ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.27 > p10〜p13

教育実践例
プロジェクト学習によるコミュニケーション能力の育成
大阪府立芥川高等学校 二木 崇
1.はじめに
 本校は,大阪府北部に位置する高槻市にある。高槻市は,JRや阪急で大阪市内,京都市内へ15分から20分で行ける交通至便の地域であり,ベッドタウンとして大きく発展してきた。本校の周辺は閑静な住宅地が多く,生徒の約90%が高槻市内から自転車で通学している。全日制普通科で,全学年23学級(2005年度)である。生徒のほぼ全員が進学するが,そのうち四年制大学進学は約47%(2004年度実績)であり,短大や専門学校への進学も多い。したがって,多様な進路選択を保障し支援していく必要があり,数多くの選択科目と特色のある授業が展開されている。
 特に,教科「情報」と「総合的な学習」とを関連付けたカリキュラム編成を実践している。1年で2単位「情報A」を修得し,その成果を2年,3年での「総合的な学習」や一般の教科の学習につなげていき,全体として「コミュニケーション能力の育成」を大きな柱としている。2年の「総合的な学習」(2単位)は,本校独自に「コミュニケーション・アワー」と称し,1学期は,グループ活動による10分のビデオ製作“青春撮レンディー”,2学期はディベート“ザ・討論”,3学期は4分間スピーチ“Be Yourself(私が私であるために)”に取り組んでいる。3年の「課題研究」(1単位)では,一人一人が独自の研究課題を見つけ,いわば卒業論文のような論文の完成を目指している。
2.芥川高校の教科「情報」の特色
 本校の教科「情報」の特色は主に以下の3点である。

(1)ICT教育の実践
 教科「情報」の目標は,学習指導要領では,「情報活用の実践力」「情報の科学的理解」「情報社会に参画する態度の育成」とあるが,特に本校では,情報コミュニケーション技術(ICT:Information &Communication Technology)を強く意識し,情報技術(IT)自体の習得や熟練に重点を置いていない。すなわち,“教科「情報」=コンピュータ”というありがちな誤解を排し,情報技術(IT)の習得や熟練は最小限の時間配分に留め,そは最小限の時間配分に留め,それを活用してのコミュニケーション能力育成に重点を置く授業実践である。

(2)プロジェクト学習の実践
 上記の「ICT教育の実践」は,従来のような教科書に従った単元別の学習方法では展開できない。そこで,「プロジェクト学習」の実践に取り組んでいる。「プロジェクト学習」とは,「あるテーマや課題について,目標や計画を設定し,方法を考え,学習活動を進め,成果をまとめて,発表し,互いに評価する」という学習方法(図1)である。
図1:プロジェクト学習の流れ
▲図1:プロジェクト学習の流れ

 本校は3学期制であるので,各定期考査までの授業時間がほぼ均等であり,2単位の教科「情報」では10時間から12時間程度である。そこで,標準10時間で完結できるテーマを設定し,1学期の前半・後半,2学期の前半・後半,3学期と5つのプロジェクト学習に取り組んでいる。
 また,プロジェクト学習では,学習過程の早い段階でルーブリック(自己評価や相互評価を行うための評価の観点表)を示し,生徒がテーマや課題の到達目標を明確に把握できるようにしている。また,プロジェクトが完成した段階で,ルーブリックに基づいて振り返り,自己評価や相互評価を行なっている。
 なお,5つのプロジェクト学習の具体的な指導内容に関しては,後で詳しく述べる。

(3)外部人材活用の実践
 本校では,1クラス2名の教員によるTeam Teachingで行っているが,上記(1),(2)の実践を充実させるために,関西大学総合情報学部の主に久保田賢一ゼミ,黒上晴夫ゼミの学生が授業のサポーターとして参画し,ICT教育における外部人材の活用についての研究も行っている。
 学生スタッフは10人前後のチームで,1時間の授業につき,ほほ2名ずつが担当できるように編成している。本校と関西大学総合情報学部は至近距離にあり,学生は自分自身の授業の合間に本校の授業に参加してもらっている。生徒と年齢の近い学生スタッフは,生徒の学習活動の推進,学習意欲の向上,効果的な教材開発,機材メンテナンスなど多方面で活躍している。
 学生スタッフの授業における位置づけは,担当教員のアシスタントではなく,プロジェクト学習におけるファシリテーターである。従来の一斉講義型の授業形態では,ファシリテーターという概念は理解しがたく,教育現場においても馴染みがないが,グループ活動の支援者であり,本校のプロジェクト学習の実践には不可欠な存在である。
3.プロジェクト学習の展開
 では,次に昨年度(2004年間)1年間に取り組んだ5つのプロジェクト学習の概要を述べる。

