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ICT・EducationNo.41 > p1〜p5

論説
新学習指導要領・「社会と情報」における「メディアの意味」をどう捉えるか
武蔵大学 中橋 雄
1.はじめに
 平成21年3月9日,高等学校の新しい学習指導要領が告示された。この学習指導要領は,平成25年4月1日から施行されることになる。
 教科「情報」に関する今回の改訂の中で最も大きな変更点は,「情報A」,「情報B」,「情報C」という3科目であったものが「社会と情報」と「情報の科学」の2科目になるということである。
 本稿では,そのうちの「社会と情報」に焦点をあて,そこで取り扱われる「メディアの意味」をどう捉えるべきか考察しながら,これからの教科「情報」の在り方について考えていきたい。

(1)「情報」の目標

 まず,教科「情報」の目標がどのように改訂されたのかについて確認しておく。
 (旧)情報及び情報技術を活用するための知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる。

 (新)情報及び情報技術を活用するための知識と技能を習得させ,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,社会の情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる。
 ほぼ同じ文章であるが,「知識と技能の習得」に関する表現は「通して」から「させ」になり,「情報化の進展」は何のためのものかという点について「社会の」という言葉で規定されている。
 後述するが,これは,これまでの教科「情報」で「知識と技能の習得」に偏った指導がなされたことに対する反省と新しい時代への対応を意識したものと捉えることができる。

(2)「社会と情報」の記述

 次に,「社会と情報」における特徴的な記述を見ていきたい。文部科学省が公開している「高等学校学習指導要領新旧対照表」の中で,「社会と情報」と「情報C」が対比されている部分がある。「情報C」には記述がなく,「社会と情報」に記述がある箇所には,次のようなものがある。
(1)ア 情報とメディアの特徴
 情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用するために,情報の特徴とメディアの意味を理解させる。
(2)ア コミュニケーション手段の発達
 コミュニケーション手段の発達をその変遷と関連付けて理解させるとともに,通信サービスの特徴をコミュニケーションの形態とのかかわりで理解させる。
 このように,「メディア」と「コミュニケーション」という言葉がこれまで以上に強調された記述となっている。「社会」は,人と人とが関わり,相互に作用して形成される。そして,人と人とが関わるためには,「コミュニケーション」をとる必要があり,そのための手段が「メディア」ということになる。
 これまで,教科「情報」では,ワープロ・表計算・プレゼンテーションなどのソフトウェアを習熟することに重きを置いた実践が取り組まれてきた。インターネットの利用も検索方法や技術的な仕組みの理解に重点があった。しかし,そのような知識と技能を学ぶだけでは,「社会の情報化の進展」に対応できる力とはなりえない。
 現実的な場面では,情報技術に関する知識・技能とメディアを取り巻く社会的・文化的な文脈との関連を切り離して考えることはできないのである。そこが,今回の改訂の大きなポイントであると捉えるべきではないだろうか。
2.情報教育の変遷
 中橋(2005)によれば,「情報教育」は時代を経て蓄積・拡張されてきた歴史的な経緯がある。
 1980年代は,コンピュータの仕組みの理解,プログラミング,アルゴリズム,ファイル処理等を重視してきた。コンピュータは大型計算機として捉えられ,インプットしたものを高速で処理し,答えを返してくれる存在であった。
 1990年代前半は,文書処理,表計算,データベース,描画,パソコン通信等の応用ソフトウェアを活用するスキルが重視された。この時代は,知的生産性を上げる様々なツールとしてのソフトウェアが開発され,その操作を行うスキルを身に付けることが重視された。
 1990年代後半は,問題解決・計画・表現の手段としての分析・統合,創作,表現等の能力を重視するようになった。操作ができるようになった上で,情報技術をどのように役立てるのかということが重視された。
 そして,2000年代は,コミュニケーションメディアとしての利用,ネットワーク時代に求められるメディア・リテラシーを重視した実践が見られるようになった。それまでの情報技術の使い方に加え,人と人が関わるツールとしての使い方に関する意識が高まっていった時代である。
 例えば,ネットワーク化されたコンピュータをコミュニケーションのためのメディアとして活用する力を重視した実践や,それに付随して情報モラルの問題を扱う実践が立ち現われてきた。また,高度なメディア表現能力の育成を目指した実践も行われてきた。さらに,人間の文化や社会形成に大きな影響力を持つマスメディアの特性を理解し,構成された情報を主体的に読み解く力や,メディアでの表現技法を学ぶ実践に取り組む教師もいた。
 しかしながら,このような実践は全ての学校で取り組まれているかというとそうではなく,旧態依然としたソフトの使い方を指導するという枠を出ていないケースが多かった。今回の改訂では,2000年代に取り組まれつつあったこのような実践の重要性が,より明確に打ち出されたと言える。改めて,現代社会を生きるために不可欠なメディア・リテラシー(メディアの特性を理解し,メディア機器を使いこなし,情報を読解したり,鑑賞したり,創造的に表現したりして,社会的なコミュニケーションを行う能力)の育成を情報教育で取り扱う重要度が増したと捉えることができる。(※注1
3.メディアの意味
 では,「メディアの意味」を理解させる学習は,どうあるべきなのだろうか。これを辞書的な意味の理解に終わらせてしまっては,意味がない。
 英語のメディア(media)は,メディウム(medium)の複数形であり,辞書的な意味としては,「(伝達・通信・表現などの)手段, 媒体, 機関」,「媒介物, 媒質, 媒体」,「中位,中間,中庸」,「中間物」などと定義されている。また,水野(1998)は,私たちがメディアという言葉を使う時に指し示すものを次のように整理している。(※注2
  • 何らかの「情報」を創出・加工し,送出する「発信者」
  • 直接的に受け手が操作したり,取り扱ったりする「(情報)装置」
  • そのような情報装置において利用される利用技術や情報内容,つまりソフト
  • 情報「発信者」と端末「装置」あるいは利用者(受け手)とを結ぶ「インフラストラクチャー(社会基盤)」もしくはそれに準ずる流通経路
 このように,「メディア」という用語は,それが指し示すものやその用語が用いられる文脈によって意味を変える多義的なものである。そのため,メディアの意味を理解するためには,「送り手と受け手の中間にあって作用する媒体」というような抽象的な概念として捉えるとともに,それにあてはまる具体的な事例を知っておく必要がある。
 さらに,メディアが人の社会的な営みに対してどのような影響力を持っているかということなど,メディアの特性を理解しなければ,メディアの意味を理解したとは言えないだろう。例えば,メディアの意味を理解するために次のような「メディアの特性」について考える必要があるだろう。

