ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.39 > p26〜p29

情報科教員の卵を育てる
「情報科教育法」で共に学ぶ
─湘南工科大学における実践から─
湘南工科大学 非常勤講師 鍋島 尚子
nabe_sit@hotmail.com
1.はじめに
 今,大学の研修所でこの原稿を書き始めています。本学では毎年この研修所で,教員免許取得を目指す学生が主体となり,『教職ゼミ合宿』を実施しています。合宿では,4教科について一人ずつ学生による模擬授業が行われ,私はそれに対してコメントをするために参加を依頼されています。
 湘南工科大学は,工学部の単科大学です。教職課程の授業科目を履修することで,中学校の数学,技術,高等学校の数学,工業,情報の,4教科5種類の教員免許が取得可能です。ただし,学科によって取得可能な教員免許は限られており,情報科の免許は,6学科のうち情報工学科とコンピュータ応用学科で取得することができます。
 学生達は卒業単位以外の授業も履修し,試験やレポートをこなします。そして,3年生の夏休みにこの合宿に参加して,教育実習への意識を高め,更に3年生後期の授業も乗り越えて卒業年度に教育実習を経験します。50〜60名の合宿参加者のうち,例年10〜20名程度が情報科の教員免許取得希望者,つまり,本学では2年生の推奨科目とされている前期の『情報科教育法1』(以下,「教科法」)および後期の『情報科教育法2』で1年間私と一緒に学んだ学生達です。
 このうち,前期の教科法において,学生達は各自で模擬授業の案を考え,『ミニ模擬授業(部分的な模擬授業)』を体験することで模擬授業の案の改善をはかり,最後に学習指導案を作成します。
 以下,主な指導内容と学生の成長の様子をご紹介したいと思います。
2.人前に立つ練習としての自己紹介
 4月最初に学生に取り組んでもらう課題は,自己紹介です。このとき,人前で話すことに不安を感じている学生もいますので,まずは,取得予定の教員免許の種類,教科「情報」で習ったこと,習っていないけれど教えるべきだと思うこと,などを用紙に記述してもらいます。
 次に,この授業は教育実習で授業を行うことを目標に進めていくことを説明します。本時は,声を出す練習であることを説明し,一人ずつ前に出て,先の記述に基づき,所属学科,氏名を含めて,自由に自己紹介をしてもらいます。取得予定免許の種類を話すのみの学生から,サークル活動のことを長めに話す学生まで,様々です。
3.小単元の主体的な選択
 第2回の授業では,各自で普通教科の学習指導要領を黙読してもらいます。このとき,課題を2つ設定しています。1つは,各科目の違いを理解してもらうために数行程度にまとめること,もう1つは,学生自身が模擬授業の案として考えたい小単元を選択することです。小単元は,得意分野を選んでも良いし,苦手分野を勉強するために選んでも良い,と指示しています。そして,選択理由も書き添えるよう指示しています。
 このように,行動理由を,半年間,あらゆる場面で問い掛けていきます。この課題の提出時には,小単元の選択理由を書いていない学生もいます。選択理由を口頭で問い直すと,「なんとなく」と答える学生も多いのですが,必ず具体的に書き添えるように指導しています。なぜなら,自分の決断の根拠を意識し,必要であれば根拠を再検討する姿勢を身に付けてもらうことを教科法の目標の1つとして私が考えているからです。そして,それは,技術進歩のめざましい情報という分野を扱う教員として,ひいては情報化社会を生きていく社会人として,大切であると考えています。
4.模擬授業の案を意識した教科書の比較と選定
 模擬授業を考える小単元を決定した学生から,教科書の選定に取り組んでもらいます。7社の検定教科書を貸与し,学生自身が各自で選んだ科目および小単元を扱っている教科書の該当ページを探して,5冊以上を比較してもらいます。
 単元と教科書の該当ページの対応は,教科書会社のWebページ等で情報が提供されていますが,それは後期の『情報科教育法2』で紹介することにしています。前期の授業における教科書比較の課題は,少なくとも学生自身が選んだ科目については,教えることを意識して,学生自身が選択した小単元以外についても,教科書に目を通してもらうことを1つのねらいとしているからです。
 また,教科書を比較検討する際には,模擬授業を考えるために使用するページと,出版社,そして各教科書の特徴を,「図が多く親しみやすい」「専門知識が詳細に掲載されている」などのように,具体的に書き出してもらいます。それを基に学生達は,自分が使いたい教科書を選定します。