(1)1学期前半:1A「大名刺交換会」
 1学期前半1Aのプロジェクト学習の内容は,A5版の大きな名刺を文書作成ソフト(Microsoft Word)を使って作成し,最後はクラスで名刺交換会を行うことである。名刺には,各自のオリジナルなロゴや顔写真は必ず入れる。単に,文書作成ソフトの習得だけにとどまらず,お絵かきソフトを使っての画像作成,写真の加工など,楽しみながらパソコンの基本的な操作技術をマスターできるようにしている。また,実際に自分で作成した名刺を交換することにより,初対面の人とのコミュニケーションのとり方の体験学習に取り組んでいる。高校入学直後であり,生徒個人の差が大きく,授業時間内に作品を完成できない生徒は放課後居残りとなるが,このプロジェクト学習を通して,ある程度足並みを揃えることができた。
照れながらも名刺交換
▲照れながらも名刺交換

(2)1学期後半:1B「“まるごと自然”エクスプローラー」
 1学期前半1Aは個人作業が中心であったので,後半1Bはグループワークのプロジェクトである。4人1班で,エコツーリズムをテーマとしたパンフレット(A4版4ページ)を作成する。インターネットによる調べ学習,パンフレット作り,ポスターセッションが主な学習内容である。40人クラスであるので,1班4人で1クラス10班になる。日本全土を10地方(北海道,東北,信越・北陸,関東,東海,近畿,中国,四国,九州,沖縄)に分ける。1班1地方を担当し,各地方にいまなお開発されずに残っている“まるごと自然”を調べてまとめ,その環境をどのように保存していくかを考察し,提言も含めて1つの旅行パンフレットを作成する。
 本校は,2003年度より「エコハイスクール」の指定を受けており,各教科のなかで積極的に環境教育に取り組んでおり,情報科の授業においてもそうした意図でエコツーリズム研究を取り上げている。
 グループワークによるこのプロイジェクトを通じて,生徒は,“協働”作業の楽しさと困難さの両面を体験している。班のメンバーによっては苦労を重ねる生徒も出てくるが,完成したきれいなカラー印刷のパンフレットを見ると,多くの生徒が達成感を感じている。
 発表の形式は,実習室内に10地方のパンフレットを掲示し,仮想の旅行会社ATB(Akutagawa Tourist
Bureau)の説明担当者とお客さんとに役割を分けるロールプレイで,ポスターセッションを行い,それぞれの地方の“まるごと自然”を互いに楽しんだ。
役割を決めてのポスターセッション
▲役割を決めてのポスターセッション

(3)2学期前半:2A「表計算ソフトによる簡単なデータ分析」
 2学期前半2Aのプロジェクトは,表計算ソフト,データベースの概念を学習したのち,環境に関する5つのテーマからひとつを選択し,表計算ソフト(Microsoft Excel)の利用により,与えられたデータに簡単な計算,グラフ化の処理を行い,考察も含めたレポートを作成することである。2年生以降の各教科のレポート作成,もしくは高校卒業後の一般的なレポート作成の基本をマスターする。とりわけデータをもとに,どのようなグラフに加工すれば,一番説得力のあるプレゼンテーションに結びつくかを考えさせるようにしている。ちなみに,2004年度のテーマの5つのテーマと基礎データは,以下の通りである。

①まるごと自然度テェック(都道府県別の植生自然度データ)
②公害問題は減ってきたのか? (近畿の公害苦情件数データ)
③増え続けるごみ−その解決法は? (一般ごみ排出量データ)
④どうなる!地球の温暖化(二酸化炭素排出量データ)
⑤消えゆく森林!(森林面積消滅データ)

 40人クラスであるので,1つのテーマにそれぞれ8人ずつが取り組む。レポート作成は,個人作業であるが,途中のデータの処理やグラフ化は,同じテーマの選択者8人ができる限り協議しながら進めていくように指導している。
 ここでも,パソコンの作業に一人一人が孤立して“蛸壺”化しないような工夫をしている。
 選択したテーマによって,どうしてもデータ処理の難易度の違いが出たりする。初めてExcelを使う生徒にとって,処理しやすいようなデータの整理や配慮を教員・スタッフが事前にしておく必要を感じた。