(1)機能的な特性

 もの・装置としてのメディアは,種類に応じた機能的特性を持っている。例えば,携帯電話での通話は,音声を用いた双方向のコミュニケーションである。また,テレビは映像と音声で,新聞は写真と文字で表現された一方向のコミュニケーションで,一度に多数の人に向けて発信される。他のメディアも一方向性・双方向性,同期・非同期,あるいは,速報性,一覧性,保存性など,それぞれに特徴がある。そのため,自分が情報を得たり,発信したりするときには,特性に応じて適切なメディアを選択することが重要である。

(2)社会的影響

 私たちは日常的に多くの時間をメディアとの接触に費やし,情報を得たり,発信したりして相互に影響を与えあう。私たちが「現実」として捉えている世の中の事象や一般常識,規範や価値観などもメディアを介して得た情報によって形成されたものであることは少なくない。「現実」の認識や行動の意思決定をする判断材料もメディアに依存することは少なくない。
 例えば,メディアは,「こういう生き方が美徳である」というような価値観や「男なら(女なら)こうあるべき」といった社会的な役割を規定しさえもする。さらに,メディアは,政治家を選ぶ選挙,政策・制度の告知などについても果たす役割は大きく,社会形成に直結するものであると言える。それだけ,メディアは社会的な影響力が大きい。

(3)意図と解釈

 人に物事を伝えるためには,情報の取捨選択・編集が求められる。そして,メディアは社会的・文化的・経済的・技術的影響を受けながら,送り手の意図によって構成される。送り手は,うまく伝わるように受け手を想定した情報の表現をする必要がある。ただし,それを解釈するのはあくまでも受け手であり,送り手の意図した通りに受け手が解釈してくれるとは限らない。悪意がなくても相手を不快にさせたり,傷つけたりしてしまうことも起こりうる。

(4)商業性

 特に産業としてのメディアは,取材に必要な経費,機材の購入・保守費,人件費などを得るために収入が必要となる。多くのメディア産業は受信料,販売収入,広告収入で成り立っている。いずれにしても,受け手にとって価値ある情報を提供するという努力が送り手に求められるが,その商業性は無視できない。特に利益第一主義に陥ることが原因で報道の公正性が保たれなくなったり,少数の人にしか価値のない事柄は取り上げられなくなったりする危険性にも注意する必要がある。

(5)表現の形式

 メディアは独自の表現形式を持っているため,伝えたい情報の内容は同じであっても伝えるメディアが異なると印象は変わる。例えば,同じ内容のニュース,天気予報でさえも,伝える人の印象や伝え方で,全く違ったものに感じることがある。また,メディアが持つ独特の表現形式自体に,人は面白味や心地よさを感じることがある。情報を受け取る側は,そのような形式も含め自分が適切と思うメディアの選択を行っている。

