう。そ れは,さらに高等学校の情報科でパワーアップされているはずである。適切な情報を 自分で捜し出して,自分の必要な形に処理しておく。それを新しい情報と関連づけて ,マルチメディアを活用して訴求力のある研究報告書を作成する。情報科で学んだこ とが総合的学習の基礎となるのである。

  一方,情報科でもかなりの実習が予定されている。実習とは,単にコンピュータに 向かってコマンドを打ち込んだりデータを加工したりすることだけとは考えにくい。 しかし,実習の時間を生徒にとって意味のあるものにする,つまり生田の言う「生徒 の生き方に係わる主題とストーリーの枠組み 」※ において活動できるものにするた めには,情報科の時間はあまりに短い。情報科における実習と総合的学習におけるプ ロジェクトを連繋させて生み出した時間をたっぷりかけて,実りある実習を組むのが 得策ではないだろうか。

※ 生田孝至,「「情報」科への期待と課題」,ITEducation,日本文教出版,1999

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