(4)2学期後半:2B「これぞ!おすすめ」
 2学期前半は,生徒はかなり苦 しんだので,後半2Bのプロジェク トは楽しい企画にしている。
 まず,プレゼンテーションソフト(Microsoft PowerPoint)の基本を理解し,要点をシンプルにまとめたスライド作りとプレゼンテーションの実習である。生徒が取り組みやすいように,テーマは自分のおすすめのもの(ジャンルは問わない)を紹介するようにした。プレゼンテーションは,1人標準2分で行い,1クラスを20人ずつの2グループに分け,「予選大会」を行った。予選大会は2つの教室で同時進行し,1回の授業で10人ずつ,それぞれ生徒による相互評価を行なった。教員・学生スタッフの評価,生徒の相互評価をすべて考慮して,ベスト8に選出された生徒は,「決勝大会」に進出し,クラス全員の前でプレゼンテーションを競い合った。
 イベント形式で楽しい雰囲気で進めていくことを大切にしているが,PowerPointのスライド作りだけで終始せず,プレゼンテーションの基本的な技法や心構え(事前の準備や練習など)などについても留意している。
プレゼン大会Final Stage
▲プレゼン大会Final Stage

( 5 ) 3 学期: 3 A 「N e w s Triangle」
News Triangleのスタジオセット
▲News Triangleのスタジオセット

 いよいよ3学期は,これまでに学習してきたことの総まとめである。3学期にちなみ,“3尽し”で,“三人寄れば文殊の知恵”の通り,3人によるグループワークである。
 まず,冬休みの課題として,四大新聞からニュースの素材を1人3点スクラップさせる。3学期最初の授業で,3人がそれぞれに持ち寄ったスクラップを検討し,1つのニュース記事に絞る。そのニュースに関してインターネットやースに関してインターネットや図書館などを利用し,ニュースの真相や深層を多角的な視点から分析し,考察をまとめる。発表は,2Bでマスターしたプレゼンテーションの経験を発展させ,ニュース解説番組風で行うことに取り組んだ。情報実習室にテレビスタジオのようなセットを作り,1人がキャスター,残りの2人がレポーターを演じる。レポーターはそれぞれ違う視点から報告し,最後にキャスターがまとめて終わるという流れである。
 インターネットや携帯電話で,簡単にすばやくニュースを得ることができる時代に,あえて,最初のニュース素材を四大新聞に限定した。従来の紙ベースの情報とインターネットにあふれる情報との違いを理解し,相互の補完を考える契機としたいという意図がある。また,ニュースの分析には,多面的な視点を強調している。インターネットによる調べ学習の場面で,生徒はたまたまヒットしたWebページの情報を鵜呑みにするケースがよく見られる。簡単に情報が手に入れることができる情報化社会では,いままで以上に多面的な物の見方ができる能力と習慣の育成が重要であると考える。
4.まとめ
 以上,本校で実践している年間5つのプロジェクト学習の概要を述べたが,共通していることは,パソコンをまったく使わない授業を必ず配置していることである。たとえば,1Aでは,実際に大名刺を交換する場面,1Bや3Aでは,下書きシートや構成シートを紙・のり・はさみで作成する場面,2Bや3Aでは,プレゼンテーションの聴衆の場面などである。
 インターネットや携帯電話でのメール交換やチャットもコミュニケーションに違いはないが,いまの高校生に必要なのは,“face to face”のコミュニケーション能力の育成である。しかし,これは,今日の高校生の気質からすれば,“仕掛け”が何もない状態では極めて困難である。ところが,プロジェクト学習における作業の途上や完成した作品の発表となれば,生徒同士が面と向かい合い,議論や相談をしたり,プレゼンテーションをしたりすることが比較的抵抗なく導入できる。それは,冒頭で述べたように,本校の情報教育の柱である,情報技術(IT)を介してコミュニケーション能力を育成していく実践である。
 なお,5つのプロジェクト学習に関しては,10時間前後の授業で展開できるようにモジュール化をしており,授業計画や関連シートや配布プリントなどをワンセットにしている。詳しくは,下記のWebページ ※注1
を参考にしていただきたい。

注1 Project-A  http://tdmo2.med.kutc.kansai-u.ac.jp/?project-a/
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