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ICT・EducationNo.29 > p6〜p9

教育実習例
GISを活用した民間所在資料等防災システムの構築について
和歌山県立文書館 山東 卓
t-sandou@peach.ocn.ne.jp
1.はじめに
 皆さんは「文書館の人間がなぜこのコーナーに投稿しているのか」と不思議に思っていらっしゃると思いますので,簡単に自己紹介を致します。私は昨年の3月まで県内の高等学校に勤務し,理科(化学)と教科「情報」を担当していました。そして平成17年4月に和歌山県庁の知事部局に出向となり,和歌山県立文書館(もんじょかん)に勤務しています。文書館では色々な業務を担当していますが,その中の一つとして表題にも示しました「民間所在資料等防災システム」の構築にも携わっています。そこで,教育現場とは少し状況は違いますが,教科「情報」の内容に近い,私の業務内容をご紹介致します。
 本題に入る前に,私の勤務しています和歌山県立文書館についても簡単にご紹介致します。
 文書館は和歌山市西高松1丁目にある「きのくに志学館」(県立図書館・文化情報センターと県立文書館を有する複合施設)の中にあり,閲覧室・収蔵庫・整理室・撮影室そして事務室等で構成されています。閲覧室は,史料などを調べるために自由に利用できます。収蔵庫には,歴史的に貴重な文書等(古文書や公文書等)が保存されています。文書館が行っている業務や行事等については,当館のホームページで紹介しています。

▲和歌山県立志学館

 それでは,以下に私たちが構築を進めている民間所在資料等防災システムの概要やシステムの教育的利用の提案等をご紹介致します。
2.システムの概要
(1)システム構築の目的
 当館では,阪神・淡路大震災を契機に,県内の歴史資料等の所在機に,県内の歴史資料等の所在情報を把握することを目的として「民間所在資料保存状況調査」を平成9年度から行ってきました。そして,平成17年度をもって全県下の調査が完了します。
 この調査で,次の2点のことが明らかになりました。
(1)歴史資料等が県内各地の千ヶ所を超えるところに分散して所在し,各所在箇所での保存形態・保存量がそれぞれ異なっている。
(2)歴史資料等を保全するための人材は県内各地に分散していて,人数が限られている。
 これらのことから,自然災害の発生時に歴史資料等を保全するためには,普段から,被災が想定される地域の歴史資料等の所在情報と人材の所在情報を関連させ,万一の被災時に迅速に対応できる対策を講じておく必要があると考えられます。このように表現すると,お読みになっていらっしゃる方々の中には疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが,自然災害等が発生した場合最優先されるのは,もちろん生命の確保でありライフラインの確保であります。歴史資料は未来(後世)に伝えるべき貴重な情報ですので,生命の確保やライフラインの確保と同様に,歴史資料の保全も大切です。そのためには次の(1)〜(3)に示すような機能を持つシステムを構築し,普段からも歴史資料の保全対策を検討しておく必要があると思われます。
(1)歴史資料の所在地を地図上で把握できる。
(2)シミュレーションにより,発生が予想される自然災害の状況を把握できる。
(3)自然災害の発生が予想される地域の歴史資料が検索できる。

(2)システムの構成
 「民間所在資料等防災システム」は,図1にも示すように,GISを利用して歴史資料の所在地を地図上で把握したり自然災害の発生が予想される地域の歴史資料を検索したりする「所在情報検索システム」と,民間所在資料状況調査や災害時の歴史資料等の避難を検討する「人的支援ネットワーク」や歴史資料の重要性についての普及・啓発や人材育成等を目的とした「サポートシステム」から構成されています。そして,それぞれのシステムの相互の関係は図1に示すものとなっています。

▲図1 民間所在資料等防災システム
3.具体的な構築作業
 前述したように,民間所在資料等防災システムは「所在情報検索システム」,「人的支援ネットワークシステム」,「サポートシステム」から構成されています。その中で,今年度は「所在情報検索システム」と「人的支援ネットワークシステム」の構築に取り組んでいます。そして,この構築に当たっては館長以下数名の職員で検討を重ねながら,デジタルコンテンツの作成も含めた構築作業を進めています。

(1)GISの活用と用いるデータ
2の(2)や図1でも示しましたが,歴史資料の所在地を地図上で把握するため,「所在情報検索システム」にGIS(地理情報システム)を活用することを検討し,作業を進めました。その際,この検索システムが持つ機能を図2に示すようなイメージとしました。
 
▲図2 所在情報の構成

 これは,各階層(レイヤー)に,必要な地図や画像,データなどを表示し,目的に応じてそれぞれ必要なレイヤーを重ねて表示するものであります。また,その階層は大きく分けて次の3つの部分になっています。
(1)地図
・国土地理院が発行している数値地図を用いて地域図を表示する。
(2)先行データ
・県庁の各課室が作成したり管理している,防災に関連したデータ(地震発生時の津波の浸水深予想や県内の断層,地すべり危険地域など)を活用し表示する。
(3)独自レイヤー
・歴史資料の所在地の表示や検索を行う。
・自然災害等の被災を想定したシミュレーションを表示する。

