ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.4 > p14〜p17

教育実践例
地域コミュニィティーにおける情報ボランティア
兵庫県立武庫工業高等学校 関野 卓正
Takumasa.Sekino@ma5.seikyou.ne.jp
1.はじめに
 本校における学校開放講座(兵庫県ではコミュニティカレッジと呼称)は本年で再開6年目を迎える。主にMacintoshを中心にコンピュータを道具として使い,作品を制作することをテーマとして開催されてきた。

  4年前から学校開放講座にボランティアの生徒をティーチィングアシスタントとして参加させる取り組みを行っている。この体験を通じて,入学してくる生徒に工業高校生としての自信と誇りを取り戻させ,“生きる力”を身に付けるさせる一つの試みである。

  当初から今年は,教師が講師を勤めるだけでなく,ボランティアの生徒を動員する予定を立て,講座名は,「コンピュータによるミニコミ紙の制作と通信入門」とし,社会人が日常的に興味・関心のあるものとした。
学習目標は自由課題作品の完成とし,学習者の独創性を引き出すOpen endな合評会を入れている。 課題は「自己紹介」と「グループ旅行企画書」である。

  社会教育は,導入部が後の展開に大きく影響する。統合化ソフトのデモを入れ,作品例を提示し,講座の全体像をシラバスで示した。

  座席は4人を1テーブルとし,自由に席を移動できるようにしている。すると,受講者のレベルの違いもあり,初歩的な疑問は受講者同士で解決することになる。学習者が教える立場という最高の学習を体験できる。

  一般に,成人は軽微な失敗でも,取り返しがつかないと思いがちである。これを補助生徒の援助ですぐに回復することで,失敗のダメージを小さくできる。

  以下にを示す。
2.生徒たちの活動
 生徒たちは,募集段階から,ポスターの配付で協力してくれた。 

事前講習を行い,放課後にコンピュータ室の自由使用を許した。彼らはこの場を利用して,自分で教材作成の試行をしたり,予想される誤操作を行い,対応方法を調べたりしていた。 

講座が始まってからは,会場設営や受講者作品の編集,印刷,製本にも協力した。講義・実習が終わる度に自発的に反省会を持ち,技術情報や受講者の学習情報の共有を追及していた。作品を点検し,受講者の理解度を調べ,システムやプリンタの状態を点検し,教材や教え方の速度をチェックし,機器の設定に自分なりの意見を述べたりもした。加えて,デジタルカメラやフォトレタッチソフトの操作法など各自が得意分野を決め,互いに講習しあう姿も見られた。彼らは一部,実際の講座でも講師の役割を経験した。

受講者の作品例 受講者の作品例

▲受講者の作品例
3.活動のまとめ
 学校を社会教育の場として公開すると,施設・設備,人的・物的資源の提供によって,学校が地域の情報文化センター,情報発信基地として機能することになる。

 高校生がボランティアとして参加すると,自身の資質が向上すると共に,地域の一員として社会を担う自覚が高まる。

  この学習支援活動を通して以下の社会教育の目標が達成された。

1)自発的に学習をしようとする「自己教育力」の育成
2)人間的温かさや他人に対する思いやり等の「人間性」の育成
3)根気や忍耐力等を高める「精神力」の育成
4)社会の一員としての自覚を高める「社会性」の育成

  更に,この活動を通して,日常の学習活動では経験することのない,体験学習,課題解決学習の双方の利点を合わせもつ学習環境を経験できた。 

  世代間交流学習は,学習とコミニュケーション,メディアとコミュニケーションの関係を新たに捉え直す契機となった。 

  学習者が教える立場を経験するのが望ましいのは,質問されたとき,適切に答えるには,学習内容を正しく理解し,知識を整理して表現することが必要となるからである。

  この人に教えることが動機づけとなった学習は,効果が上がり,定着も深い。

  また,この学習支援活動の場は,共同作業に必要な技能を学ぶ場としても機能した。討議を通した技術や情報の共有,思い違いやミスの訂正,発言を通した内省の深化など,一人ではできない学習を行う事ができた。

  さらに,教師の任務である「新しい知識を伝える。別の解法や対処方法を示す。他の情報源があることを示す。」などの活動を生徒自身が一部経験することができた。
4.活動の位置づけ
 社会人教育は学校にとって貴重な経験である。カリキュラムの編成能力や授業の構成力が問われる。受講者の実態に即した授業の展開方法も問われる。 

  プロジェクトベースのカリキュラムをなぞれば,学習が成立するわけではない。予定した教育課程に縛られず,臨機応変に<場>に生じた課題を繰り込む構えが大切である。

  世代間交流学習は,教育的にも大きな意味を持つ。「未知への第一歩」を励まし,試行錯誤を受け入れる精神的風土がこの集団には成立しやすい。ときには補助生徒も解らないことがあり,必要に応じて教師を呼ぶという“知の階層構”は受講者に安心感を与え,生徒との心的な距離を少なくする。このため,生徒の技術的なばらつきを責めるよりも,“身近な援助者”として彼らを受け入れる精神的土壌が成立すると思われる。

  作品集を完成させることにより,自己表現の機会を得たという満足感と成就感が社会人教育には大切である。さらに,初歩的部分の教え合いが受講者の人間的,技術的な交流の機会を保障し,学習集団の形成を加速する。

  相互に教えあい,学びあうこの集団は,一種の<学びの共同体>である。

  車椅子の受講者を会場へ運び挙げ,松葉杖の受講者にトイレへ付き添い,企まざる交流教育が実現する。在日中国人受講者の名字が読めなくて「何と読むんですか。」と尋ねることから,国際化の視点が浮かび上がる。学校を地域に開くと,生涯学習社会に触れ合う機会が意図せずに訪れてくる。受講者の意気込みに打たれ,講座終了時間後も付き合った生徒もいる。