 なお,原則として,使用する教科書のページは,見開き1ページにまで絞り込むように指導しています。例年,数名の学生が5〜6ページの使用を希望しますが,見開き1ページ程度の内容を丁寧に教える模擬授業を作成してもらうために,小単元の中でも特に取り扱いたい内容を選んで,1回の模擬授業の内容とするよう指示しています。
5.「授業は工夫次第」と知る課題
 教科書の比較と選定は,第5回の授業までには終えて,模擬授業の内容や流れを考え始めてもらいます。学生全員が教科書を選定し終えた時点で,ほぼ毎年視聴してもらっているビデオがあります。小学校の先生方が,授業改革に奮闘している様子を紹介した,ドキュメンタリー番組です。
 この番組では,まず,現場の先生が,基礎学力を身につけるための教材を用いた授業で,子ども達の意欲を引き出すことができずに苦心している様子が紹介されています。一度ビデオを止め,学生達に感想を求めると,ほとんどの学生達が「教材が面白くないから仕方ない」と述べます。
 続けて,授業改革の研究主任の先生が,同じ子ども達に対して,同じ教材を用いた授業を行います。ただし,この教材に取り組む意義を,子ども達の発言を促しながら,わかりやすく説明します。すると,子ども達が大変意欲的に学習に取り組み始めるのです。小学生ということもあり,その素直な反応は,大変印象的です。
 そして,この番組を視聴した学生達の反応も大変印象的です。それまで「授業なんて,教科書を読んで,問題を解いて,答え合わせをして,宿題が出て,チャイムが鳴って終わり」と思っていた学生も,「自分の工夫次第であんなにも授業は変わる」,「工夫した面白い授業をしたい」という感想を持つようになります。
6.配当学年について
 上記のビデオ視聴により,授業の工夫の大切さに目覚めてくれた学生達は,模擬授業を考えることに意欲的に取り組み始めます。しかし,まだこれから専門知識を獲得する段階であり,授業方法に至っては,初めて意識したばかりです。そんな学生達に,毎年,無理難題を言っているのではないかと思いつつも,一人ひとり指導していきます。
 他大学の先生から,「2年生で教科法の指導を行うのは,専門知識が少ないため,難しいのではないか」とのご指摘をいただいたこともあります。これについては,専門知識の獲得を含めて,半年間で1回の模擬授業を計画するという,時間的な余裕をもたせることでカバーしています。2年生の段階で,模擬授業という差し迫った目的のために,自分が教えるという意識を持って学び,その経験を基に,3年生以降の専門分野の授業を履修する中で,「自分なら,どう教えるか」という視点で知識を獲得してくれることを期待しています。
7.専門知識の獲得体験
 学生達が利用できる資料としては,教科書の他に,専門書を用意して,授業時間内に自由に閲覧できるようにしています。また,教科法の講義を行っている教室では,一人1台ずつ,インターネットに接続したパソコンが利用できます。
 一人ひとり指導していく中で,教科書のみを参考に模擬授業を考えている学生に対しては,教科書に掲載されている専門用語の説明を求めます。そして,説明に迷う学生には,専門書を読むように指導します。専門書を自分で探す能力も身に付けてほしいと考えていますが,まずは手渡して,読んでもらいます。
 社会の情報化が進む中で,インターネットを活用して様々な知識を自主的に獲得していく人々がいる一方で,わからないことをわからないままにしてしまう人々も増えているように思います。しかし,道具はブラックボックスのまま,とにかく使えれば良い,という意識では,情報の科学的理解は困難と思われます。そこで,専門書から知識を獲得すると同時に,自ら文章を読み解く力も少しずつ身につけてほしいと考えています。そして,その経験は,学生自身にとっても,教えるときのヒントになると思っています。
8.授業内容の取捨選択
 工学部ということもあり,情報機器について経験や知識の豊富な学生も少なくありません。しかし,自分が使い慣れている専門用語について,高校生に向けて説明することを考え始めると,学生自身の理解のあいまいさが見えてきます。