 そこで,これらのレイヤーを表示させるためのGISソフトを選定するため,用いるソフトの条件としては次の(1),(2)としました。
【選定条件】
(1)フリーソフトまたはフリーソフでプログラムソースがオープンとなっているもの。
(2)安価で購入しやすいソフト

 高価なGISソフト(数10万円〜数100万円)には,私たちが進めようとしているシステムの機能を持つものもありますが,システム完成後に関係機関等で利用する場合,利用する箇所でのコンピュータ数にあわせたソフトの購入等の費用も生じ,いつでもどこでも利用できる状況を確立しにくくなる可能性もあります。そのため,(1)または(2)の条件に合うGISソフトを調べました。その一部を紹介しますと,皆さんもご存じの「ARC Explorer」「STIMS」「MANDARA」「カシミール」「SUPER MAP」「TNTlite」などです。しかし,そのためにはGISソフトに必要なレイヤーを作ったり実際のデータを入れながらの作業になりますので,かなり長期間の作業になりました。このような作業の中で,現在GISで用いられているデータのフォーマットスタイルはそれぞれのソフトに依存しているものが多いことがわかりました。そのため,ソフト間でのデータの互換性も少なく,あるGISソフトで作成したコンテンツに他のソフトで作られた先行データを活用したい場合など,なかなか困難な状況にあります。

(2)現在の構築状況
 このような状況の中で,現在私共は「所在情報検索システム」の初期バージョンともいえる,デジタルコンテンツを作成しました。これはT社のGISソフト(申し訳ありませんが,今回はあえてソフト名は伏せさせていただきます)を利用し前述の図2のイメージ通りに表示や検索ができるものです。そこで,このコンテンツについて簡単に紹介させていただきます。
4.所在情報検索システムの概要
(1)地図や画像の表示
(1)県内各市町村の地図を画面に表示し,必要に応じて特定地域を拡大表示することができます。これには国土地理院の数値地図(空間データ基盤)を利用しています。
(2)防災に関する先行データとしてj p g画像やシェープファイルを必要に応じて表示できます。・震度分布図,液状化危険度分布図,津波浸水深分布図県下各沿海部)などの地図画像(jpgファイル)をレイヤー上に表示させます。
・断層,急傾斜危険地域,指定文化財などのシェープファイルをレイヤー上に表示させます。
(3)民間所在資料の所在地を示したレイヤーを表示させることができます。

この(2),(3)については,(1)の地図との位置合わせを行っているので,それぞれを重ね合わせて表示することもできます。その表示例を図3と図4に示します。


▲図3 予想震度分布図(jpg)に断層
(シェープファイル)を重ねて表示


▲図4 和歌山市の拡大地図に津波浸水深
分布図(jpg)を重ねて表示

(2)想定される津波など自然災
害等のシミュレーション
 シミュレーションを表示するためのレイヤーに津波等の被害が予想される地域の被災想定の動画を埋め込んでいます。図5で表示しているレイヤーは,図4で表示させている画面の上に新たなレイヤーを作成し,その上に動画を埋め込んだものです。画面中の写真を表示した画面右上のボタンを押すことにより,図6のようにその地域における津波来襲の動画が再生されます。この動画を見ることにより津波による被害を実感することができ,防災に対する意識付けができるものと思われます。


▲図5 シミュレーションを表示するため
のレイヤー画面


▲図6 動画の再生

(3)民間所在資料の所在地や内容の表示と条件による検索
 民間所在資料の所在地を検索するレイヤーでは,次の(1)〜(3)のことを行えるようにしています。
(1)県内各市町村の民間所在資料の所在地をレイヤー上にプロットし地図上に重ねて表示する(図7・図8)。
(2)各市町村内の民間所在資料を一覧表示し,個々の内容も表示する(図9)
(3)一定距離など条件による検索を行い,その結果を表示する。また,個々の内容も同時に表示する(図10)。
 これにより,普段から民間所在の歴史資料等の所在地を画面上で把握しておくことができます。また,自然災害等の想定地図を重ね合わせ,被災が予想される地域を一定距離の円で検索することにより,該当の歴史資料等の所在地を抽出することができます。そして,災害が発生する以前からの資料待避対策を講じることも可能になると思われます。


▲図7 所在資料の所在地の表示


▲図8 地図との重ね合わせ


▲図9 一覧表示と個々の内容の表示


▲図10 一定距離の円による検索
5.おわりに
 私たちが構築を進めているGISを活用した民間所在資料等防災システムについてご紹介しましたが,この業務はまさに情報活用能力を生かした作業そのものであると感じます。問題を解決するために現状を把握・分析しそこにある課題や問題点を見いだす。そして,それらの課題や問題点を解決するにはどのようにすればよいかを検討しながら,実際の解決作業に取り組む。このような一連の流れは,以前私が生徒に指導してきた内容そのものの実践であるように感じています。今後も情報活用能力を発揮しながら,この構築業務に取り組んでいきたいと考えています。
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