 以上のような特性から「メディア」を捉えてみると,送り手と受け手の関係性,表現の意図や構成,それを規定する社会的・文化的背景までも含めて捉えなければ,メディアの意味を理解したことにならないと言えるだろう。これらのメディアが持つ特性を理解するためには,送り手と受け手の関係性を体験的に理解し,社会の在り方を考えることが重要である。
 それには,実際にメディア制作や情報通信技術を用いたコミュニケーション経験を積むことが有効であろう。メディア制作を通じて行われる協同的な問題解決の場面において,自ら思考し,他者との対話を通して乗り越えていくという経験が実社会で活きて働く力になるのではないだろうか。
4.利用できる教材
 そのような体験的な活動を相互補完するかたちでメディアの概念を理解することに役立つ教材の事例を紹介しておきたい。
 例えば,NHK学校放送番組「10min.ボックス 情報・メディア」は,10分間の映像で視覚的に情報・メディアの特徴を説明してくれる。放送後,番組はインターネットで視聴できるため,いつでも利用することができる(図1)。

図1 NHK「10min.ボックス情報・メディア」
▲図1 NHK「10min.ボックス 情報・メディア」(※注3

 また,総務省は放送分野におけるメディア・リテラシーの向上と普及を目的とした教材の貸出しやWebサイトでの公開を行っている(図2)。映像でメディアの特徴を学ぶものやインタラクティブなデジタルコンテンツによる学習教材がある。

図2 総務省メディア・リテラシー教材
▲図2 総務省メディア・リテラシー教材(※注4

 これらは,メディア教育を重視する流れから蓄積されてきたものであるが,今後,学習指導要領の本格実施に向けて,こうした教材をさらに充実させる必要があるだろう。
5.新しい世代の価値観を意識した教育を
 この十数年,社会が急速に情報通信化し,そのことがメディアとコミュニケーションの在り方にも影響を与えてきた。これは1990年代後半からの出来事であったが,それは,これから高校生になる子どもたちが誕生した時期と重なる。つまり,新しい教育課程で学ぶ高校生は,小さな頃からコンピュータに慣れ親しみ,日常生活で活用し,社会的な営みを行っている世代なのである。
 こうした若い世代を「デジタルネイティブ」と名づけ,その特徴を明らかにしようとする動きがある。2008年11月10日に放送されたNHKスペシャル「デジタルネイティブ〜時代を変える若者たち〜」取材班が出版した書籍によると,デジタルネイティブを研究しているハーバード大学ロースクールのパルフレイ氏は,次のようなデジタルネイティブの特徴を挙げている。
  • インターネットの世界と現実の世界を区別しない。
  • 情報は,無料だと考えている。
  • インターネット上のフラットな関係になじんでいるため,相手の地位や年齢,所属などにこだわらない。
 そして,パルフレイ氏は,「デジタルネイティブは,この世の中を,現実世界と仮想世界というように分けてはいません。彼らはこの二つの世界を世の中だと思っています。私たち大人が現実世界と仮想世界の間に築いた境界線は,彼らには何の意味もないのです。」と語っている。(※注5
 もちろん,その世代の若者全員がこのような特徴に当てはまるとは限らないが,番組ではいくつかの事例を挙げ,そうした傾向を持つ若者が存在するという可能性を説明している。家庭・学校・地域などの環境による違いはあるにしても,幼少期からコンピュータやインターネットが身近なものとして存在する時代に生きてきた世代に対する教育の在り方は,それまでの教育の在り方と異なることが予測される。
 インターネットは,実際に会ったことのない人とコミュニケーションをとることができる。そのような環境では地域を越えて自分にない能力を持った人に仕事を依頼したり,共同で社会的な活動を行ったりすることができる。そして,そのことによって,これまでになかったような偉業を達成できるかもしれない。
 私たちは,そうしたコミュニケーションモデルを当然のものとする価値観を持った世代と向き合っていかなくてはならない。従来の常識や価値観にとらわれない考え方や行動力を持つ「デジタルネイティブ」の存在を理解せず,単に「ネットは危険がいっぱい」と心配するだけの大人の言葉は,その世代の若者には届かないのではないだろうか。
 これからの高等学校における教科「情報」の在り方を考えていく上で重要なのは,「私たちはどこからきて,どこへ向かおうとしているのか」を問い直していくことであると考える。それは,歴史的な変遷を踏まえた上で社会的・文化的な側面から「情報」の意味を捉えつつ,時代の流れを読み解くということである。そのために,これから高校生になる世代が育ってきた環境,特有の価値観にも目を向けていく必要があるだろう。
参考・引用文献
注1:中橋雄著,「メディア・リテラシー—実践事例の分析」,水越敏行・生田孝至編著,『これからの情報とメディアの教育—ICT教育の最前線』,図書文化社,2005
注2:水野博介著,『メディア・コミュニケーションの理論—構造と機能—』,学文社,1998
注3:NHK「10min.ボックス 情報・メディア」
http://www.nhk.or.jp/10min/joho/ja/frame.html
注4:総務省「放送分野におけるメディア・リテラシー」
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/hoso/kyouzai.html
注5:三村忠史・倉又俊夫・NHK「デジタルネイティブ」取材班著,『デジタルネイティブ—次代を変える若者たちの肖像』,日本放送出版協会,2009
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