ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.24 > p25〜p28

中学校の情報教育実践例
総合学科における教科「情報」の展開
−普通教科「情報」と専門教科「情報」−
川崎市立日吉中学校 高野直美
1.はじめに
 美術科の授業でコンピュータを活用し始めたのは勤務校にコンピュータ室が設置されたと同時の平成3年11月である。以来14年間コンピュータを取り入れた授業に取り組んできた。ハードとソフトの向上,インターネット接続などに伴い,取り組める内容の広がりはあるが,何のためにどのように活用するのか,活用のねらい,原点は活用当初から一貫している。生徒の造形的な力を伸ばすこととこれからの社会を生きるのに必要な映像言語を獲得させるためである。
2.中学校美術科の学習目標とコンピュータの活用
 中学校美術科の目標は「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに,感性を豊かにし,美術の基礎的能力を伸ばし,豊かな情操を養う。」である。(中学校学習指導要領美術)

 この中で,コンピュータがどのように扱われているかを各学年の内容の項目で見ていくと,次のようになっている。

「伝えたい内容を図や写真・ビデオ・コンピュータ等映像メディアなどで,効果的で美しく伝達・交流すること。」
〔1学年〕2内容 A表現(2)ウ

「表したい内容を漫画やイラストレーション,写真・ビデオ・コンピュータ等映像メディアなどで表現すること。」
〔第2学年及び3学年〕2内容 A表現(1)エ

「伝えたい内容をイラストレーションや図,写真・ビデオ・コンピュータ等映像メディアなどで,わかりやすく美しく表現し,発表したり交流したりする。」
〔第2学年及び3学年〕2内容 A表現(2)ウ

 技術・家庭科の「情報とコンピュータ」のように必修という形で示されているわけではないが,平成14年実施の指導要領からコンピュータを道具の一つとして位置づけ,映像メディアでの表現に活用することが明記されたのである。

 活用当初の批判的な空気は薄れ,今日多くの学校で実践を見ることができるようになったが,美術科でこの道具を使わずに授業展開している学校もまだ多く見受けられる。

 美術科での映像表現活動の中でコンピュータを活用した画像表現を行うというよりも,技術・家庭科の中で各ソフトの特色を理解する上で描画体験を行うということの方が実情に近いと思われる。
3.表現道具としてのコンピュータ
(1)色と形の構成

 絵画,イラスト,写真,映像,図,記号,標識などすべての視覚言語の基本的な要素は「色と形」である。これらを効果的に組み合わせることで多くの情報や心情をわかりやすく,美しく伝えることができる。

 色や形の組み合わせを体験的に学ぶ方法として,従来は絵の具による配色練習を行っていた。下書きされた図の中をはみ出さずに,失敗しないように注意深く塗る作業は,本来の学習目的である色彩感覚の伸長よりも,いつの間にか慎重に作業することの方に中心がずれてしまう。感性を豊かにすることよりも,作品を完成させることに関心が行ってしまう。

 コンピュータを活用すると,何度でも試行錯誤し,短時間に多くの色彩から自分のイメージにあったものを選ぶことができる。数多い体験を可能とするだけでなく,ここでは生徒は主体的に活動していく。

 絵の具で作業していたときに,生徒たちはどんな色を選んだらよいのか,頻繁に質問してきた。色彩感覚が乏しくて自信がないのだろうかと思っていたが,コンピュータを活用するとようすは一変した。生徒たちは質問してこないのである。「この色を塗っても大丈夫ですか?」と自信なさそうに質問していた生徒たちが「先生,とてもきれいにできたから,見てください。」と誇らしそうに声を上げる。生徒に色彩感覚がなかったのではなく,これを発揮させる道具が不足していたのである。この学習は16色表示のMS-DOS時代のコンピュータでも,色彩のグラデーションとUNDO機能のあるソフトを活用することで展開できたのである。以来この学習には一貫して取り組んでいる。(図1,2)

図1:色と形の構成「色の感じ」1学年生徒
▲図1:色と形の構成「色の感じ」1学年生徒

図2:色と形の構成「シンメトリー」1学年生徒
▲図2:色と形の構成「シンメトリー」1学年生徒

(2)空想的な表現

 中学生は夢や憧れを表現することが大好きである。今まで空想的な,幻想的な表現活動にいろいろな手法で取り組んできた。絵の具を使ったり,いろいろな描画道具の偶然の効果を利用したり,あるときは版画という手法で興味・関心をかきたて,制作意欲を喚起したりしてきた。図鑑や写真集などを資料にしながら構想を練っていったが,イメージどおりに描けない生徒にとって,この学習はハードルの高いものだった。動植物,風景など具体的なイメージを描くにはかなりの描写力を要するからである。

 写真画像を平易に取り込めるようになった段階で,この学習にコンピュータを活用し始めた。Windows3.1当時,多少画像は粗くはなってしまうが,生徒たちは多くの写真を検索し,自分のイメージを広げていったのである。

 その後OSも進化し,扱える色数も格段と多くなり,幸いなことに,この学習に最適なソフトの開発に携わることもできた。(平成9年度文部省学習用ソフトウエア研究開発事業美術教材開発委員会「ポスターをくふうする」日本文教出版)