 教科書に掲載されている専門用語について質問した際に,回答した学生に対しては,より詳細な説明を求めています。学生が,最初は当たり前だと思って使っていた用語も,より具体的な場面を設定したり,より下位の知識による説明を求めたりしていくと,あいまいな理解の場合には,どこかで行き詰まります。豊富な知識を認めたうえで,「日本全国の高校生が普通教科として履修する授業で,取り扱うべき内容はどこまでなのか」を問い掛けます。専門用語について更に深く考えてもらうことで,自分が想定している生徒の前提知識および指導目標を意識してもらうためです。
 模擬授業で取り扱う話題も,日頃から意識するように指導しています。雑誌やネットニュースから一人の学生が見つけてきた話題が,本当に高校生の興味を惹くと思うかどうか,ときには受講生全員の意見を求めて,刺激しあってもらいます。
 なお,専門書を読むように指導した学生も,獲得した知識をすべて模擬授業に盛り込もうとする場合があります。豊富な専門知識の中から,生徒のスキルや知識に応じて授業内容を吟味する必要があることを,受講生全員に説明しています。
9.学習指導案を意識させる問い掛け
 模擬授業に盛り込む学習内容を吟味すると同時に,学生が無意識に想定している生徒像についても,少しずつ意識してもらいます。例えば,パソコンで検索をする授業ならば,キーボードによる文字入力にある程度慣れていることが前提となります。また,インターネット上にあふれる違法にコピーされた著作物の現状を生徒がまったく知らなければ,著作権に関する授業の意義を理解させることは困難かもしれません。
 自分が考えている模擬授業は,どのようなスキルや知識を持っている生徒を想定しているのかを,学生一人ひとりに繰り返し問い掛けます。これは,最後に作成する学習指導案の生徒観(生徒の前提知識)につながっていきます。
 また,模擬授業の目標も繰り返し確認し,より具体的に目標を記述するよう指導しています。自分の計画している模擬授業がどのような生徒を想定しているのかを意識できるようになれば,より生徒の実態を意識した授業を教育実習のときに工夫してくれるのではないかと期待しています。
 前提知識と授業目標を明確にすることで,単元全体の授業計画も自然と意識するようです。教科書の目次を確認して,学習指導案の作成に備えるよう指示します。
10.『ミニ模擬授業』の体験と学習指導案の作成
 学生一人ひとりを指導して回り,『自席でミニ模擬授業(教壇に立ったつもりで自席で模擬授業の冒頭部分を実演する課題)』を体験し,少し自信を持った学生から,順次,『ミニ模擬授業』を体験してもらいます。通常の模擬授業と異なり,生徒役は私のみで,授業の改善案をその都度コメントしていきます。また,学生が作成する模擬授業は45分ないし50分授業ですが,『ミニ模擬授業』では,一部分を飛ばしてもらったり同じ部分を何度もやり直してもらったりします。ときには私が代わりに授業を行い,参考にしてもらいます。
 ここまでに,これだけの時間をかけて模擬授業を準備しても,教壇に立つと緊張してしまう学生が少なくありません。行き詰ってしまった学生は,自席で模擬授業を練り直し,再び教壇に立ちます。そして,準備した模擬授業(の一部)を計画通り実施できるようになるまで,また,授業内容の吟味や授業の流れなどについて,それを選択した根拠を述べられるようになるまで,模擬授業の吟味と『ミニ模擬授業』を繰り返します。
 こうして,最後に,学生は自分の考えた模擬授業の学習指導案を作成します。必要な項目が記載されていることを私が確認して受理し,半年間の講義を終了します。
11.おわりに
 なお,授業方法については,必要に応じてアドバイスしています。例えば,板書やプリントといった教具の選定や演示と演習の使い分けなどを,学生の考えている模擬授業に応じて私から提案したり,学生自身に吟味を促したりしています。
 また,学生一人ひとりに対応した指導を行っている関係上,時間的な制約もあり,“物”を用意した模擬授業までは実施しにくいのが現状です。この『ICT・Education』でも,数多くの魅力的な教材による実践が紹介されていて,ぜひ学生に体験させたいものもあります。
 これに関しては,模擬授業の案を考え,改善を重ね,わかりやすい授業を工夫する経験をした学生達であれば,きっとその後,学生自身の視点から,授業方法や興味深い教材を授業に取り込んでいってくれるものと期待しています。
 半年後の合宿で再会する学生達は,例年,更に成長しています。更に学び続けて,教育実習で先生方や生徒のみなさんにお世話になったあと,大学構内で「大変だったけれど,楽しかった」という報告を受けることが私の毎年の楽しみです。
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