  合評会を夏の最中に学校近くの緑に包まれた公民館で行ったことが,環境問題について考える契機になった。震災からの復興を目指して開かれた講座で,安全・防災教育という観点も重要である。通学時の保険加入制度の説明やCEC提供の防災教育用CD-ROMの試用がトピックとなった。この時には,マルチメディア教材の威力が全員に体感できた。文字通り,「総合的な学習」がこの学校開放講座を基盤に成立し,発展していくことが確認できた。

世代間交流学習

世代間交流学習
▲世代間交流学習
5.本校情報教育の流れ
 生徒たちの「自由に楽しくコンピュータに接し,作品制作や学習支援に苦労することを楽しんでいる」姿こそ新しい学力観に言う能動的な学習観,人間観の実現した姿であろう。このような利用法は,小学校,中学校でも可能であり,コンピュータ利用学習の初期の段階に大きな意味を持つと考える。この流れの中に今回の試みが存在する。以下はその具体例である。

(1)操作法より学びの体験を重視し,様々なアプリケーションを自由にさわらせる授業を展開した。各ソフトのエキスパートが出現し,彼らに生徒用の簡単なマニュアルを書かせた。そのマニュアルを実際に使わせてグループで討議し,改訂していく作業を行った。この場合に,操作法の統一,資源の一元化が重要な意味を持つことが明らかになった。成果は,英文3Dソフトも見当をつけて使える生徒が出てきたことが挙げられる。

生徒アシスタント頑張る
▲生徒アシスタント頑張る

合評会より
▲合評会より

(2)通信実習の一環として,パソコン通信で形成される社会をクラス単位で設定した。放課後のコンピュータ室自由解放はその流れを定着させる方策である。ネットワークの問題点が噴出することを予想しつつも,実際に生徒に運用させた。様々な状況を体験させることにより,情報化社会教育が,具体的な体験実習によって初めて可能となった。具体的な項目は以下のとおりである。
1)情報流通の仕組みに関する教育:入力情報の流通経路と社会への反映 
2)情報流通の円滑化業務に関する教育:ネットワーク管理 
3)情報流通の社会的価値に関する教育:著作権:プライバシー保護

(3)学校がPTAの協力でBBS を開設し,PTAやOB,同窓会,地域に開放している。また,文化祭など様々な機会に定期的に講習会を行い,希望者にはIDを発行し,機器の設定方法も教えている。

(4)コミュニティカレッジに生徒をボランティアで動員する(これが今回の試みである)。


学内LANの敷設
▲学内LANの敷設

DOS/V機の自作
▲DOS/V機の自作

<受講者感想文>

  募集広告の掲示を仮設住宅の掲示板で見ました。この第1次情報の提供に活躍してくれたのは高校生諸君だと思います。生徒会やパソコン部の諸君,様々なボランティアに,これからも頑張って下さい。

  よい助手の方が多く助かりました。まごついているときに適切な援助があれば,コンピュータの学習は楽しくなることがよく解りました。

  自分でできないとすぐに生徒さんに頼ってしまい,申し訳なく思っています。参加してよかったです。たまにはコンピュ−タに触らずに,人間同士の交流もよいものですね。場所を変わり,作品発表会も楽しい試みでした。

  初めてマウスに触れました。勿論コンピュ−タで作品を作ったのも初めてです。今はまだ,私にとってコンピュ−タは怪物ですが,少し仲良くなりかけています。先生方,生徒さん,それにメンバ−の方にも助けていただきました。有り難うございました。

<生徒感想文>

  目上の方に教えるのは初めての経験で,緊張した。社会人の方の学習に対する意気込みに驚いた。毎回の質問にやっとのことで答えていたが,講座が終って自分の力が伸びたことを実感できた。
今回参加したことによって,自分自身も身に付いたし,教えることでわかってもらえたことがとても嬉しかった。初めての人に教えるのは難しいと実感した。これからも機会があれば,参加したい。

  「先生の声が聞こえにくい,進み方が早い」という声を聞いた。プリンタ等少しトラブルもあり,驚いた。分からない点も少しあったがサポートできたと思う。

  自分の知っていることを多くの人に教えることができ,楽しかった。またやりたい。
6.今後の活動の方向
 これらの“真正体験”は従来の学校教育の枠内では出会わない場面であり,実社会で働く生活者の直面する課題そのものである。このような場面に巡り合い,自分にとっての檜舞台を経験する事で,生徒たちの社会的視野や情報活用能力,問題解決能力,人間関係調整能力などは一気に高まる。これらの能力が情報教育で追及さるべき人間的な“生きる力=学力”の内容であろうと考える。

  この取り組みが,従来の教科の枠内では発揮できなかった生徒の能力を正当に評価していく一つの提起になればと願っている。

  この営みから地域と学校に根差した“インターネット繋ぎ隊”が誕生した。本校生には,電気工事士や電話工事担任者の資格を持つものがいる。彼らが,受講者の技術的な質問に答えて,道具を持参し,工事も行うという取り組みである。場合によっては教師も同行する。この中から,DOS/V機の自作,学内LANの敷設,バックアップCDの制作等の新たな学習活動が生まれている。次々に生じる課題による学習と様々な出会いによるヒューマンネットワークの拡大が本校の未来の財産となろう。

  れからも,生徒と共に柔らかな心,賢い頭,よく動く確かな手と体を追及していきたい。
前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る