 このソフト(図3)にはわかりやすいレイヤー構造とそのレイヤーごとの透明度の操作,使いたい画像を簡単にストックしておける機能を組み込むことができたのである。著作権をクリアーした写真画像などもふんだんに使いながら,生徒たちは空想的な世界を創造していく。

図3:開発したソフトの画面
▲図3:開発したソフトの画面

 色彩構成学習のときには,各自のイメージをもとに,柔らかな統一感あるハーモニーや強い対比のある配色などを作り上げていくが,この学習ではこういった基礎の上に,「不思議な,さわやかな,美しい」といったキーワードをもとに進めていく。本や冊子ではとうてい見ることのできないような多くの写真から多様なイメージを膨らませていくのである。

 美術科での表現は,作品を見る人にとって心地よい,美しいものでありたいと考えている。特に写真のような直接的なイメージを伝えるメディアを活用したときには,注意が必要である。見る人を不快な気持ちにさせるような不適切な表現はさせたくない。作品を見る人,情報を受け取る人が「美しい」と感動できるようなメッセージにさせたいと考えている。(図4,5)

図4:空想的な世界 3学年生徒
▲図4:空想的な世界 3学年生徒

図5:空想的な世界 3学年生徒
▲図5:空想的な世界 3学年生徒

(3)映像表現の基礎を学べるアニメーション制作

 コンピュータを活用する以前は,パラパラアニメに代表されるように,形や色が少しずつ変化する絵をある程度の枚数描くことでアニメーション制作を行っていた。コンピュータを活用することで,実際に時間の流れの中で動きや音楽まで展開できる作品制作が可能となった。

 MS-DOS時代には中学生でも比較的簡単にプログラムが組めるロゴライターというソフトを活用した。アイコン程度の小さなキャラクターを動かしていくアニメであったが,BGMをつけながら,生徒たちは一生懸命取り組んだ。やがて,GIFアニメが扱えるようになり,グラフィックソフトで描いた絵を順次に表示できるGIFアニメ生成ソフトに送り込む形でアニメを制作したが,ここでもまだ「絵を描くこと」に重心が傾いてしまう。「変化や動きなどといった,アニメ特有のイメージ」をもっと素早く実現できないものかと思案していた頃,偶然アニメソフトの開発に関わることができた。これは,1コマ目の「○」を2コマ目で「△」に変形すると,その間をコンピュータが自動生成するというソフトであった。色や形の変化,変容などの発想部分をより一層豊かにした作品づくりができるようになった。(「EVAアニメータスクール」日本文教出版)

 アニメーション制作のキーワードは「温かな,楽しい,ユーモラスな」である。人を馬鹿にした,あざけるような笑いをねらうような表現はさせたくない。作品を見る人が,一体何がおきるのだろうかと期待感を持ち,見終わった後に,温かな気持ちになるものを作らせたいのである。時間軸の中で,色や形が変化,変容し,全体の流れの中でどのような盛り上がりを作るかなどといった造形的なポイントとともに,見る人に対する気持ちを考えるということが映像表現の最も大切な基礎・基本だと考えている。(図6)

図6:アニメーション作品 3学年

図6:アニメーション作品 3学年
▲図6:アニメーション作品 3学年
4.鑑賞の道具としてのコンピュータ
 これまでの鑑賞学習ではスライドやビデオ,大きな図版で作品を提示しながら教師の解説で授業を進めることが多かった。クラスの生徒全員が美術全集や画集を手にして学習できるほど図書資料を揃えることは難しかったのである。

 インターネットの世界には画集では見ることのできないほど多くの名画が扱われている。画質は画集には及ばないが,検索機能やリンク機能などにより,短時間に多くの作品を鑑賞することができるのである。勤務校がインターネットに接続したときから,鑑賞学習にインターネットを活用している。当初は回線速度も遅く,見たい絵が表示されるまで,別の資料を見ながら待つといったようなこともあったが,生徒たちは自分の気に入った絵をプリントアウトし,鑑賞レポートに貼り付け,解説や感想を記入して掲示し,自分たちの美術館が作れるような喜びを体感できた。

 その後,回線速度は速くなったが,コンピュータの台数も増え,同時に40台が接続すると,やはりある程度の時間がかかる。インターネットでは学習目的以外のところにも飛んでしまうこともあり,短時間に集中して学習するには不向きである。そこでここ数年はコンピュータ室内サーバーに見せたい画像を保存し,生徒はこれらを検索することで,コンピュータ室内のLANを活用した鑑賞学習を行っている。鑑賞ノートを併用し,興味を持って深く味わっていけるよう工夫している。
5.映像メディアの学習を
 映像メディアでの「読み書き」能力は21世紀を生きる生徒たちに必須のものだと考えるが,残念ながら中学校美術科の中で取り組まれない場合もある。高等学校美術科での「コンピュータ造形」はあまり扱われていないようである。

 コンピュータを活用することで映像メディアの学習を体験できる場は,あとは教科「情報」ではないだろうか。高等学校の教科「情報」で画像,映像ソフトなどを活用し,映像表現について学ぶ機会が得られたら生徒たちはどんなに喜ぶだろう。情報化時代を生きる生徒たちに画像・映像情報についても多くを学んで欲しいと考えるのである。
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